ロミオとジュリエットが結ばれても悲劇は起こる
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次回の更新は、11/10です。
雪樹の一族と南アマルナの紛争は、その当時の南アマルナの王のあり得ない妄想から始まった。
南アマルナは国を閉ざしているせいか、極端に子どもが生まれにくくなっていた。純血主義が災いして、血が濃くなり過ぎていたのだろう。
南アマルナの民が持っていた魔族としての力は、国民の血の濃さと反比例するようにどんどん弱くなっていった。
このままでは南アマルナは滅びる。
しかし、近くをみれば同じように一族を閉ざしているはずの雪樹の一族は、力を細らせることなく連綿とその力を次へと残しているではないか。
南アマルナの王は、そこを彼らが己らを呪ったからこうなったのだと思い込んだのだ。
普通であればそんなことで戦争など起こしはしないだろう。だが南アマルナの王は行動力のある暴君だった。
これが災いして南アマルナと雪樹の一族で紛争が起こった。
南アマルナという国と少数民族である雪樹の一族だ。勝敗はあっけなくつくかと思われたが、始祖が一族を開いてから使い魔とともに雪樹山脈の平和を担ってきた一族は強かった。
一方でくだらない理由で戦争に巻き込まれた南アマルナの兵は士気は最悪、そして力は王が国の滅亡を憂えるほどに低い。
戦場は次第に膠着どころか、南アマルナが劣勢に追い込まれていった。
南アマルナは敗北寸前で突然、和平交渉に舵を切った。
その当時従軍していた王太子が、怪我をきっかけに前線から退いた二週間後、その時の王であった父親に対しクーデターを起こし、父を王座から追ったためだった。
「その和平が成った一か月後ほどだったよ。アーティカが南アマルナからやって来た男を一族に連れて来たのは」
「それがラシードさんの……?」
「ええ。身体があまり丈夫じゃなかった妹は、戦場にはいけなくてね。でも食料の調達くらいは出来るっていうんで、集落からちょいちょい外に出てて。そこで怪我した敵兵を見つけて、手当してやったんだそうだよ」
「敵兵なのに、か?」
アーディラさんの懐かしむような昔語りに、ラシードさんが疑問を挟む。アーディラさんはラシードさんにほんの少し笑むと、ゆったりと頷いた。
「私もそう思ったんだけど、あの子、苦しんでる人を見捨てることは出来なかったって泣いてね。敵兵の怪我がある程度治って仲間のとこに帰れるようになるまで、私達の目を盗んで面倒を見てやってたそうだ。その間に色々話をして、心を通わせたって言ってたよ」
敵兵は自軍に戻るときに、アーティカさんに「必ず戦争を止めて、君を迎えに来る」と告げたそうだ。
それを知ったのはアーティカさんが日に日に元気をなくしていくのに、アーディラさんが気付いたからだとか。
事実を話したアーティカさんに、アーディラさんは諦めろと諭した。怪我をした男と介抱した敵の女。そんな二人が惹かれ合っても、悲しい結末になる物語ばかりだ。それでもアーティカさんは敵兵を信じ続けて。
そうして敵兵が南アマルナの軍に戻った二週間後、クーデターは起り、戦争は終わった。
強烈に嫌な予感がする。
私は眉間を揉んだ。レグルスくんがきゅっと手を握ってくれたけど、誤魔化せない嫌な感じ。
「あの、野暮は承知で言いますが……その敵兵って……?」
皆まで言わないけど、ロマノフ先生もラーラさんも物凄く頭が痛そうだ。ベルジュラックさんや威龍さんもちょっと引き気味。ジャミルさんは困惑してるし、カーリム氏とザーヒルは唖然としてる。イフラースさんと三兄弟の父君は目を伏せていて。
「え!? なに!? じゃあ、俺の本当の父ちゃんって南アマルナの王太子だった人ってこと!?」
当事者オブ当事者のラシードさんが、唯一空気を読まずに大きな声を出した。
「現国王だよ。ラシード、お前は相変わらず元気だけど声が大きいねぇ」
「あ、ごめん」
アーディラさんが溜息を吐きながら、ラシードさんを僅かに咎める。
ごめんじゃねぇわ。
いや、まあ、聞きたくなる気持ちは解らんでもないけどな。だけどひよこちゃんでさえ、私の横でお口を両手で塞いでたんだぞ? 察せ。マジで察せ。
後の経緯は、イフラースさんがラシードさんの素性について尋ねたときの話を繰り返し聞かせてくれた。
それにアーディラさんが頷きつつも、補足を入れる。
南アマルナの現国王の第一夫人は本当にラシードさんを案じているし、その息子で次の南アマルナの王となるべく育てられている子どもも、ラシードさんに対しては「しあわせに暮らしてくれればいい」と、成人の儀式の旅の途中で雪樹に立ち寄ってアーディラさんに話していったらしい。
つまり、彼ら二人にラシードさんを狙う理由はない。だとするとどうしてか?
それも本当のラシードさんのお兄さんが忠告していってくれたそうだ。
「獅子身中の虫……?」
「ええ。どうもお母上の御親類が野心を持っていて、まだ立太子されていない兄君の地位を安泰にするために色々よからぬ動きを見せているのだとか」
「つまり、他の継承権のある人の排除、ですか?」
「恐らく。なるべくラシードには手出しさせないように防いできたけれど、成人の儀の旅だけはどうしてもしておかないと、そのよろしくない母君の御親類に対して影響力が持ちにくいらしくて……。自分が旅をしている間になにか仕掛けてくるやもと、心配して声をかけに来てくださったようです」
「なるほど」
事情に関してはそんなとこだろうと思ったけどな。
まあ、別に対処のしようはあるから構わない。
今の問題はザーヒルだし。
そっと窺うと、彼の顔は真っ青だ。そうだよねー、自分は特別でもなんでもなかった挙句に、本当に特別な弟を殺しかけた、しかも彼は南アマルナの王子様、下手したら一族と南アマルナの戦争の引き金を引くところだったんだし?
もうこの上なく傷ついてるだろうけど、あと一押しか。
ここで私は自分の影にしまっておいた猫の舌で、亜空間に放り込んだ男を縛ったまま、ザーヒルの前に置いた。
双頭のワイバーンのエンブレムのついた頭巾の男だ。
口の中に突っ込んでいた触手を取り除いてやると、男の虚ろな目が私を見た。
「死ねないの、ご理解いただけました?」
男を放り込んでおいた亜空間って、基本何にもないの。音もしない、光もない。そういうところに放り込むと、普通の思惟する生き物って発狂するんだけど、この男には私の魔術がかかってるからそれも出来ない。相当怖かったのか、男の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。全身が濡れてるし異臭も漂ってるあたり、そういうことだろう。
徹底的に精神を磨り潰された男に、私は穏やかに笑いかけた。
「怖かったでしょう? 今からする質問に答えてくれたら、これ以上酷いことはしません。優しくしてあげます。だから嘘を吐かずに、きちんと答えてくださいね?」
涙と鼻水で汚れた顔を、優しく拭ってやる。すると男は大きく何度も頷いて、安堵の息を吐いた。
「貴方の狙いは何ですか?」
「あ、ぁ、こ、ころ、ころせ、と……!」
「誰を?」
「ら、ラシードという、こぞ、こぞう、を」
「なぜ?」
「お、おうじは、い、いらな、い。国が、乱れるもとだと……!」
精神が壊れかかっているせいか、言葉が拙い。
ガタガタ震えながら告白する男の口の端からよだれが垂れるのをそっと拭うと、男は泣きそうな目で私を見た。
救われていると思うのは勝手だけど、この男を壊そうとしているのは私だ。そんな相手に縋るのは哀れだけど、この男より哀れなのがいる。
「貴方がなりたかった特別も、こうやって他人から要らないと排除されるんですよ。そんなのになりたかったんですか?」
「それでも! 誰からも顧みられないよりはましだ!」
身体を震わせながらザーヒルは叫ぶ。
特別、彼の望むそれは一体なんなのか?
「顧みられる? 貴方、何処かの王様とか長の個人の人格に思いをはせたことってあります?」
「は!? 王は王だろうが!?」
「ええ、だけどその王や長の個人の気持とか性格とか知りたいと思います? 貴方、王の趣味とか好きな食べ物とか知りたいですか?」
「そ、そんなもの……別に……」
「王とか長というものは、大勢の人間の無関心の中にあって、自分に心を寄せてくれない人達の生活や色々に心を砕かなければいけない。仮令愛されなくても、裏切られても、一人、立ち続けなければならないんですよ。貴方のなりたい特別は、今よりもっと愛されはしない。おまけに失敗したらなじられるし、首は簡単に取られて挿げ替えられるし。一般人より遥かに個人が顧みられることはない。貴方の羨む特別な兄と弟は、そういう怖い場所に追いやられる立場なんですけど。解ってます?」
冷ややかに言ってやれば、ザーヒルの顔から血の気が失せた。
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