嘘も方便、虚々実々
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次回の更新は、10/30です。
「まんまるちゃん、しゃてーが動き出したよ」
ラーラさんが呼ぶ声に振り返ると、しゃてーが身体を仄かに光らせて、天に向かって生えている双葉の間から、にょろりと触手というか根を伸ばす。それをぐさっと族長の腕に刺すと、そこから魔力を注入し始めた。勿論それに私の魔力が使われているので、何をしているのか伝わってくる。
前世でいうところの注射、そんな感じだろうか。薬剤がわりに自分の魔力を族長の体内に送り込み、肺の中に根付いたキノコ型モンスターの生命力を吸い上げ殺す。
もっと詳しい仕組みを大根先生から教えられたけど、ちょっと覚えきれなかった。
しゃてーが暫く族長に組み付いて動かなかったのは、簡易健康診断みたいなことをしてたから。
薬の匂いは族長だけでなくその夫君からもしていたって聞いてたから、罹患したのは夫君の可能性も視野に入れて、先に族長にしゃてーをぶつけてみたんだよね。
広場には大勢の雪樹の一族の人達が集まって、固唾を呑んで族長の治療を見守っている。
ラーラさんに抱えられて横たわる族長をみて、そっとジャミルさんが私に声をかけて来た。
「坊チャン、治療ニ時間カカリソウデスカ?」
「うーん、いや、魔力の感覚でいうと後十分くらいですかね?」
「ナラ、ドコカカラ毛布トカモッテキテモラッタホウガヨクナイデスカ?」
「ああ、そうですね。身体が冷えるのはよくないかな」
私の答えに、ジャミルさんと威龍さんが毛布を提供してほしいと一族の人達に呼びかける。すると聞いていた人が各々に家の中に駆けて行って、すぐに毛布が集まってきた。皆族長を心配しているようで、祈りを捧げたりクッションを持ってきたりと、動揺しながらも動き始めた。
それから十分。
体感的には一瞬とも、倍どころじゃきかないくらいの長さにも感じるくらいの時間が経った頃、ござる丸が「ゴザ!」と鳴いた。
しゃてーがゆっくりと、族長の腕から触手を引き抜く。彼女の腕には結構な傷が出来ていたけれど、すかさずござる丸が自分の葉っぱを引き千切り、その葉をもみくちゃにして出来た汁を塗り付けた。
「おお」と一族の人達がどよめく。
そりゃそうだ。汁が触れた族長の傷がたちどころに治ったんだから。
げふっとしゃてーがげっぷをする。相変わらず口も鼻も分からないけど、満足そうにニットに覆われた腹を擦った。腹も解らんけど。
「ご苦労様、しゃてー。よく頑張りましたね」
「にぎょ、にぎょぅ!」
いやぁ、それほどでもぉ。そんな感じか。
ラーラさんが抱えた族長の額に触れる。それからポケットから取り出した護符のようなものを取り出すと、族長の全身を矯めつ眇めつした。
「……身体に衰弱は見られるけど、寄生モンスターとか感染症とかそういうものはないよ。叔父様から借りて来た簡易診断札によれば、だけど。念のために明日でもヴィーチャに見てもらうといいよ」
「解りました、帰ったらそのようにお願いしておきましょう」
ほっと息を吐けば、私だけじゃなくラシードさんやカーリム氏、族長の夫君も、事態を見守っていた全ての人が、同じように安堵の息を吐く。勿論、ザーヒルも。
暫く見守っていると、ゆっくりと族長が目を覚ました。
「……ぅ……?」
「起きられますか? 寄生したモンスターは駆除しましたが、体調はどうです?」
「……なにが……身体が、軽い?」
驚きながらも、ラーラさんの腕の中から上体を起き上がらせようとする族長を、彼女の夫君と長男が支える。
ぼんやりしていた目が、徐々に力を取り戻す。
「……何故?」
「そりゃあ、私を利用した対価を払ってもらうためですね。死人からは取り立て出来ないでしょう?」
族長はパチパチと瞬きを繰り返す。
ここでようやくまともに彼女の顔を見たわけだけど、なるほどラシードさんの面影がある。ついでに三児、そのうち二人は成人済みの母親とは思えない若さと美貌だ。彼女を支える夫君はどっちか言えば、カーリム氏やザーヒルにどことなく雰囲気が似ている。何だ、ちゃんと家族なんじゃん。
そう思ってザーヒルに視線を移す。
今にも泣きそうな顔で母親とそれを支える父親、そして自身を血を吐くように「可愛い」と告げた兄を見ていた。
そんな顔するくらいなら、何でこんなことしでかしたんだ。大馬鹿野郎め。
でもその言葉は飲み込んだ。私が言うことじゃない。
この男には後で、徹底的にわが身の愚かさを知ってもらう。
私はパンパンッと注目を集めるために、手を打ち鳴らした。
「族長も気付かれたことですし、真相解明と参りましょうか。一族の皆さんにも、きちんと聞いておいてもらいましょうね? 聞くも涙、語るも涙の真相を!」
芝居がかった仕草でお辞儀すると、雪樹の一族の人達も、ラシードさんやカーリム氏、イフラースさんやジャミルさん、ベルジュラックさんに威龍さんもぽかんとする。
面白がってるのがロマノフ先生とラーラさんで、ひよこちゃんは私と一緒にお辞儀した。
とか言ったけど、全部いう必要なんかない。必要な真実と、ちょっとした「思い違い・勘違い」を話すだけ。今、この時点ではそうなんだろうなっていう。人はそれを「虚偽」って言うんだろうけど、知ったことか。
にこっとさっきとは違い、微笑みに【魅了】を織り交ぜる。
「ことの始まりは春先より、少し前のこと」
雪樹の一族と、停戦して久しい南アマルナ大国の、大きな家に跡継ぎ問題が起こったらしい。
彼の国はかつて争っていた雪樹の一族がその混乱に乗じて、南アマルナに敵対するのではないかと疑心暗鬼に陥った。
雪樹の一族にその気はなかったとしても、疚しいところのある連中など勝手に邪推するのだ。
だから混乱が収まるまで雪樹の一族が動けぬようにと、特殊部隊が工作に入ったのだ。
観察して見れば一族の絆に微かなヒビが生じている。しかもそのヒビの中心にいたのは族長の次男。上手くすればそいつを利用して、一族の結束を乱せるかもしれない。あわよくば、かつて手中に出来なかった一族を、労せず南アマルナに帰属させられるかも知れない。そういう野心に憑かれたのだろう。
「彼方にとって幸いなことに、次男は思い込みと被害者意識の強い愚か者だ。担ぐのも簡単だったでしょうよ。それに次男に踊らされる、輪をかけて愚かな取り巻きもいたことですしね」
鼻で笑ってやれば、ザーヒルがこちらを睨んで来る。しかしベルジュラックさんや威龍さんに肩を押さえつけられて、立ち上がることもままならない。
取り巻き連中はといえば、顔を見知る一族の人達から刺すような視線を浴びせられて小さくなっていた。
その様子を一瞥して話を続ける。
角にコンプレックスがあって、自分を異物だと悲劇のヒーローを気取る次男を唆すのは容易い。
貴方は本当は南アマルナのやんごとなき家のお方なのです……ってね。
まあ、この辺はザーヒルがベラベラ喋ってたから、皆「ああ、そういう……」って顔。
そして見事騙されたザーヒルは、生きているように細工されたワイバーンの屍を玩具として渡されたわけだ。
「しかし、南アマルナの工作員もがっかりしたでしょうね? 差別のなんの、自分の方が有能だとかほざいたわりに、狙ったのは次の族長の座でなく自身より五つも下の弟だ。才能がある以前に歳の差ってものがあるでしょうが。恥知らずな」
きつくザーヒルを睨んでやる。これに関しては何の偽りもなく、私はザーヒルを軽蔑してた。だって兄弟とか関係なく、子ども時分の歳の差はいかんとも埋めがたいもんなんだから。成長に差があって当たり前なんだ。
ぎっと歯を食いしばる音がザーヒルから聞こえたけど、知ったことか。
「そしてラシードさんとイフラースさんを追い立てる事件が起きた。彼に殺意がなかったとしても、ワイバーンは南アマルナの手の者のネクロマンシーで動いている。本当なら次期族長を暗殺したいところだけれど、三男が次男に殺されたとしても一族は十分に混乱するでしょう。それを狙ったんじゃないですかね?」
まあ、違うんだけどな。それを一族に知らせる必要はない。
カーリム氏は真相を知ってるから一瞬目を見開いたけれど、瞬きする間に表情を平静に戻す。それくらいはしてもらわないとな。ほんの少し窺い見たラシードさんは、もっともらしく頷いてるんだから。
それでラシードさんを私が保護して今に至るというのは、ラシードさんが説明したし、カーリムさんも彼の動きを一族の人達に説明していた。
が、ここからだ。
「表向きの動きは、ラシードさんとカーリム氏の説明したとおりです。しかし、裏の事情をお話ししましょう。族長の事情ですね」
そういうと、大人しく聞いていた族長が肩を僅かに揺らした。
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