骨格標本と雪像の輪舞
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次回の更新は、10/13です。
そりゃさ、氷輪様は「宇気比の結果を待て」って仰ったよ?
仰ったけど……これはどうなん?
紫の鱗も艶めかしく輝く麗しき月の古龍の、その頭頂の二本の流麗な線を描く角の間に編みぐるみのソックス猫ときたもんだ。
『ずるはー! いけないんだからなー!』
レグルスくん、いや紡くんくらいかな? 稚い話し方をしているけれど、その身に纏うのは紛れもない氷輪様の神威で。
それが解るのは直接氷輪様に相対したことがある人だけだろうけど、それでも目の前の存在が人知を超えるものだと判るのか、一人、また一人と自然に膝を折る。
立っているのは私達一行と、空気の読めない次兄だけ。
「ズル、とは……?」
尋ねてみる。
月の龍・嫦娥の頭上の編みぐるみの猫が、ふんすっと胸を反らした。猫の胸は大根のそれよりは解りやすいよね。
『そこのつのがいっぽんのやつ! はねつきトカゲをじぶんでつかまえたっていった! うそだよ! もらっただけなんだから!』
「なるほど」
『あるじさまはしょうぶにみずをさすのはいけないっていったから、はねつきトカゲはそのままにしてあげる。でもずるはだめ。ずるをてつだったやつをバラしちゃうんだからな!』
なうんと猫が鳴いた。いや、編みぐるみだから鳴けないはずなんだけど、それを言ったら話してるのもどうなのって話だよな。
そんなことを考えているうちに、何処からともなく広場に放り込まれるものがあった。どすっと重そうな落下音と「ぎゃっ!?」という野太い悲鳴に、生き物、それも多分人っぽい生き物だと気づく。
「お、お前……!?」
叫んだのはザーヒルで、その足元には双頭のワイバーンの紋章が付いた頭巾で顔を隠し、背には蝙蝠の羽を背負う誰かで。
ハッとしたそれが動こうとするより早く、ラーラさんがその影を踏んだ。アレは前に一度見た事がある。たしか影を踏むことで相手の動きを封じる【影縫い】とかいうスキルだったかな。念のために私も猫の舌の触手で、その人っぽい何かをふん縛る。勿論自害なんかさせないように、四肢を封じた上に口の中に触手を突っ込むことも忘れない。
編みぐるみの猫の目がカッと光った。
『つのがいっぽんのおまえは、これからさき、どんなにいのろうともそのこえはどこにもだれにもとどかない。おまえはみはなされた。それがおまえへののろい。つぐないをすませ、おまえののろいをものともせず、おまえをおもうだれかがあらわれないかぎり、けしてとけることはない』
編みぐるみの猫の言葉が終わると同時に、次兄の顔に入れ墨のような模様が浮かぶ。絡みつく蔦のようなそれは、赤黒く拍動するかのように次兄の肌の上で蠢いた。
一族の者から注がれる視線に耐えかねたのか、次兄が蔦模様の浮いた顔を隠す。
『じゃーねー』
「あ、はい。お疲れ様でした」
ぺこりと嫦娥と編みぐるみの猫に頭を垂れる。隣にいたレグルスくんも同じくペコンとお辞儀したのをみて、ロマノフ先生やラーラさんも同じく頭を下げた。その光景に、広場にいた者全てが嫦娥と編みぐるみの猫に深く腰を折る。
ねうんとまた猫の鳴き声が聞こえた。
それを合図に古龍と編みぐるみの猫が天へと帰って。
残されたのは怯える使い魔達と、奇跡を目の当たりにした雪樹の一族やカーリム氏にイフラースさん、それからベルジュラックさんに威龍さんにジャミルさん。そしてジト目で私を見ているラシードさんにロマノフ先生とラーラさんだ。ひよこちゃんは「ねこちゃんかわいかった!」とはしゃいでいる。可愛い。
……じゃないな。
「聞きたいことも、言いたいことも沢山ありますが、まずは勝負を始めましょうか?」
「ええ、そうですね。ロマノフ先生、ラーラさん、観客が危なくないように結界を張ってもらってもいいですか?」
「ああ、構わないけどもこれは?」
ロマノフ先生のジト目から目を逸らしつつ、ラーラさんに視線をやれば、彼女は足元の人らしい何かに目線を落としていた。
なんか「むーむー」唸ってて煩いな。
気絶させて猫の舌で亜空間にしまっちゃおうか?
いい考えに思えたから実行しようと思っていると、とてとてとジャミルさんが近づいて来た。
「アノ坊チャン、チョットイイデスカ?」
「はい? どうしました? 怖い目に遭わせて申し訳ありませんでしたね」
「イヤイヤ、ソンナコトハナインダケド。ソノ頭巾ニ見覚エガアルンデス」
ジャミルさんは困惑したような顔で、ラーラさんの足元にいる人っぽいものに視線をやった。
そこでふっとジャミルさんの経歴を思い出す。
「ジャミルさんって、どこかの国の軍人さんだったんでしたっけ?」
「ソウデス。ソノトキニ、コノ頭巾ノ双頭ノワイバーンノエンブレムヲ見タコトガアッタ気ガシテ……」
「ああ、じゃあ、見てもらえればいいかな?」
暴れられても困るから、ジャミルさんには遠巻きに見てもらおう。ちょっとだけ猫の舌を動かして、頭巾のエンブレムをジャミルさんに見やすいように、捕まえている人っぽい何かを動かす。
ジャミルさんは頭巾のエンブレムを矯めつ眇めつすると、眉間に深くしわを刻んだ。
「コレ、南アマルナノ特殊工作部隊ノ頭巾デス。主ナ任務ハ諜報デスガ、場合ニヨッテハ暗殺ヤ暗殺シタ人物ヲネクロマンシーデ操ッテ、派遣国ニ混乱ヲモタラスノデス」
「なるほどねぇ」
ジャミルさんの言葉が届いたのか、広場にいた雪樹の一族全体が動揺に揺れる。しかし次兄・ザーヒルはいつの間にか立ち上がり、憎々しげな顔でこちらを見ていて動揺よりも憎しみの色が強い。族長やその夫君でラシードさん達の父親にしても、苦い顔をしてはいても揺らいではいなかった。予想のとおりってやつだ。
ふむ。
私はその頭巾の魔族でいいんだろうか? ソイツに近付くと一気に頭巾をはぎ取った。顔つきはどこにでもいるようなオジサンって感じ。
暴れようとするソイツの額に指を触れさせる。そこから流れ込む魔力に、魔族は抵抗しようとするも、ラーラさんの【影縫い】と私の猫の舌で動くことはなかった。
「今かけた魔術は、死体から情報を抜き取る魔術です。死んだところで貴方の抱える秘密は守られないし、死ぬだけ無駄です。死んでもすぐに蘇生されて、あちらの世界にはいけない。そういう仕組みになってます。試しに舌噛んでみます? 絶対死ねないから」
にこっと笑って口に突っ込んだ触手を取ってやる。すると男は顔を卑しく歪ませた。
「お、俺は標的を殺しさえすればいいんだ!」
叫んだ男は奥歯を固く噛み締める仕草を見せる。
毒でも飲んだのかと思ったが、空気がピリッとして嫌な気配が辺りに立ち込める。
気持の悪い気配に持って来ていたプシュケを起動させた。そうして周辺を窺っていると、集落の氷の囲いのすぐ外から耳をつんざく獣の咆哮が聞こえて来て。
立っている地面も大きく揺れたかと思うと、外壁の高さを超える雪柱が立つのも見える。
グモォオオオオオオオオ!
そんな感じの鳴き声の後見えたのは、山のように巨大な牛の骨格標本が立ち上がろうとしているところだった。
「え? なに、あれ? 大きさ的にはキングベヒーモス……?」
ラーラさんの声に戸惑いが滲む。ベヒーモスってのはめっちゃ大きい上に凶暴で強い牛型モンスター。それにキングが付くのは特殊個体で、普通でも凶暴で大きなベヒーモスを更に大きく凶暴にした感じっていうんだから、もう理解の外の生き物だよ。
つまりだ、捕まえてるこいつはネクロマンサーでキングベヒーモスを切り札に持って来てたってことか。
そうかい、面倒なことしおってからに。
骨が組み上がる前に、ちゃっちゃとやっちゃおう。
決めると私はプシュケに魔力を注ぎ込む。
その辺には沢山の雪があるから、それを思い切り硬度を高めて組み上げ、削って整えてすると。
「え? とりさん?」
レグルスくんが、きょとんと雪像を見上げた。
キングベヒーモスの骨格標本の前には、前世の何処かの雪まつりでみたような雪で作った彫像が出来上がる。
楕円の肉づきのよさそうな身体の左右には飛ぶためでなく泳ぐための羽があり、身体に比べて小さく見える頭には尖った嘴、よちよちっぽく見える二足歩行のそれこそは。
「キングがなんです? こっちは皇帝ペンギンですよ! 頭が高い! 控えおろう!!」
いうて、前世の皇帝ペンギンなんかうろ覚えだけどな!
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