推し量ることと寸法を測ること
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次回の更新は、11/27です。
「なるほどねー、それであっちゃんは悩んでるのねぇ」
「悩んでるっていうか……はい」
ロマノフ先生と服の話をした後、私は早速刺繍図案の本を通じて帝都にいるソーニャさんに連絡を取った。
ロマノフ先生のお母様であられるソーニャさんは、帝都でエルフの雑貨店を営んでいるけれど、それとは別にエルフの郷の全権大使みたいなお仕事もされている。お忙しいだろうから、アポイントを取って帝都のお店に採寸と何を作るか相談に……と思ったんだ。
けど、ソーニャさんは「そういうことならそっちに行くわ~」と、フットワーク軽く翌日こちらに来てくださったんだよね。
お礼を申し上げると「ばぁばもあっちゃんやれーちゃん、かなちゃんやつむちゃんに用事があったのよ~」とにこやかに仰って。
現在そのご用事の真っただ中だけど、私のお悩み相談も真っ最中。
巻き尺を駆使して左袖の付け根から右袖の付け根までを直線で測ると、ソーニャさんはそれをメモに取る。
「私はたしかに婚姻とか考えたくもないんですけど、だからってそれに姫君様のお名前を使うのはどうなのか、と。実際に姫君様は私に婚姻を結ぶなとは仰ってません。それなのにそう望まれていると公表するのは、なんか違うと思うんです」
「あら、でも、ロスマリウス様が持ち込まれた御縁談に関しては、お怒りになったわけでしょう?」
「それは……はい。お怒りというか、不愉快なご様子でいらしたと思います」
「だったら姫神様が縁談を拒否されているのと同じではないかしら? 同格の海神から持ち込まれた御縁談を、姫神様は蹴られたのよ? それで単なる人間の皇帝風情が選んだ女性と婚姻を結ぶとなれば、海神の面子を潰すも同じことですもの。それなら人間があっちゃんに持ち込む婚姻に、姫神様が全て否と仰るのも道理でしょう?」
「あ……」
言われてみればそうだ。
忘れていた訳じゃないけど、ロスマリウス様は私に孫娘さんとか縁戚の娘さんとの婚姻を望まれている。でもそれに関して姫君様は「許さぬ」と仰ってた。
同格の神様同士で交渉中にも拘わらず、人間の事情を優先させるとなれば、それはまた話が違うことになる。私だけでなく、私と婚姻を結ぶことになるかもしれない何処かのお嬢さんもお怒りを買うことになるかもしれない。
姫君様のご配慮は、私だけでなく何処かのお嬢さんの安全にも及んでいるわけだ。
流石姫君様! 全ての花の主でいらっしゃるお方は、解語の花にもお優しい!
それに引き換え、いつまでもウジウジと悩んで視野を狭めていた自分が恥ずかしい。
採寸が終わって自由になった両手で、自分の顔を覆う。顔が熱い。
「うう、恥ずかしい。言われるまでそんなことにも気付かなかったなんて……!」
「いいのよぉ、あっちゃんはまだ色々大変なんだもの。むしろウチの不良息子どもが気付いてないのがおかしいのよ。あの子達も自分の縁談から逃げ回ってばっかりだから!」
「え? そうなんです?」
ソーニャさんの呆れたような言葉に、ぱっと顔を覆っていた手を外す。
そういえばソーニャさんはロマノフ先生に「お嫁さん、まだ~?」って時々尋ねているって、シオン殿下に聞いたことがあった。
縁談から逃げ回っているっていうことは、それなりにお見合いとかそういうのがあるんだろう。
私が興味を持ったことに気が付いたソーニャさんが、肩をすくめた。
「一応ね、私の家もエルフではそれなりの家系なのよ。だから縁を結びたいっていうお家は沢山あるの。でも持ち込まれる縁談全部、釣書すら見ないでお断りするものだから……。だからあっちゃんのことも、姫神様が断ってくださるなら乗っておけばいい、くらいにしか思ってないのよ」
「あー、それは、なるほど?」
ソーニャさんからそっと目を逸らす。
そうだよな。先生、普段ならもっと言葉を尽くして説得してくれるもん。だけど殊、婚姻を結ぶとかいう話になると、わりに大雑把に「嫌なら嫌でいいのでは?」って感じだもんね。
「なら、自信をもってお断ることにします」
「そうね、今はそれでいいと思うわ。時期が来たらあっちゃんも考えが変わるかもしれないし。お家を継ぐために急いで大人になったんだから、その辺りは年相応のゆっくりさで大丈夫よ」
「はい」
気持ちがからっとしたから、すっきりした気持ちで採寸を受ける。
身幅やら襟回りを測ると、ソーニャさんは次々と書き留めていった。
「それで、何を作るかっていう話よね?」
「はい。古礼服か、宮廷服か……」
昨日ロマノフ先生と話した服の例をソーニャさんにもしてみる。するとソーニャさんは少し首を傾げて、頬に手を当てた。
「そうねぇ。そういうのもありかも知れないけれど、あっちゃん魔術師なんだからローブでもいいのよ?」
「へ? そうなんですか?」
「ええ。だって私はローブで参加してるもの」
「おお」
ソーニャさんの話によれば、宮廷魔術師や魔術の名門と呼ばれる家門はなんと、魔術師と解るようなローブでも構わないそうだ。
ロマノフ先生がそれを言わなかったのは、近年魔術師と解るローブを着てパーティーに参加する貴族がいなかったから忘れていたんだろうって。
というか、かつてヴィクトルさんが宮廷魔術師長を務めたとき、ヴィクトルさんは帝国から与えられた軍服を身に着けていたそうな。そこから宮廷魔術師がローブを着る習慣自体が薄れていったらしい。だって宮廷魔術師長がローブ着てないのに、それに及ばない魔術師がローブを着るのはどうかっていう?
それでヴィクトルさんが宮廷魔術師長を退いた後も、宮廷魔術師長がローブを着る習慣が忘れられたままになっているそうだ。
因みに本人はそういった慣習には無関心だったらしく、先年ようやくソーニャさんに「何で宮廷魔術師長ってローブ着ないの?」って尋ねたという。恐るべし。
それなら私もローブでよいのでは? 正直宮廷服も古礼服もしっくりこないとは思ってたんだよね。
あ、でも、菊乃井家って魔術の名門ではないんだよな。
そういう家がいきなりローブで現れるのはどうなんだろう?
ソーニャさんにその辺を尋ねると、コロコロと鈴が転がるような笑い声で。
「やぁねぇ、あっちゃん。神龍召喚が出来て、夢幻の王の名を継ぐ魔術師が魔術師でなかったら、この世に魔術師は一人もいなくなっちゃうわ!」
「う……!」
そうか、そうだな。私が出来ることは誰にでもって思いがちだけど、実際そうじゃないんだ。あまりに「誰でも出来ると思う」と思い過ぎるのも、意図せず誰かを傷付けることになる。
ちょっとその辺が顔に出たのか、ソーニャさんがワシワシ私の頭を撫でた。
「自信もってローブを着たらいいと思うわ。ついでだから古礼服にも宮廷服にも見えるようなデザインにしましょう。文官でも武官でもない、魔術やありとあらゆる学問・芸術・技術の家の当主に相応しいものに!」
ぐっと拳を握って「おー!」と、二人で天に突きあげる。
そんなことをやっていると、部屋の扉をノックする音が。
外からはひよこちゃんや奏くん紡くん兄弟の声が聞こえて来た。だから「入って~」と声をかけると、扉が勢いよく開いた。
「にぃに、おべんきょうおわったよ!」
にこやかにひよこちゃんが入って来て、ソーニャさんを見つけると三人とも「こんにちは!」と元気よく挨拶する。
「あら~、こんにちは。れーちゃん、かなちゃん、つむちゃん。お元気?」
「はい! ばぁばはおげんきでしたか?」
「元気よ~」
「お久しぶりです、ソーニャさん!」
「おひさしぶりです!」
「まぁまぁ、かなちゃんもつむちゃんも背が伸びたわねぇ」
きゃらきゃらと一気に部屋の中が華やかになる。
ソーニャさんとひよこちゃん達が楽しく近況報告をしている中、ふっとドアのほうを見ると金髪の三つ編みがちらちらと見え隠れしていた。どうも隠れてるつもりみたい。
「ヴィクトルさん、何やってるんですか?」
「あーたん、しっ!」
いや、いるのバレてるって。
だってにこやかにレグルスくん達と話してるソーニャさんのお耳がピクピクしてるもん。
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