予想外の裁定者
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次回の更新は、10/9です。
遠目に三人、二人はラシードさんやカーリム氏と似たような衣服で、もう一人がそれよりは少し華やかで裾が拡がっているように見える。
三人の姿がはっきりしてくると、容姿の違いも分かった。中央の歩く度に華やかに裾が拡がるのが、ラシードさんのお母上だろう。ラシードさんと同じ目と肌の色、髪は燃えるような赤の凛とした女性。左右の二人は一人は額に一本角で髪はラシードさんと同じ色、目は彼の反対側にいる筋骨隆々の羊角の男性と同じく黒だ。この人が父親、そして反対側にいるのが次兄のザーヒルで間違いないだろう。
カーリム氏と中央で三人が相対する。
睨み合うような険悪さに、遠巻きに見ている人達のざわめきも大きくなっていく。
一触即発、そういう空気が盛り上がっていくけど、空気は読むものじゃないし壊すものだ。私はぽちに乗ったまま、カーリム氏の傍まで進み出る。
「初めまして御機嫌よう?」
雪樹の族長で、ラシードさんのお母上。たしか名前はアーディラだ。彼女を睥睨すれば、あちらもきっと私に強い視線を向ける。
その無礼に一瞬彼女の夫が眉を上げたが、吼えたのは次兄・ザーヒルだった。
「おまっ!? がっ!?」
本当だったら「お前」とでも言いたかったんだろう、でもその言葉は呻き声に変わった。
そして次兄は見る間に顔色を赤から青にして、自らの喉を掻き毟る。
いや、次兄だけでなくラシードさんの父親も、遠巻きに見ている者達も喉を掻き毟るまでは行かないが、頭を押さえて蹲っている人がほとんどだ。
「菊乃井侯爵家当主鳳蝶です。先日はラシードさんを我が領に迎え入れるために、私の後見人であるイラリオン・ルビンスキー卿を名代としてこちらにご挨拶として伺わせていただきましたが……お気に召さなかったご様子。ですので改めてご挨拶に参りました」
にっと唇の端を引き上げて、穏やかに笑う。だが私が少しも機嫌がよくないのを、皆悟ったはずだ。威圧って便利だな。ちょっと力を込めただけでこれだ。
族長は辛うじて私を見返してはいるが、汗が額に浮き出ている。さて、もう少し力を加えたらどうなるだろう?
そう思っていると、レグルスくんが「にぃに」と私を呼んだ。
「あかさんだっこしてるひとがいるよ?」
「ああ、それはいけない」
赤さんにまで悪意が及ばないように調整はしてるけど、それでも親が不安定になったら可哀想だもんな。
圧を消してぽちから下りると、私は今度こそきちんと雪樹の族長に向き直る。
「改めまして、菊乃井家の当主鳳蝶です。喧嘩を売られたので買いに来ました。今回の非礼はこれで流して差し上げますが、貴族に喧嘩を売るということがどういうことか、これでお判りいただけましたね?」
「雪樹の一族の長・アーディラです。この度のルビンスキー卿への非礼は平にご容赦を」
「それに関しては水に流しましょう。それに関してはね?」
おう、これで手打ちにはしないからな!
そういう意味で声をかければ、彼女とその夫は感じるモノがあったのか、そっと目礼をする。
カーリム氏はといえば、何がどうしてこうなったのか、傍に寄って来た相談役達に説明をしていた。
そもそも根回しの段階で「ザーヒルがルビンスキー卿に非礼を働いた」というのは話していたようだが、まさかそれで皆殺しの恐怖を味わうとは思ってなかったようだ。だけど貴族の面子を潰すってそういうことだからね?
多少のざわめきはあるものの、圧が消えたあとすぐに微量の【魅惑】を流したせいか、すんなりと混乱は収まった。
だけど一番強く私の威圧を受けたザーヒルは、まだ立ち直れないのかゼイゼイと肩で息をしながら蹲っている。
大丈夫かね?
「決闘裁判、延期しますか?」
一日くらいならスケジュール調整できるけど。
そう言ってやると、ザーヒルがよろよろと立ち上がった。ぎっとこっちを睨みつけるのを見て、困ったようにラシードさんが口を開く。
「だってフラフラだもんな? 俺と戦って負けても、鳳蝶の【威圧】のせいだって言いそうだし」
「ラシード! お前!?」
挑発しちゃ駄目じゃないか、もう。
でもそれは周りも皆同じことを思ったのか、それともザーヒルを純粋に心配してか、口々に決闘の日延べをザーヒルに勧める。しかしこういう自尊心だけは高いやつに、そういうのは逆効果なんだ。特に大恥をかいた後は。
ザーヒルが激昂する。
「調子にのるなよ!? お前程度、仮令身体が麻痺してたって小指でも勝てるんだからな! 構わん! 今から始めるぞ!!」
そう言うやいなや、指をパチンっと弾く。すると耳障りな咆哮とともに、二匹の羽の生えたトカゲ……ワイバーンが集落の上空に現れた。それだけじゃなく巨大な狼のモンスターが、ザーヒルたちが来た方向から駆けて来る。
「どいつもこいつも舐めやがって!」
吼えたザーヒルにカーリム氏もラシードさんも白けてる。
不正解だ。舐めるほど興味はない。どちらかといえば踊らされている道化ぶりが哀れだなってくらいか。
レグルスくんなんか興味ないっぽくて、ジャミルさんと二人で雪樹の人とお話し始めちゃったし。聞くともなしに聞いてたら、ワイバーンとかこの辺にも滅多に出ないのにどうやって捕まえたんだとかお話ししてるじゃん。そこに威龍さんもさり気無く加わった。つか、あそこさてはコミュ力高いな? 多分レグルスくんの可愛さが良い感じに作用してるんだろうけど。
ラーラさんとロマノフ先生はといえば、ラシードさん達の父親と協力して、広場から人を遠ざけてる。
ベルジュラックさんは私の護衛として傍にいて、族長たちに厳しい視線を向けていた。
「いいんですか?」
「……もう魔物を呼んだ以上、やらせるより他ないでしょう」
カーリム氏と同じく色の濃い皮膚は、ほんの少しハリがない気がする。でも背筋は伸びているし、全体的に皺も少ない。意志の強そうな目には、覗き込めばほんの少し疲れの色が見えた。
私は小声でベルジュラックさんに確認する。
「今も香りますか?」
「はい。間違いなく」
「なるほど」
薬の匂いは今もしているとなれば、やはり推測は間違いないのだろう。
そういうことなら話は早い。レグルスくんを呼び寄せると、私は決闘が見えやすいところに陣取る。そうして族長に声をかけた。
「始めるならさっさとしましょう。こんなことに時をかけていられない」
貴方の体調的にも。
それは言わずに急かせば、族長も頷いた。
改めて広場の中央で二匹のワイバーンとガルムを連れたザーヒルと、アズィーズとナースィル、ハキーマにライラを連れたラシードさんが向かい合う。
因みに戦力としてガルムもワイバーンも絹毛羊の大人でも結構苦労するらしい。まあ、普通の絹毛羊の大人なら、だな。
「ラシード、詫びるなら今のうちだぞ!」
「それはこっちのセリフだ」
月並みなセリフの応酬だけど、ザーヒルは既に勝ったかのような顔で嗤っている。
けれど、ふとラシードさんがワイバーン二匹を見て肩をすくめた。
「そう言えば、このワイバーン二匹。前回と同じく自分で捕まえたのか?」
「そう言ってるだろうが!? しつこいんだよ、お前!」
「だって、嘘つくと呪われるって前に言ったろう?」
かがり火が集落のあちらこちらで燃えている。
「あのとき、神かけて誓ってって言ったよな? 取り消すなら、今のうちだぜ?」
「くどい! 前のワイバーンも今のワイバーンも、オレが自分で捕まえたんだ!! 神にでも何にでも誓ってやる!!」
ザーヒルの叫びが広場に木霊する。
その刹那、ちらほらと舞っていた雪が止み、にわかに頭上が昏くなる。太陽が隠れた曇り空とは違って、この世の終わりのような闇が帳となって上空を覆った。
それだけじゃなく天が渦巻き、ずずずと何かが引きずられるような音も聞こえる。
決闘を見守るために集まった者達が、密かに息を呑んだ。
『あるじさまのおしー! きたよー! ずるはいけないんだぞー!』
編みぐるみの猫を頭に乗せた、紫色の龍が光とともにやって来た。
えー……?
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