それ、旗を立てるっていうんだぜ?
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次回の更新は、12/11です。
レグルスくんからもらったござる丸の花から出て来た、結構突っ込みどころの多い蕪マンドラゴラに、和嬢は「ピヨ丸」と名付けたんだそうだ。
そして、何となく和嬢はピヨ丸と会話が成立しているらしい。
でも。
「なごちゃん、まだ、なごちゃんのとうさまにもかあさまにもいってないんだって」
「どうして?」
「……えぇっと」
困ったようにレグルスくんが口を尖らせる。
話したくないわけではなく、どういえばいいのか迷っているような素振りに、私達は静かにひよこちゃんを待つ。
こういうときは「聞いてるよ」っていう態度は見せても、急かしちゃいけない。
ロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも、大根先生もソーニャさんも、皆待ちの姿勢だ。
ややあって、眉毛をへにょっと曲げて凄く困った顔をしつつ、ひよこちゃんは話し始める。
「あの、なごちゃんのいとこのおにいさんが……」
「うん?」
「『伯父上もお祖父様も忙しいんだから、魔物と話せるだなんて馬鹿な妄想で煩わせるな』っていうから、おはなししていいかわかんないだって」
レグルスくんのお話に、唖然とした空気が食堂に流れる。
「馬鹿はお前だ……!」
反射的に出た言葉に、ざっとその場の視線が私に向く。脊髄反射で出ちゃったから、慌てて口を塞いだけど、時すでに遅し。
「君にしては捻りがありませんねぇ」
「旦那様、もう少し柔らかな表現を御使いください」
「そうだよ。もっとこう、遠回しに、春巻きの皮に包む感じで」
「お饅頭の皮でもいいんじゃない?」
「あらぁ、ダメよぉ。あんまり皮が厚いと伝わるものも伝わらないわ。あくまで優雅に、後で意味に気が付いて相手がのた打ち回るくらいのことを言わなきゃ」
「そうだな。まあ、相手の知性のあるなしも考慮にいれねばならんが」
ロマノフ先生が笑い、ロッテンマイヤーさんがキラッと眼鏡を光らせ、ラーラさんとヴィクトルさんが肩をすくめると、ソーニャさんがニコニコと告げ、大根先生が頷く。
なるほど、皆和嬢の従兄弟のお兄さんを「馬鹿」と評するのには異論がないんだな?
あくまで今いけなかったのは、私が直截で何の捻りもなければウィットに乏しい評価を、脊髄反射で口に出したこと、と。オッケー、解った。
大きく息を吐くと、私はレグルスくんに笑顔を見せる。
「解った。私から宰相閣下にお手紙を出すよ。それで和嬢のお話を聞いてあげてくださいって書くから、それでいい?」
「うん! あ、でも……」
レグルスくんはしょぼんと俯いた。
「なごちゃん、しかられない?」
「どうして? 和嬢はお話したいことがあるのを、上手く言えなかっただけでしょ?」
「いとこのおにいさんのこと、れーがいっちゃったから」
「叱られないよ。大丈夫、お忙しくて上手くお声がかけられないみたいだからって書くから。それに、マンドラゴラと話せるのは凄いことだけど、周りにそういう人がいないと困ることもあるかもしれない。菊乃井には私やレグルスくん、大根先生だけじゃなく、ラシードさんやイフラースさんを始め魔物使いの人が暮すからね。お力になれると思うよ」
「ほんとに!? よかった!」
ぱぁっとひよこちゃんの表情が明るくなる。
レグルスくんの安堵の言葉から和やかに食事が再開されると、その話題はそれで終わった。
けど、頭の痛い話を聞いたのはたしかで。
夕食後、帝都にお戻りになるソーニャさんを見送った後、すぐに私は宰相閣下に向けてお手紙を書きましたとも。
レグルスくんに言ったとおりに、和嬢がもしかしたら魔物使いの素養を開花させたかも知れないこと。そしてその重要性を理解していない人間が傍にいることも。
「……ゾフィー嬢のいうとおりになりましたね。君が相手にしなくても、向こうからやって来る、でしたか」
「すっごく嫌なんですが……!」
「でも、和嬢に累が及んでますよ?」
ロマノフ先生が顎を擦りながら言う。
レグルスくんはお風呂に入って、もう眠る時間だ。本来は私もそうなんだけど、手紙を書かないといけなかったから書斎に来ている。
手紙自体はもうヴィクトルさんが届けてくれたみたいだし、レグルスくんは日記で「困ったことがあるなら相談してね」と返したそうだ。
書斎の机に行儀悪く肘を突いて、組んだ両手の上に顎を乗せる。
「それにしても『魔物使い』の素質を『馬鹿な妄想』で切って捨てるだなんてね」
「まったくですよ」
ラーラさんが呆れているのも隠さず、肩をすくめる。
和嬢の従兄弟は梅渓家の跡取りで、次期宰相間違いなしの優秀な少年ではなかったのか?
性格に多少の難があるとシオン殿下が仰っていたけれど、あの人も難ありと言えば難ありだから話半分に聞いていたのだ。けど、その評価を修正しないといけない。
眉間にシワを寄せていると、ロマノフ先生がこてりと首を横に倒した。
「それで、どう思います?」
「本心から魔物使いの才能を重要視していないのであれば能力的に不足ですし、魔物使いの能力の重要性は理解していても、レグルスくん、ひいては私への当てつけのために和嬢に冷淡にしたのであれば度し難い。どちらにせよ『馬鹿』という評価を撤回する気にはなりません」
「なるほど」
魔物使いは魔物を従える。
その能力の使いどころは何もダンジョンや冒険においての探索パートナーというだけでなく、菊乃井のように内政、産業にその力を使っているところもあって。
魔物使いに地中に住まうタイプの魔物と契約を結ばせて、貴重な宝石や鉱石を掘り出させている家だってあるくらいなんだ。
宰相の跡を継ぐというなら、それくらいの知識は必須。でもその必須の知識がないのであれば、現行の和嬢の従兄弟には能力に不足あり。知識があっても、私達が気に食わない。ひいては私達と縁を結んでいる和嬢が気に食わないというだけの理由で、彼女の言葉を「妄想」と切って捨てるのであれば、負うべき職責に私情を持ち込み、利を失する愚を犯すという能力も不足なら人格も不足ということになる。
さて、これを宰相閣下はどう判断するんだろう。
うちとしては、マンドラゴラを和嬢に差し上げた責任がある。何より彼女は菊乃井家に嫁いでくれるかもしれないし、それがなくともひよこちゃんの大事なお友達だ。
彼女の才能を開花させるのに手を貸せと言うなら吝かではない。でもその真価を理解できない人間が、跡継ぎというのはちょっと……。
「もう少し長い目で見てやれば?」
「長い目、ですか?」
考えあぐねて唸る私に、ラーラさんが苦く笑う。それから「雪樹のカーリムより若いんだから」と付け加えた。
そうだな。いや、そうなんだけど……。
眉間のしわが深くなったような気がしていると、ロマノフ先生が「仕方ないんじゃないですか?」とお茶を飲みつつラーラさんに返す。
「だってカーリム氏はラシード君……弟に優しかったでしょう? でもその梅渓の坊やは和嬢に優しくない。鳳蝶君はね、弟とか妹とか、年下の子に優しくない奴には厳しいんです」
「ああ、なるほど」
ラーラさんがぽんっと手を打つ。
でも私的にはちょっと複雑だ。だって、その言い方だと私も私情に走ってるってことじゃん。
そう口にすればロマノフ先生は首を横に振った。
「年下と言うからそう思うんでしょうが、年齢の上下は同格の家や同族同士だったら、そのまま立場の上下にすり替わってしまいますからね。立場が弱い者に当たる人間を許さないと言うのが的確かな」
「たしかに弟妹は兄姉には弱いよね。一概には言えないけど」
そうだな。言われてみれば、帝国も年功序列っぽいところがある。
それにしても、お近づきになりたいとも思わないのに向こうからやって来るって本当に嫌なんだけど。
正月の皇宮でやるパーティーで、何もないといいけどねー……。
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