備えあれば憂いも増える。
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次回の更新は、12/8です。
大根先生のお弟子さんは本当に多分野に渡るそうだ。
大根先生自体の専門は薬学で、それも最近はマンドラゴラの薬効について主に研究してるみたい。
うちにござる丸がいることによって、屋敷にマンドラゴラのコミュニティーが築かれ、その住人達が大根先生の研究に積極的に協力してくれるかららしい。
長い寿命を誇るエルフでも、ここまで人慣れしたマンドラゴラには出会ったことがなく、それ故に薬効は知られていても限られた可能性しか追究できなかった。けどそれがござる丸率いるマンドラゴラコミュニティーのお蔭で、かなり研究が捗っているそうな。
そして近々、菊乃井では大根先生謹製疑似エリクサーを生産して備蓄する体制に入ろうとしている。
お正月にはこれを皇室に手土産にしようと思ってるんだよね。
「備蓄って……どうして?」
ソーニャさんがお箸を持つ手を止めた。
今日の夕飯はリュウモドキのお肉をお味噌で煮込んだものとご飯、雪樹の特産品の塩味のする菜の花のサラダにマンドラゴラモドキの炒め物。マンドラゴラモドキは、絹毛羊やベルジュラックさんの件でお世話になったアースグリムの町長が送って来てくれたものだ。
大根先生に会うために、ソーニャさんも夕飯をご一緒することに。
その席でソーニャさんが「結局、フェーレニカは何を研究してるの?」って話になって、この疑似エリクサーの話が出たわけだ。
「一つはやはり菊乃井がダンジョンを抱く土地だから、ですね。大発生が起こったときに備えて、冒険者の命を犠牲にしないために。あと一つは疫病対策です」
「疫病……」
私の説明にソーニャさんがほんの少し眉を動かす。大根先生やロマノフ先生、ヴィクトルさんやラーラさんはもう私の考えを知ってる。
ひよこちゃんも勿論、リュウモドキのお肉をむぐむぐしながら頷いていた。
「菊乃井は今、人の流入がかなり増加しています。それも帝国だけでなく海の向こうからも。それだけ人の往来が増えると、予期せぬ風土病の流入も考えられますし、新たな疫病の発生も考えられる。疫病が発生したらまず菊乃井は全面的に街を封鎖します。被害を菊乃井だけで食い止める。そのために疑似エリクサーで領民全ての命を救えるような準備が必要なんです」
「なるほど。皇室に献上するのは、この研究が上手く行けば他の貴族にも回せる余裕ができるだろうから邪魔をするな……と示すためかしら?」
「そんなところです」
とはいえ、私が前にえんちゃん様のお力を受け止め損ねたときにお世話になったような、エリクサーにかなりに近い物じゃなく、それよりは格段に劣りはしてもその場しのぎには上出来な代物だけどね。
寿命も延びないし若返りもしない、四肢欠損も治せないけど、命は助かるし後遺症もかなり軽減される。そんな感じ。
一旦そういう強力なもので被害を食い止めて、後は大根先生達研究職の人に根治の方法を見つけてもらう。一時しのぎでも時間を稼げるのは大きいんだ。
こういうことを考えられるようになったのは、雪樹から魔物使いの人が来てくれることが確定したからでもある。
マンドラゴラは植物でもあるけど、やっぱり魔物でもあるんだ。彼らと意思疎通が出来る人材が通訳してくれて、農業経験豊富な人がその育成に協力してくれることで、マンドラゴラの永続的なコミュニティー形成が可能になる。それが疑似エリクサーの量産に繋がるって寸法だ。
それは菊乃井の新たな産業、新たな武器の確立にもなる訳で。
「国益に適うことをしている。そういうふうに陛下を始め両皇子殿下方にお認めいただければ、と」
「そうねぇ。そういうことを秘密裏にやりだすと、また反逆だの謀反だの言い出す人が出ないとも限らないものねぇ」
ソーニャさんが微妙な顔をする。「また」という所にちょっと引っ掛かった。
「またってことは、今までもいたんですね?」
「ええ。でもそういうことはアリョーシュカやヴィーチェニカからも聞いているでしょう?」
「はい。聞いてはいますが、面と向かって言われたことはないので」
「そりゃそうでしょう。言ったところで菊乃井家と同じだけ国益に適うことをしているのか。そう言われてお終いだもの」
コロコロとソーニャさんが笑う。
中央に大きく関わってしまった以上、田舎だからってそっちの動向を気にしないって訳にはいかなくなった。
敵は少ないのが理想だけれど、新年パーティーでどのくらいが敵に回りそうかを見極めないとな。
「広く正しいことをするにはそれだけ力がいるものだが、その力を得る過程で正しくないことも考えなくてはならない。ままならないものだね、世間とは」
大根先生のため息交じりの言葉に、ソーニャさんと二人で顔を見合わせて頷く。でも出来るだけ真っ当な手段を使わなくてはいけない。
それがそもそも私の武器だし、やっぱり後ろ暗い手段は公明正大なやり方には勝てないんだよね。
前世の「俺」が見ていたドラマに「正しいことをするには偉くならないといけない」っていう台詞が出て来たけど、偉くなったからって簡単に正しいことなんか出来やしないんだ。貴族が偉いかどうかはまた別の話として、だけど。
嫌になるな。
目指しているものは趣味にお金を落とせるくらい平和で豊かな生活ってだけなのに、どうしてこうも障害が多いんだか。
ため息を吐いて視線をさ迷わせていると、不意にロマノフ先生と目が合った。ニマッて笑ってるんだけど、なんだろう?
首を傾げるとロマノフ先生がそのままの顔で口を開いた。
「いやぁ。皇子殿下方にお呼び出しされるのを渋っていたわりに、ちゃんとお土産を用意するあたり用意周到だと思いまして」
「だって、あの二人にこういうものを渡すと話が早いじゃないですか」
あの二人は交渉相手としては手強いんだけど、一度利があると判断すると動きが迅速で話が早いんだよ。多分陛下と宰相閣下を直で説得できるのが大きいんだろうな。
疑似エリクサーは量産できさえすれば、それは確実に帝国のためになるんだ。二人とも乗ってくるだろう。
こういうとき、私と皇子殿下方は奇妙な結びつきだって思うんだよね。
お互い友情は感じているけれど、確実にそれだけでは繋がれない。こういう持ちつ持たれつで、相手に利益を示し続けることができなきゃ繋がらない縁でもある。それがいいとか悪いとかでなく、私達はともにそういう立場に生まれて、それを利用しなければ生きていけないというだけのことなんだけど。
ドライと言えばドライ、ずぶずぶって言えばそう。
そんなことを考えていると、ヴィクトルさんがお茶を飲んでから唇を解く。お茶はバーバリアンが海の向こうに行ったときのお土産って、持って来てくれたやつ。
「前から思ってたんだけど、けーたんに連絡してごらん。けーたん、お金出してくれると思うから」
「え? 宰相閣下ですか?」
「うん。ほら和嬢に渡したござる丸の花から、ぴよってなくマンドラゴラが出来たって言ってたでしょ? もしかしたら和嬢のところでもマンドラゴラコミュニティーが作れるかもしれないし」
言われてハッとする。
それなら菊乃井家だけで研究するのでなく、梅渓家との合同事業にしてしまえば、妬みや嫉みなんかはこちらだけで引き受けなくてよくなるだろう。それに研究資金の負担も少なくなる。
思い立って見回せば、和嬢の名前を聞いたレグルスくんはお目目がキラキラしてる。ロマノフ先生やラーラさん、ソーニャさんは頷いていた。
肝心の大根先生は。
「吾輩は構わんが……。その梅渓家に吾輩と共同研究できる学者がいるかどうかが問題だな」
マンドラゴラを専門に研究している学者は少ない。
それはたしかに問題だけど。
唸っていると、レグルスくんがキョトンと首を傾げた。
「なごちゃん、ピヨ丸とおはなしできるから、おはなししてもらえばいいんじゃないかな?」
「へ?」
ピヨ丸って誰?
いや、その前に今凄いこと聞いたぞ?
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