覚悟の毒を飲んだということ
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、10/20です。
そうはいっても、ネクロマンサーをナイナイしちゃったので、もしやザーヒルのワイバーン二匹はもう使えないんじゃ?
だからってそれを私が心配してやる義理はないか。
族長が「始め!」と声を上げたそこから、二人の勝負が始まった。
ザーヒルの戦力はワイバーン二匹にガルムが一匹。ワイバーンはデカいんだけど、このガルムっていう狼のモンスターも大きい。
馬くらいの大きさのガルムがラシードさんめがけて駆けだしたのを止めるように、アズィーズが走り出す。
ガルムとオルトロスの強さは若干ガルムに利がある感じなんだけど、それは普通のオルトロスなら、だ。アズィーズの食事にはござる丸の皮を混ぜてある。そんじょそこらの四つ足には負けない。
唸り声を上げて巨大な狼と双頭の犬が絡み合う。
一方でワイバーンなんだけど、普通に動き出した。嫦娥と猫の編みぐるみはワイバーンをそのままにしておくと言っていたけど、つまりネクロマンサーがナイナイされても次兄に操れるようになっているという理解でいいみたい。
ワイバーン二匹がザーヒルの「いけ!」という言葉に従って、空高く飛んだ。そして鋭い足の爪でナースィルに襲い掛かる。
けれどハキーマが羽ばたきとともに物理障壁を展開し、爪は羊達まで届かない。絹毛羊と星瞳梟は戦闘においてもパートナーだ。敵の攻撃を星瞳梟が防ぎ、絹毛羊がその電撃で薙ぎ払う。そういう役割なんだって。
けれど敵は上空に二匹。確実に電撃を当てるには引き摺り下ろさないといけない。
制空権を取っているからか、ザーヒルの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。一方のラシードさんの表情は静かだ。
その様子にレグルスくんが小さい声で私に尋ねてくる。
「にぃに、ラシードくん、どうするのかな?」
「ハキーマがその辺は考えてるよ。あのパーティーの参謀はハキーマだから」
「ハキーマ、かしこいもんね」
レグルスくんの言葉に頷く。
司令塔はラシードさんだけど、参謀はハキーマ。ハキーマの献策を聞いて、他の使い魔達に指示を出すのがラシードさんの役目だ。
物理障壁に二匹のワイバーンが阻まれているのを見つつ、ラシードさんが何か指示を出したようだ。ハキーマが動く。
ハキーマの星が浮かぶ瞳が魔力の光を帯びて煌々と輝く。すると上空から滑空してきていたワイバーン二匹がドンッと圧し潰されたかのように一瞬体勢を崩した。
「マスター、今なのだわ!」
「ライラ!」
ハキーマの声に背を押されたかのようにラシードさんがライラを呼ぶ。
すると素早くナースィルの背から出たライラが、彼女の蜘蛛の糸で作った網をワイバーン二匹へと投げた。それは一瞬で二匹のワイバーンを捕らえると、凄まじい粘着力でその羽を地に縫い留めて。
「く、蜘蛛だと!?」
何処からか声が上がる。それは困惑したような声だった。
相対するザーヒルといえば、嫌な笑いを顔に張り付けている。
「蜘蛛の糸ごときがどうだっていうんだ! 仮令少しの時間ワイバーンを抑えつけたからって、この寒さじゃすぐに蜘蛛のモンスターなんか死んじまうさ!」
勝ち誇るようなザーヒルの言葉に、今度はラシードさんが口の端を上げた。
「それはどうだろうな?」
「?」
ぴょんぴょん跳ねてナースィルの背まで戻って来たライラは、そこから再び蜘蛛の糸を出して、藻掻く羽付きのトカゲを地に沈める。藻掻けば藻掻くほど動けなくなるワイバーン二匹が苛立ったように吼えた。けれどそれだけ。
周囲の人が「あれは何だ……?」とライラを指差す。
ロマノフ先生とラーラさんがくすくすと笑い始めた。
「まんまるちゃん、リボン作ってやったの?」
「あれ、タラちゃんの糸ですか?」
そう、ライラは私お手製のリボンを足に結わえていたのだ。
こういうこともあろうかと思って、ライラ用の防具としてリボンを作ってたんだよ。ラシードさん達が色々雪樹と菊乃井を行ったり来たりする間にね。
「モンスターに服着せちゃいけないっていう法はなかったでしょう? 私もタラちゃんの尻尾にはリボン付けてるし、うちのマンドラゴラは裸が恥ずかしいって言うから服着せてるし」
ただライラが付けているリボンは、【氷結無効】やら【魔力増大】やら【素早さ向上】やら、付与魔術を鬼のように仕込んであるけどな。それも素材にすれば圧倒的魔力防御や物理防御を誇る奈落蜘蛛の先祖返りの糸で作ってるし。
「ナースィル! 行け!!」
どよめく観衆を気にも留めず、ラシードさんは淡々と勝負を進める。
地に縫い留められて空に飛び上がろうと足掻くワイバーン二匹をめがけて、カッと蹄に力を入れたナースィルが走り出した。全身を纏った電撃で金色に輝かせながら、ワイバーンに頭突きを食らわすように突撃する。
バチバチと派手な光の帯がワイバーン二匹にぶち当たると、断末魔の咆哮が大地を揺らした。電撃に焦がされ、ナースィルの重量が乗った突進に耐えられず、ぴくぴくとほんの少し痙攣して、ワイバーン二匹は動かなくなって。
呆然と人々が見守る中で「ギャウン!?」とガルムが悲鳴をあげて、オルトロスによって首を咥えられて地に伏せた。
「ザーヒル、負けを宣言しろ。じゃないとお前のザキーヤが死ぬぞ!」
「ぐ、お、俺は……!」
ラシードさんがアズィーズの元に、ナースィル達を向かわせる。もう勝負はついているんだけど、自分で負けを宣言させない限り、こういうヤツは敗北を心底から認めないんだ。
でもザーヒルは唇を忌々しそうに噛み締めるだけで、喉元を噛まれているガルム……ラシードさんがザキーヤって呼んだから、それが名前なんだろう……の負けを認めようとしない。
ラシードさんが大きなため息を吐く。
「ハキーマ、アズィーズに付与魔術。嚙む力を上げてやってくれ」
「了解なのだわ、マスター」
ふわっと風が吹いて、星瞳梟の目が輝く。
これでザーヒルの使い魔は全ていなくなるんだろう。そう思っていると、ラシードさんがザーヒルを冷たく見下げて、もう一つハキーマに指示を下した。
「死なない程度にガルムも回復してやって」
「……余計苦しむのだわ」
「仕方ない。負けを認めないザーヒルが悪い」
「はい、なのだわ」
平然と残酷な言葉を告げるラシードさんに、観衆が静まり返る。カーリム氏は「致し方ない」と零し、天を仰いだ。ラシードさんの父親が愕然と、長男と三男を見つめる。そして族長の目が私に向けられた。
なので私は族長に優しく笑いかける。
「貴方が利用した人間がどういう人間か、思い知るといいですよ」
私の言葉に族長の顔から、ほんの少し血の気が失せた。溜飲がこんなもんで下がると思うなよ?
こんなやり取りをしている間にも、ガルムの首筋にアズィーズの牙がめり込み、身体はその爪で引き裂かれていく。致命傷に近い傷になれば、ハキーマがすかさず回復魔術で、ガルムの傷を塞いだ。ガルムが苦痛の鳴き声を弱弱しく漏らす。
その声にザーヒルはラシードさんへと剣を向けるが、すかさずライラの糸が彼の腕を絡めとった。ナースィルは小さな電撃を吐くと、剣を弾き飛ばす。
地に倒れ伏すザーヒルは、唇を震わせてラシードさんを睨む。憎々しそうな視線だが、そんなモノで誰もどうにもならないし、自身の使い魔も救えない。
ようやく自らの力の無さに気が付いたのか、ザーヒルの目に懇願するような色が浮かんだ。けれどラシードさんはそれに答えない。
さて、そろそろどちらかが動くかな?
ちらりとカーリム氏と族長夫婦を横目に見る。
カーリム氏は険しい眼差しでザーヒルを見ていても、庇う素振りを見せない。一方、族長夫婦はそんなカーリム氏のありようにも困惑しているようだ。
当たり前だ。ここで甘い対応をしないように、覚悟を極めさせたんだから。
ここで三兄弟の父親が動いた。
「ラシード、もういいだろう。勝負は決したんだ、だから……な?」
「それを決めるのは親父じゃない」
ラシードさんは父親の方に視線も向けずに言い放つ。ぴしゃっと跳ね除けられて、父親の顔には悲痛な困惑が浮かんだ。
その姿に、唇を引き結んだ族長が何か言葉にしようとする。しかしそれをラシードさんの言葉が阻んだ。
「甘えるなよ、ザーヒル。人を殺しかけて、自分は何も喪わないなんてあるはずないだろう!? お前はそれだけのことをしたんだ。報いを受けろ。ザキーヤを死なせたくなきゃ、お前が自分で報いを受けると宣言しろっていってるんだ!」
「お、俺の負けだ! 認める! だ、だからザキーヤを殺さないでくれ!!」
ザーヒルが地面に頭を擦りつけた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ




