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永遠ではない長いお別れ

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

次回の更新は、11/17です。


 いつまでもお涙頂戴を見せられても困る。


「さて、カーリム族長。裁定の時間ですよ」


 ほんの少し温かい雰囲気になったところに、冷や水をぶっかければ、カーリム氏がこちらを向いた。

 さあ、私との約束を果たせ。今こそ変わった姿を見せろ。

 視線に込めた意図を正確に読み取ったのか、カーリム氏はぐっと唇を噛んだ。そして抱いていた弟達の肩を手放し、ザーヒルに向き直る。

 ぎゅっと握り込まれた手が震えて、暫くの沈黙。その握り込まれた手から、爪が手のひらに食い込んだのかぽたりと赤い雫が落ちた。


「ザーヒル。お前の能力を抹消した後、一族から追放とする」


 ラシードさんの喉から「兄貴!?」と悲鳴のような言葉が迸る。一方で、ザーヒルは静かに「はい」と素直に裁定を受け入れた。

 虐げていた弟に、本当は守られていた。疎ましく思っていた兄が、実は自分のために強くなろうとしていた。それに二人とも、こうまで悪意をぶつけても、ザーヒルを諦めようとしない。おまけに天からは見放されたしな。

 それはどれもザーヒルの心を折るには十分だったんだろう。

 目を淀ませるザーヒルに、カーリム氏は穏やかに語り掛けた。


「最低限の魔物使いの能力だけは残してもらう。ザキーラも連れて行っていい。アイツはお前がいないと生きていけないからな」


 柔くザーヒルの肩に触れる手には、兄としての情が残っている。


「お前は一度、弱いということがどういうことか知るべきだ。そしてどれだけお前が馬鹿にしていた戦えない人達に、実は守られていたかということも。戦って帰って来て、温かい飯が食えたのは誰のお蔭なのか、壊した装備をなおしてくれたのは? 怪我を癒すための薬草を育ててくれていたのは? それはお前が侮り、虐げた戦えない人達だ。そのありがたみを知りなさい」

「……」


 こくっと幼子のようにザーヒルは頷く。

 さてさて、出番だな。

 カーリム氏が私に「お願いします」と頭を下げた。私は座り込むザーヒルの前に立った。その目はもう憎しみも浮かべられない程、淀んでしまっている。

 顔を上げるように言えば、ザーヒルは素直に従った。私はその額にゆっくりと魔力を込めた指で触れる。


「貴方の能力を魔物使いの最低限だけ残して他は抹消します。が、海神ロスマリウス様の特別の御慈悲により、貴方に救済措置が設けられました。これより先の貴方の行動において、天が善行を為したと判断したとき、抹消された貴方の能力が一つずつ貴方の手の内に戻るでしょう。己を見つめ、反省し、そして善き人でありなさい」


 悔い改めよ。

 私の指から出た光は、やがてザーヒルの額から全身に広がる。

 これが私がロスマリウス様からいただいた、特製の抹消刑ダムナティオ・メモリアエだ。

 光が治まると、ラシードさんが私に縋るように飛びついた。


「い、今のって、完全に何もかもなくなるってことじゃなく、戻る可能性があるってことだよな!?」

「そうです。でも難しいですよ。彼は天におわす方々に見放されていますからね。その方々がお認めになる善行です。普通の人助けなんかとは訳が違う」

「そ、それでも可能性はあるんだな!?」

「無くはない、程度ですね」


 それでも可能性はゼロではない。それがザーヒルに希望を持たせたのか、目に力が少し戻る。

 あともう一押しくらいかな。

 ザーヒルにではなく、同じくほんの少し希望を持ったカーリム氏に、私は顔を向けた。


「あとね、永久に赦すなって言ってません。一族の人達が許してもいいかなってなれば、許したらいいんじゃないです? でも貴方やご家族から赦しを請うことはせず、自然に一族の人達から『許して良いんじゃないの?』っていう声がでたら、ですけど」

「!?」


 ラシードさんやカーリム氏、アーディラさんご夫妻の顔に歓喜が浮かぶ。

 一方ザーヒルはぽかんとしている。


「な、ぜ……?」

「別に、貴方に迷惑をかけられたわけじゃないですしね。それに利用されたものに厳しく当たり過ぎるのも良くない。あと貴方は人質として利用価値がある。貴方になにか危難があったとき、助けてあげられるのはきっと私だけだ。私は貴方と真逆で、天におわす方々に加護を沢山いただいていますから。貴方が生きているだけで、雪樹の新旧族長に無理難題押し付けられると思えば、この程度……」


 ふんっと鼻で笑ってやる。ザーヒルの目には、私に対して二人で地に頭を付けて感謝する両親の姿が映っていた。

 でもまだ終わりじゃないんだ。

 後一つ、後始末が残っている。

 傍にいたひよこちゃんとベルジュラックさんや威龍を呼ぶと、触手に巻かれた男の見張りを頼む。それからロマノフ先生とラーラさん、ジャミルさんを連れて部屋の隅に。


「ジャミルさん、あの男を南アマルナに送還できる伝手ってあります?」

「エ? エエ、アリマス。昔ノ伝手ガマダアルノデ、ソレヲ使エバ」

「では申し訳ないのですが、ロマノフ先生と宰相閣下のところにいってそのルートを使ってアイツを送還する手続きをお願いしても?」

「ソレハ構ワナイデスケド、帰シテイインデスカ?」

「寧ろこちらに手を出せばどうなるかを教えてやらないといけないんで」


 工作部隊の人間に人質としての価値はないだろう。証言自体はもうあの男が死んでも、私の手の内に引き出せるよう魔術で細工はした。だったらアイツを押さえておく必要はない。

 なのでラシードさんを呼ぶと、一緒に工作部隊の男の前に立った。


「ラシードさん、アレを彼に見せてあげてください」


 アレといわれて、一瞬ラシードさんが考え込む。けれどすぐに思い当たったのか、ラシードさんは首から下げていた紐を引っ張って持ち上げた。

 その紐の先に付いていたのは紫の龍の鱗。

 その輝きに、ロマノフ先生とラーラさんとレグルスくん以外の顔色が変わる。勿論工作部隊の男の顔色も。

 何故ならその紫の鱗を持った龍を、さっきこの男も雪樹の一族の人達もはっきり見たんだから。


「これ、嫦娥の逆鱗です。それを与えられている意味が解りますか?」

「ヒィッ!?」

「貴方が解らなくても、貴方の上役は解ると思います。お国に帰して差し上げますから、そこのところをよーく話し合ってくださいね?」


 にこっと笑うと男がぶるぶると震えだす。そしてその目がぐるんと回ると、白目をむいて泡を噴いて気を失った。

 その男を小脇に抱えると、ロマノフ先生が笑う。


「運びやすくなりましたね。ちょっと行ってきます」

「よろしくお願いします」

「はい」


 そう言って男を抱えたまま、ジャミルさんの背に手を触れさせると、ロマノフ先生は転移魔術の光を帯びて消えた。

 さて後に残った私達にはもう一つ仕事がある。

 カーリム氏が新たな族長となったこと、ザーヒルの追放、それからアーディラさんご夫妻の追放という名目の半隠居とお引っ越しの宣言だ。

 イフラースさんと威龍さん、ベルジュラックさんをザーヒルの見張りに残して、カーリム氏の後を追って外に出る。

 するとそれを見た一族の人達が次々に声をあげ、聞きつけた人たちが広場に集まって来た。


「皆、聞いてくれ!」


 その力強い呼びかけに、集まって来た人が静かになる。

 そして改めて今回の騒動で一族に混乱を招いたことを詫びて、これからのことを話し始めた。

 兄の背を見守るラシードさんやアーディラさんご夫妻の目が僅かに潤む。

 これからを思えば決して楽な道ではないだろう。けれどカーリム氏はもう背負ったのだ。

 カーリム氏の姿を見ていたひよこちゃんが、私の手をきゅっと握る。


「にぃに、れー、にぃにのことだいすきだからね。しんぱいになったらちゃんというから、にぃにもいってね?」

「うん。ありがとう、レグルスくん」


 雪樹の山並みに沈む太陽が、守護神のように佇む皇帝ペンギンゴーレムを橙に輝かせていた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 殿下兄弟とは別の兄弟不和パターンを学んだ菊乃井兄弟は、改めて自分の気持ちを相手に伝えることの大切さを認識したのであった… ちゃんとお兄ちゃんに伝えられるひよこちゃんは、本当に偉いしいい子…
[一言] 皇帝ペンギンゴーレム片付けてなかったね… こう…村の守護神とかそんな感じに祀られるようになっちゃうのかしらどうなのかしら…(白目)
[一言] とりあえず次男くんには監視兼フォロー要員が必須なのでは(;^ω^) 一人で修行させようものなら2次遭難に爆走しそうだとの意見に同異しかない!
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