一難去って……?
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次回の更新は、11/20です。
「なんか今回も大変だったな、若様」
ざくざくと白菜を植える土を混ぜ返しつつ、奏くんが労うように言った。
雪樹の決闘裁判から二日経った。
決闘の当日にロマノフ先生とラーラさん、私とレグルスくんと私の使い魔達とジャミルさんは菊乃井に戻ったけど、ラシードさんとイフラースさん、威龍さんとベルジュラックさんは雪樹で一晩泊って。
追放という形で一族から旅立つ次兄・ザーヒルを家族で見送ったそうだ。
一晩経ってザーヒルは憑き物が落ちたような穏やかな顔をしていたらしい。旅立つ彼にラシードさんは菊乃井で働いて得たお金を持たせたそうだ。どこに行っても役立つし、消えものといえばそうだから、と。
兄のカーリム氏は寝袋やなんや、旅に必要なもの一揃いを集落中を駆けずり回って頭を下げて用意したそうだ。甘い。
そんな二人にほろ苦く笑ってザーヒルは「すまなかった」と頭を下げたという。カーリム氏とラシードさんはそんなザーヒルに「力を取り戻せる日が来ることを祈っている」と告げて泣いたとか。
翌朝アーディラさんの全身スキャンと残った人達の迎えのために、ラーラさんと雪樹の一族を訪れたヴィクトルさんから聞いた話だ。
「思い遣りとかズレるとそうなるんだな。おれも気を付けよ」
スコップで肥料と土を混ぜながらそういう奏くんの視線の先には、レグルスくんと一緒に人参の収穫をしている紡くんの姿があった。彼らの傍では大根と人参が、手……じゃなくて多分根……を取り合ってダンスしている。凄く平和だ。
奏くんの横で私も屈んで肥料と土を混ぜる。秋はこれからで、冬までの間にやらなきゃいけないことは結構多い。菜園のこともだけど、菊乃井領のことも。
そんなことを考えていると、奏くんがちょっと複雑そうな顔を私に向けていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「いや、ラシード兄ちゃん達の母ちゃん、結局許してやんの?」
「許すっていうか、多分これからの方があの人達は大変だよ」
「そうか?」
怪訝そうな奏くんに頷く。
私が持ち掛けた雪樹の一族と菊乃井領の移住、或いは訪問計画はこれから実務者レベルの協議に入る。
だけど菊乃井で雪樹からの移住者を受け入れることも、雪樹が菊乃井で募った冒険者の受け入れ先になるのも、もう決定事項だ。
これがスタートすれば異文化交流が始まる。そこには先住者と移住者で必ず摩擦が生じるのだ。違う文化と常識を持つ者が揃えば、そうなるのは必然。その解決に奔走するのが、これからのアーディラさんご夫妻のお役目なのだ。
まあ、面倒が毎日毎日ほぼ持ち込まれることになるだろう。それを大事になる前、つまり私の耳に入るまでにどうにかしなきゃならない。
それは雪樹の一族を纏めていたのとそう変わりない煩雑な仕事だ。その分私はそちらに気を回さなくて済むので、楽は楽かな。
そんな話をすると、奏くんが笑う。
「若様、面倒なこと大嫌いだもんな」
「そうだよ。嫌いだから押し付けられる人を探すんじゃん」
「ジャミルさんも商会手伝ってくれるし?」
「うん。ヴァーサさんが助かるって言ってたよ」
ロマノフ先生と一緒に宰相閣下に目通りしたジャミルさんは、その昔の伝手を帝国に繋いでくれた。
彼が元いた国は帝国と国交はあったけれど、そこから更に南アマルナに繋がる伝手が手に入ったらしい。
これはロマノフ先生から聞いたことだけど、宰相閣下は「ご苦労だったのう」とご機嫌で私を労ってくださったとか。
それでもラシードさんの身元に関しては「何も知らなかった」を通すとは言われている。
そっちに関しては、まあ、今回本当の話を雪樹の一族の人達にもしなかったから、それで全然構わない。何せ後ろ暗いことをしたのは彼方だ。分は私にある。
ジャミルさんはこれから行商も続けるけれど、Effet・Papillon専属のスパイスハンターも兼ねてくれるそうだ。
流行廃りを旅をしながら菊乃井や次男坊さんに報告してくれるそうで、これからの情報収集に期待が持てる。
ざくざくと作業を続けていると、にょろっと土からミミズが顔を出した。
菊乃井はどこもいい土が育っていると、源三さんや大根先生から聞いている。董子さんの研究も捗っているそうだ。
「にしてもさ、ザーヒルはラシード兄ちゃんとの決闘のとき、ワイバーン二匹手に入れてたんだろ? 謹慎しててよくそんなの手に入れたな」
「うん。それもね、計算だったんだって」
「へ?」
「ワザと勝負の前にザーヒルを使い魔を調達するって名目で一人にしたんだって。それでその頭巾の男が接触してくるのを待ったんだってさ。勿論アスランさんが離れたところでザーヒルを監視してて、もしも殺されそうになったら助けに行く予定だったし、それに……」
「それに?」
微妙なところで言葉を切った私に、奏くんが小首を傾げる。
アーディラさんはラシードさんにかけられたアーティカさんの封印を呪いと言った。けれど、彼女もまたザーヒルに呪いをかけたそうだ。即ち一度死んでも生き返るという。
「え? じゃあ、ザーヒルは弱体化されてたってことか!?」
「うーん、いや、そうじゃなくて。ザーヒルの場合は一度死んで蘇ったときに、能力に封印がかかる仕組みになってたみたい」
雪樹にはそういう秘術がまだたくさん残っているらしい。
アーディラさんの衰弱が思ったより進んだのは、その呪いをザーヒルにかけたせいもあったと聞いている。
そう話せば、奏くんは肩をすくめた。
「おぉう。色々あるんだな」
「うん。まあ、その弱体化も私が能力と一緒に抹消したから、もうないんだけど。とりあえず一度死んでも蘇るのだけは何とか固定したし、そういう緊急事態は私に報せが来るようにもした」
「すげぇな……」
そもそもロスマリウス様の術式が私に扱い切れるギリギリを攻めたものだから、本当に苦労した。でもツボは解ったから、次に使う時はもう少し楽に扱えるだろう。次がないことを祈るけど。
ともあれ、雪樹の話はこれで一応の結末だろう。
行き来が始まれば別の問題がまた持ち上がるだろうけれど、それはこれから話し合って解決を目指せばいい話だ。
幸い雪樹には私のやり方を知るカーリム氏とアーディラさんご夫妻がいるわけだし。
威龍さんの潜ませた影の人達やベルジュラックさんも、雪樹が落ち着くまでは彼らを見守るために麓の村に滞在してくれるそうだ。
ザーヒルも、いつか彼が自分を見つめ直したそのとき、誰かの手が差し伸べられるだろう。
一件落着!
晴れやかな気分で言えば、奏くんが「だな!」と明るく応じてくれた。
けども。
「……なにこれ?」
午後、私の書斎兼執務室の机の上。よく磨かれて鏡のようになった飴色の上に、鎮座する真っ白な封筒。
麒麟と鳳凰の美しい透かし彫りが入ったそれの、中に入っていた便箋は金の蔦の絵が四隅に上品にあしらわれ、やはり麒麟と鳳凰の透かしが紙に入れられていた。
こんな代物を出せる家は一つだけ、即ち皇室。
厄介事の予感しかなくて、そっと人差し指と親指で摘まみ上げると私の傍から遠ざける。
「そんな雑巾を摘まむみたいにしてはいけませんよ?」
ロマノフ先生がくふんと笑う。そして私が嫌々摘まんでいた便箋を取り上げると、さっさと目を通した。
便箋自体が良い物なんだろうけれど、先生が内容を読むために紙を捲る度、そこに焚き染められた香が香る。凄く良い匂い。
こういう読む相手がちょっと気持よくなるような配慮というのだろうか。そういうことをされると、凄く大事にされている心持になれる。こういうのも人心掌握のテクニックと言えばそうなんだろうけど、真心って大事だよね。
読み終わったのか、ロマノフ先生が私の髪を撫でる。
「統理殿下からのお呼び出しですね」
「なんでさ……!?」
私はぱったりと机の上に顔を伏せた。
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