体裁だけは華やかな召喚状
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次回の更新は、11/24です。
机に突っ伏す私に、ロマノフ先生が頭上から声をかけてくる。
曰く、ちゃんと手紙を読んで御覧なさい。
呼び出しって言うだけでも、もう相当嫌なんだけど。
でもたしかに何のお呼び出しなのか知っておかないと、対処のしようもないよねー……。
しかたがないから大きなため息を吐きつつ身体を起こす。
そしてロマノフ先生から手紙を受け取ると、中身を改めた。
綺麗な金の蔦が描かれた便箋には、流麗な文字が書かれている。
統理殿下って綺麗な字は字なんだけど、文字が右上がりになるんだよね。そういう癖が現れるってことは、これは紛れもなく直筆で書かれたものだ。
「えぇっと……?」
つらつらと書かれている文字を目で追って。
私はロマノフ先生にジト目を向けた。
「宮中の新年祝賀パーティーの招待状じゃないですか!?」
もー!
ぷうっと頬を膨らませると、ロマノフ先生が親指と人差し指で頬を挟んで圧し潰してくる。ぷすっと口から間の抜けた空気音が聞こえて、ロマノフ先生が笑った。
「呼び出しは呼び出しですよ? 招待状の端の方に私信として『三人で茶でも飲もう』とあるじゃないですか」
「うぐ……!」
ロマノフ先生が指差した場所にはたしかに「三人で」とある。ということは、シオン殿下もってことだな。
以前と違ってシオン殿下に対する苦手意識は薄らいできた。人となりを知れば、単にお兄さんが大好きすぎる弟ってだけだもんな。
だけどもそれを凌駕するこの兄弟の手強さよ。今回は将来の国母たるゾフィー嬢がいないだけまだましか。
ポリポリと頬を掻いていると、ロマノフ先生が「あ」と呟いた。
「君の服を用意しなくてはいけませんね」
「えー……?」
「宮中の特別な催しですからね。礼服で参内しなければいけません。私達も新年パーティーに参加する際は白い軍服を着用しているでしょう?」
「ああ、そういえばそうですね」
そうだった。
ロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも、毎年宮中の新年パーティーに呼ばれて出かけている。そのときには真っ白の肋骨服と同色のマントを纏っておられたはずだ。
え? ちょっと待って? じゃあ私もあの派手な肋骨服着ないといけないの?
「凄く嫌そうな顔して……。傷つくじゃないですか」
苦笑いのロマノフ先生には、私の考えていたことが解ったんだろう。
だって真っ白な肋骨服って!
あれは選ばれた美形のみが装備できるものであって、悪役面の私には無理だ。断固拒否。お断る。
「大丈夫ですよ。礼装については指定された形の軍服でもいいし、普段より豪奢な宮廷服でも古礼服でも構いません。その辺は選べますから。だからこの時期に招待状が来るんですけどね」
「ああ、服を作る準備期間ということですか?」
「ええ、毎年新調する家もありますからね」
「ははぁ」
貴族の服っていうのは作るのに手間と暇と費用が掛かる。けれどそれを贅沢と断じるのは少々視野が狭い話なのだ。
例えば何処かの貴族の領地の特産が織物なのであれば、手間暇かけて衣装を作って宮中で目立つことで、自領の特産品のアピールにもなる。宝石が産地でもそうだし、染色が名物でも同じことだ。
菊乃井に関してはEffet・Papillonがある。この期にEffet・Papillon商会のドレスや礼装部門の宣伝活動をすべきなんだろうけれど。
額にロマノフ先生の指が触れる。
「眉間に物凄く深いしわが出来ていますよ」
ぐいぐいとシワを伸ばされて、顔を顰めていたのに気が付いた。
嫌なんだよねぇ。
着飾ることじゃなくて、目立つのが。
そりゃ宣伝だと思えば致し方ないんだろうけど、春からこっち少々どころか目立ち過ぎた。
やったことに後悔はないし、やるべきだと思ったからやった。
あのタイミングで私以外に、ルマーニュ王国の王都の冒険者ギルドの不正や火神教団の邪教化、皇子殿下方のすれ違いの解消がどうこうできたかといえば、答えは否だろう。
あのタイミングでなく、別のタイミングならば私でなくても良かったかもしれない。良かったかも知れないが、全ては既に終わった後だ。
結果私は沢山の人材や財産や名望を手に入れたけれど、それと同じだけ潜在敵と責任を持つ事になった。
仕方ないっていっても、やっぱり負う責任と敵は少ないほうがいい。
「行かないっていう手は……?」
「ないですね。本来帝都から遠く離れた領地の領主は、祝賀パーティーの参加を免除されるものなんですが、君は手書きの招待状を貰いましたからね」
「行かなきゃ不敬、ですか?」
「陛下や皇子殿下方、宰相閣下は許してくださるでしょうけど、外野が煩いでしょうね。わざわざ攻撃材料を提供してやることはありません」
「ですよねー……」
ぱたりともう一度、机に突っ伏する。
行かないっていうのは悪手でしかない。
これは招待状って名前の召喚状だった訳だよ、ちくせう。
となると服を作らないといけない訳だな。
観念して楽しいことに思考を切り替える。
礼服と一口にいっても色々あるんだ。
例えばロマノフ先生が言ってた肋骨服。これは主に軍事方面で手柄を立てた武門の家柄の人の礼服だ。先生達はそれぞれ英雄と呼ばれるくらいのことを成したんだから、武門の家柄と言っていいだろう。
菊乃井もどちらかといえば武門の家柄だ。何せダンジョンが領地にあって、大発生とかで功を重ねて伯爵まで至ったことになってるんだし。
だけど私ってどちらかというと文官なんだよね。何がって気質が。
武闘会で目立っちゃってるけど、今のところ領地経営の手腕の方を買われていると自負している。
となれば着るのは軍服でなく、宮廷服、或いは古礼服だ。
因みに古礼服っていうのは前世でいうところの漢服の形式に近い。そういえば宰相閣下はこの形の服で宮廷でお仕事をされていたはずだ。
アレは陛下にお会いする立場だから、簡易の礼服を着ているってことらしい。
「私も宰相閣下に倣って古礼服か、豪華めな宮廷服にした方がいいと思うんですが」
「そうですね、それがいいと思います。まあ、君が文官扱いになるかどうかは別として、当主としては文の家柄だという主張でいいんじゃないですかね」
ロマノフ先生、にこやかに引っ掛かることを言ってくれたな。
なんで私が文官じゃない扱いされるのさ。私は別に武力に率先して訴えたことなんかないってば。
それはそれとして、じゃあ家格に見合った布や素材を用意してこないと。
この辺はEffet・Papillonは強いんだよね。だって糸にせよ布にせよ、一流の物が蜘蛛ちゃん達から入手できるわけだし。
そういうと、ロマノフ先生がキョトンとしたお顔になった。
「君の礼服用の布は既にありますし、後は採寸して縫い始めるだけですよ。糸も何も最高の物を用意しましたし?」
「へ?」
「鳳蝶君、姫君からいただいた布、今どこにあると思ってるんですか?」
「あ!」
そういえばそうだった。
姫君様から艶ちゃん様をご接待した褒美に、姫君様お気に入りの織女神様の御手製の布をいただいていて。
貴重な物であること、その布に鋏を入れるにしても縫製するにしても、生半可な扱いは出来ないからってエルフ一のお針子であるソーニャさんに預けてあるのだ。
何かあったときの礼服にしようってお話ししてる間に、次から次に事件が起こってそのまま手付かずになっている。
「丁度いいと思いますよ。君の婚姻は姫君様のお言いつけで人の勝手には出来ないという話になっていますから、その布の存在も証拠になるじゃないですか」
「そうですね。そうですけど、そんな風に姫君様のお名前を使ってもいいんでしょうか?」
「君には考える時間が必要だと、姫君がご判断されたのです。ここは甘えておきましょう」
ロマノフ先生の大きな手が私の頭を撫でる。
こういうとき、守られていることを自覚するんだよね……。
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