対価は余生まるごと差押え
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この人は恐らくザーヒルがワイバーンを手に入れた辺りで、彼に南アマルナの手の者が接触したことに気付いたんだろう。
そして夫婦で監視をしていた状況で、族長の身体に変化が現れた。最初は気が付かなかったのかも知れない。けれどザーヒルとラシードさんが決定的にぶつかり、密かにラシードさんを探していた日々で、自身の身体にキノコ型のモンスターが巣食ったことに気が付いた。
そう告げると、僅かに族長の夫君の方が視線を伏せる。
「そうですよね?」
「……」
念を押すように尋ねた私に、族長は答えない。代わりに「そのとおりです」と返したのは、彼女の夫だった。
族長の夫は、私にゆっくりと頭を下げた。
「ラシードが侯爵様に、あのときは伯爵様でしたが、お助けいただいたのはその日のうちに解っていたのです。ザーヒルの当たりが強くなってきたので、何かある気がして悟られないよう小さな虫のモンスターを付けておいたので」
「なるほど。連絡はその虫のコミュニティーを使って?」
「はい」
この辺りは私の推理通りだな。
ラシードを守るために、暫くは匿ってもらっておこう。その匿ってもらっているうちに、ザーヒルが南アマルナの者と手を切るように仕向けるつもりだったのだと、彼らの父親は言った。
だけど。
族長が口を開きかけたのを、パンッと手を打ち鳴らして阻む。
言わせねぇよ? これから私の都合の良いように動いてもらうんだから。
「族長は身体の異変に気が付いて、余命が一年あるかないかだと悟りました。そして一族の状況を顧みた。ザーヒルは我が子です。悪い方向に育っていると解っていても、そう簡単に見放すことはできない。いつか真っ当な道に戻ってくれないか、そう思う親心に罪はないでしょう。でも自分は族長、一族の間に不和を撒いていることについては責任を取らねばならない。そのとき、ラシードさんを保護している私に目を向けた。私はね、帝国でも評判なんですよ。怖いって。ね、ラシードさん?」
「え? えーっと、厳しい。うん、厳しいって評判かな?」
水を向けたラシードさんが引き攣り、イフラースさんが背筋を正す。
黙って話を聞いている雪樹の一族の人達も、さっき私が「社会的に完膚なきまでに親を殺した」って言ったのと、【威圧】で窒息させたのとで、「解るわー」みたいな雰囲気になってるのがいいんだか悪いんだか。
ひよこちゃんが「にぃにはこわくないよ!」って言ってくれてるけど、今は怖がってもらう方がいい。
咳払いをして話を続ける。
「族長はここで、普段と違いザーヒルに甘い裁定をワザと下しました。何故か? それはカーリム氏の目を覚まさせるため。カーリム氏は今回の裁定に関して、おかしいと違和感を持った。この裁定は一族の不和を拡げ、絆にヒビを入れる行為。そういったことは協力して暮らしている少数民族では、決してやってはいけない。裁定に違和感と不信感を持ったカーリム氏は、それを正すための行動を始めました。一族を守るために。仮令兄弟でも親でも、一族のためにならぬ時は立ち向かう。そういう一族の長としての心構えを持たせること。それが族長の企みだったのです」
高らかに告げれば、一族の人達のざわめきが大きくなる。
そして口々に「おかしいと思ってたんだ!」とか「族長……!」とか、思い思いに叫び出す。それに「静粛に!」と返せば、また広場は静けさを少し取り戻す。
「つまり、です。自身が余命幾許もなく、負うべき責任を負えそうもない。そんな中、敵は一族に食指を伸ばして来ている。このまま自分が死んでしまえば、そのときのカーリム氏では一族を守り切れないだろう。族長はそう思ったのです」
そこで私を利用して、まずカーリム氏に喝を入れ。
自分で言うのも何だけどこの手の問題解決には彼より経験豊富な私を引っ張り出して利用し、一族に混乱を招いたザーヒルに反省と改心を促し、南アマルナの干渉も排除して、ついでに死にゆく自分へ混乱を招いたという一族皆の悪意を向けさせて、次の長になるカーリム氏の株を上げようとしたのだ。
そうすれば一族の結束は固くなり、カーリム氏も長としての心構えをもち一族を固く守るだろうってね。
話ながら沈痛な表情をわざと作る。
「本当はこんな騙すようなことは本意じゃなかったでしょうけど、キノコ型モンスターに寄生された原因が原因です。息子達に負い目を負わせるのも忍びなかったんでしょうが……。あえて言います、ふざけんな! 死んで何の責任が取れるんだ!」
よし、なんとかお涙頂戴まで持って行けた……はずだ。
まあ、本当のこと八割だし、彼女が一族のことを考えてたのは嘘じゃないもんな。
いかにも怒ってますっていう風情を見せて族長に目線をやれば、諦めたように族長はよよっと泣き崩れた。
「一族の者達には迷惑をかけて……。私が母親として不甲斐ないばかりに……! せめてこの命を一族の不和を除くために使えないかと考えた時に、侯爵閣下の人となりを知り、このような騒ぎを起こせば助けていただけるのではと……!」
ぽたぽた彼女の両手で覆った顔の隙間から、雪の大地へと雫が落ちる。
それを見た一族の者たちは皆一瞬静まり返り、それから「族長!」と口々に叫び出す。
「あなたのせいじゃない!」とか「悪いのは南アマルナのやつらだ!」とかさ。まあ、人望の故だろうけど、目線で「のれよ?」って示しただけで、これだよ。彼女は中々に強かだ。
けど、イイハナシダナーでは終わらせない。その強かさ、今度は菊乃井のこれからのために使ってやる。
よよっと泣き崩れる振りをする族長の手を取ると、私はゆっくり彼女を立ち上がらせた。
そして精一杯、優しい笑みを形作る。
「それでも責任は責任です」
「はい、重々承知致しております」
「代替わり、なさるんですよね?」
そう尋ねると、素の表情で族長が頷く。これに驚いたのは一族の人達で。
慰留しようとする人々をカーリム氏が止めた。
「いくら一族のための行動とは言え、今度のことで傷ついた人はいたはずだ。責任は取らなければ……」
「ああ、そうだ。私は責任を取らなければいけない」
我が意を得たり。そんな雰囲気の族長とカーリム氏のやり取りに頷きつつ、私は言葉を挟んだ。
「では私の族長への協力の対価として、私はカーリム氏に現族長の追放を求めます」
「!?」
ざわっと一族が揺れる。その雰囲気に不穏さが混じるのもお構いなしに、私は続けた。
「そして族長に施した治療の対価として、雪樹・菊乃井間での移住希望者に対する対応窓口を麓の村で請け負っていただきます。雪樹の一族から菊乃井への移住希望者と、菊乃井から雪樹の一族への移住希望者両方の対応です。両者の希望をきちんと聞いて対応するだけの器量が求められます。やってもらえますね? 答えは『はい』か『解りました』か『承知しました』のいずれかしか認めませんので」
そういう私の耳に「あれ、俺もやられたわー……」というラシードさんの呟きが聞こえた気がした。けど気のせい、気のせい。
「私は息子が母親に会うことを阻む気はありません。勿論友人同士が会うことも禁ずることもありませんよ。ただね、ケジメは必要かと思うんです。カーリム氏に代替わりしたところで、彼だってすぐに百戦錬磨の族長と同じことが出来るわけじゃない。私は帝国の貴族、彼が何か相談したくてもすぐに訪ねて来れる距離でもありません。そこで一族と距離を置きつつ、世界情勢も知ってもらって、外部の相談役になってもらったらいいのでは? 独立不羈は結構ですが、有事の際協力してくれる相手を作った方がいいと思うんです。現に貴方方には南アマルナという準敵国がいるのですから。そんな時に外部に相談役がいると、助かるんじゃないかと」
メリットを並べ立ててやれば、カーリム氏が目を輝かせる。反対に族長の顔が引き攣った。
引退なんかできると思うなよ? 余生まるごと差し押さえてやる。
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