蜜のように見える猛毒
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次回の更新は、10/27です。
ごちん!
滅茶苦茶痛そうな音が族長の額から聞こえた。実際痛かったのか、一瞬族長の身体が揺らぐ。それを支えようとした彼女の夫の手を阻み、ラーラさんが族長を抱えた。
そしてゆっくりと私の前まで族長を連れて来てくれた。
「よし、じゃあ始めます。レグルスくん、ござる丸もリュックから下ろしてくれる?」
「はい! ござるまる、しゃてーのおてつだいがんばってね」
にこっと良い子のお返事をして、レグルスくんは下ろしたリュックからござる丸を外に出す。
「ござ!」
勇ましく敬礼すると、ござる丸はぴょんぴょんと軽やかに跳ねて、ラーラさんの肩に乗った。そして族長の額に張り付いているしゃてーに、ござござと話しかけはじめて。
ごほんと咳払いすると、ラシードさんが不安そうに私の顔を覗き込む。
「何するんだよ、鳳蝶?」
「族長の体内に巣食ったキノコ型モンスターを駆除します。寄生種モンスターなら繰り手花の方がというか、私と契約を結んで私の魔力で強化されたしゃてーの方が強い。繰り手花は寄生した宿主を健康に保つ習性がある。だから宿主の身体に自分以外の物がいれば、直ちに駆除して宿主を乗っ取るんです。その特性を利用して、族長の身体に寄生したキノコ型モンスターを追い払えば、族長の命の危険は去ります」
「本当か!?」
「ここで嘘吐いてどうなるんです? その代わりと言ってはなんですけど、帰ったら馬車馬の如く働いてもらいますからね?」
「おう! 兄貴にも協力してもらうから! 親父にも!」
そう言ってラシードさんは潤ませた目を長兄と父親に向ける。長兄は勢いよく頷いたけれど、父親はまだ状況が解っていないらしい。
でも状況を解っていないのは彼らの父親だけでなく、集まっていた一族の人達もそうだし、次兄であるザーヒルも、何が何やらと呆けている。
「ザーヒル、実はな……」
カーリム氏がザーヒルの肩にそっと触れた。訳が分からないという表情は、次兄を幼い子どものように見せる。
「おふくろ、寄生種のキノコ型モンスターに寄生されているらしい。ベルジュラックさんがそのキノコの胞子が全身に回るのを阻止する薬の匂いをご存じで、その匂いがおふくろと親父からするって閣下にご報告くださったんだ。そのモンスターに寄生されると、一年くらいで死に至るそうだ。それで……」
「なん、だよ……。なんだよ、それ!?」
ザーヒルがカーリム氏に食ってかかった。相当動揺しているようで、顔が驚愕に引き攣っている。でもな、それだけじゃねぇんだわ。
言い淀むカーリム氏に大きく息を吐くと、私はザーヒルに冷めた視線を向けた。
「この寄生種のキノコ型モンスターですけどね。ワイバーンかワイバーンに接触した人間から、人に寄生が拡がるそうです」
「!?」
「健康体で体力がある人ならば、寄生されることはほぼないそうです。でも貧血の気があって、体力が落ちている人は特別寄生されやすいとか。意味が解りますか?」
「な、それ、じゃ……!?」
「貴方以外にワイバーンに接触した人って、この雪樹にいるんですか?」
お前が原因だ。
そうとしか取れない言葉に、ザーヒルの顔色が青から白へと変化していく。
自分を蔑ろにしている、本当の親じゃないというわりに、族長の命に危険が差し迫っていると知って心が揺らいでる辺り、本当に意味が解らない。
甘えるなよ、小僧。
一瞬口を出そうになった言葉を飲み込む。あっちの方が大人だからな。
寄生モンスターを寄生モンスターで倒すって、他人の身体で蠱毒を作っているような気もしないではないけども、背に腹は代えられない。
私達の話を聞いて、集まっている人達がまた騒めく。
面倒臭い。
そういう視線をカーリム氏に投げると、彼は重々しく頷き、一族の動揺を鎮めるべく口を開いた。
「ことは春先まで遡るんだが……」
カーリム氏はラシードさんとイフラースさんが、ザーヒルのワイバーンに追われた所から説明を始める。
先ほどのワイバーンのように、南アマルナの工作員とどうやってか接触して手に入れたザーヒルは、そのワイバーンを弟であるラシードさんに嗾けた。
ザーヒルの思惑はどうであれ、ワイバーンは殺意を持って二人を追いかけ、のっぴきならない状況で帝国の領空に侵入した。それで色々あって私がラシードさんを保護するに至る。
それはラシードさんが雪樹の一族に説明したことだけど、そこから。
ラシードさんが死んだかもしれない状況で、普段ザーヒルが不祥事を起こせば厳しく対処しようとしていた族長が、今回に限ってはいつもと全く真逆の対応をしようとした。
普段次兄に甘い裁定で許してくれと願っていたのは自分だと、カーリム氏は一族に詫びる。
弟が可愛い。それ故に身びいきな裁定を願っていた、と。
ザーヒルが血相を変え、叫んだ。
「嘘だ! アンタは俺を厄介者だと思ってたくせに!」
「嘘じゃない! 俺が悪かったんだ。ラシードも可愛いが、お前だって可愛い。だから俺が言って聞かせるからって、甘い処分で許してやってくれと……」
項垂れるカーリム氏に、ザーヒルはわなわなと唇を震わせた。それを補足するように、彼らの父親が。
「父さんも、母さんにそう頼んだ。可愛い息子だ、見捨てないでやってくれ、と。母さんは父さんに負い目がある。それを父さんは利用したんだ」
「負い目……?」
父親の言葉に、ザーヒルは虚ろに返す。
本当の三男を死なせた負い目、妹の子を我が子と偽り育てる負い目かな? 本当の三男坊を、表立ってきちんと父親として弔ってやれないもんな。
でもそれは私が言うべきことじゃない。
ザーヒルの顔色が益々悪くなり、震えが唇だけじゃなく、全身に及ぶ。
それを見つつ、カーリム氏は話を続けた。
「何か、母にも思惑があるのかも知れない。それに俺はラシードとイフラースが死んだなんて思いたくなかった。だから禁じられてはいたが、麓の村や周辺の村を回って、ラシードやイフラースの情報を集めていたんだ。それでラシードの無事を一族に知らせるために動いていた、閣下の手の者と接触したんだ」
カーリム氏の言葉に一族の人達の視線が私とラシードさん・イフラースさんに集まる。
そこからはラシードさんが話を継いだ。
自分とイフラースさんを襲ったワイバーンを退けたのが、丁度彼らが隠れていた森に用事があって来ていた私達だったこと。ワイバーンを倒したのはいいが、それは生きているように見えるように巧妙に細工された屍で、ネクロマンシーで動いていたのを突き止めたこと。
何者かがラシードさんに高い殺意を抱いている。そう気が付いた私が、密かに雪樹の一族の内情を探らせていたこと。そしてカーリム氏に接触して、一族、特に族長の変化を訝しんで一連の決闘裁判を仕込んだことを、とうとうと説明して。
「明らかに今までの裁定とは正反対のことをするなんて、おかしい話でしょう? だから何かあるのかと思って探っていたんですが……。決め手は薬の匂いでしたね。自身の余命が一年あるかないか、南アマルナの手の者が巧妙に一族の者に取り入っている。そういう状況で、跡継ぎであるカーリム氏は非常に情に流されやすいときた。そして今まで次兄を庇っていたことで、一族の結束にも綻びが生じ始めている。これに危機感を覚えた族長は、カーリム氏を鍛え直すことと、一族の結束を固めるために今回のことを仕組んだんですよ。私を巻き込んで、ね。因みに皆さんご存じないかも知れませんから説明すると、私は親を社会的に完膚なきまでに殺して家を継いだ人間です。カーリム氏ほど甘っちょろく出来てないんですよね」
私を巻き込んだ以上、覚悟してもらう。
唇が弧を描く。
私の微笑みに、レグルスくんが「にぃに、かっこいい!」と跳びはねた。毎晩練習する甲斐あるよねー。
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