着実に仕上げていく罠
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次回の更新は、9/18です。
ラシードさんがカーリム氏に連れられて雪樹に戻ると、それはもう大変な騒ぎになったそうだ。
封印を解いたせいか、菊乃井での修行の効果か、或いはその両方か。
一族で暮していた頃より多少背も伸びて、垢抜けた雰囲気を醸していると、一族の女の子たちは凄く色めき立ったそうだ。
彼を頼りない三男坊と思っていたらしい一族の強面のオジサン達や元気なオバサン達も、一皮剥けたなと次々に声をかけてくれたとか。
前評判通り、概ね好意的に出迎えられたわけだ。
「でも俺よりラーラ先生への悲鳴っていうか、ため息っていうか、マジ凄かった」
「ああ、解る。ラーラさん強者オーラ凄いよね」
「うん。前線でバリバリ戦ってるおっちゃん達が、すげぇどよめいてたもん」
「ボクだからその程度で済んだんだよ。アリョーシャだったら、そういう人は多分目も合わせられないから」
「ああ……」
死んだ魚の目で話すラシードさんに私が同意すれば、ラーラさんはわずかに肩をすくめる。そうだな、ロマノフ先生ならニコニコ笑顔で相手をチビらせるくらいはやる。
でも今回は「喧嘩売ったら死ぬで?」じゃなく、「売りたかったら売ってもいいよ?」って感じでないと。そういう意味でラーラさんにお願いしたんだけど、それがすぐに効果を発揮してくれたそうな。
まず迎え入れられた族長の自宅、勿論カーリム氏の自宅でもある。
半年ぶりの我が家は何か凄く冷たい印象だったそうだ。調度とかは変わってないように見えるのに、空気が淀んでいるとラシードさんは感じたという。
ラシードさん自体は気づいてないっぽいけど、勘レベルの危機察知力は高い。彼が淀んでいるというなら、そうだったんだろう。ラーラさんも「たしかに」と頷いた。
「俺が帰って来たからって、兄貴が緊急で会議を招集したんだ」
「前もって俺側についてくれている相談役や、中立の相談役には、ラシードを連れ帰って来るからもう一度話を聞いてほしいと根回ししておきました。もしも息子同士のいざこざで死者が出たかも知れないことに対しての混乱で、甘い裁定をしたならこれで覆るだろう、と」
重々しく口を開くカーリム氏は、けれどそっと目を伏せた。
彼の根回しで集まった相談役やカーリム氏、ラシードさんやイフラースさん、そしてラシードさんとイフラースさんを今日も保護し続けている菊乃井家からの使者の前でも、族長は以前と同じく「ラシードは一族から去るのだから、これ以上の混乱はない。人数が減る分有益な若者を損ねることもないだろう」と繰り返した。
喜色を浮かべたのは、同席させられていた次兄・ザーヒルで。
彼は「一族に有益なものは、役立たずに何をしたって許されるんだ!」とほざいたそうだ。
これにはその場にいた相談役たちも次兄を諫めたけど、そこからがラシードさんのターン!
「『雪樹の民って、いつから力こそ正義って頭の悪い主張がまかり通るようになったの?』って言ってやった」
「真っ直ぐぶっ飛ばしましたね」
「いや、だってそうじゃん。有益な者・強い者が正義って、それはじゃあより強かったり有益だったりする誰かに圧し潰されて構わないってことだろう? 俺達は動物じゃない。知性と理性で秩序を守って補い合って生きてるんだ。それなのに弱肉強食を旨とするって、自分から知性と理性を手放して野獣化するのかよ? それを野蛮っていうんじゃないのか?」
「それ、言ったんですか?」
「一字一句その通りとは言わないけど、はっきり言った。したらおっちゃんやらおばちゃん達に『おめー、言うようになったなァ』って、頭ぐりぐり撫でられた」
でもこのラシードさんの主張は相談役のオジサン・オバサンの琴線に触れたようで。
次兄ザーヒルの主張に対して、もっともなことだと肯定的に受け入れられたそうだ。思うに人懐っこいラシードさんは元々オジサン・オバサン達から、遠巻きではあっても好意的に見守られてたんだろう。その近所のちょっと頼りなかった坊やが、立派に意志を通しているのだから、応援する人も出てくるってもんさ。
これに対して激したのは次兄とその取り巻き。そりゃそうだ。野蛮人って言われたんだからな。
案の定「口だけの子どもが偉そうに!」とか、そんな感じのことを言われたそうだ。
それでこれに関してラーラさんは「ちょっといいだろうか?」と口を挟んだんだって。
「単に『罪や罰云々の前に、証言が食い違っているんだから、一方の話ばかり鵜吞みにせずにきちんと調査をやり直しては?』って言っただけなんだけど。内政干渉って言われちゃってね。あ、でも、族長はラシードが菊乃井に丁重に迎え入れられているのは理解してるし、ボクが来たのはまずラシードの移住に関してきちんと筋を通すためというのも理解してるって」
「それは良かった」
「でも、その後だよね。次兄クン、色々言ってくれたよ。『ラシード風情の惰弱な魔物使いがいなければ、土地一つ守れないのか!?』とか。そんな用途でラシードを必要としてるんじゃないって、何度説明しても解んないんだから」
閉鎖的っていうのは、情報も閉鎖されるから困るんだ。
帝国やルマーニュ、コーサラにシェヘラザード、楼蘭教皇国に北アマルナの民は、まず菊乃井と聞けばそんな反応はしないんだよねー……。
これに関して、ベルジュラックさんや威龍さんとしては「知らないって凄いな」って思ったそうだ。
「というか、次兄に自由に話させてたんですか?」
「ちゃんと相談役のおっちゃんやおばちゃん達は止めてた。おふくろも黙れって言ってたけど……」
「叱責されると、聞こえるか聞こえないか程度の声でボソボソやるんだよね。まあ、ボクは聞こえたけど」
「ああ……」
くだらない。
で、次兄の態度があんまりにもあんまりなので、頭を冷やさせるということで一旦会議はお開きになったそうだ。
その間の日数、ラシードさんとイフラースさんは、カーリム氏から移住希望がある人達を紹介してもらって、色々と菊乃井の広報活動をやってくれたそうな。ベルジュラックさんはその護衛、威龍さんはラーラさんと雪樹の観光という名の調査。
そして今日の昼に最終裁定が下った、結果は当然次兄への罰は変えないという理不尽なものだった。
「だからさ、俺、流儀に従うって言った」
「流儀?」
「うん。一族にとって有益で強いとされるものが正しいというなら、その流儀に則る。則って、俺がザーヒルより強い、つまり一族に有益と示せたら裁定を覆してもらう。それが正義ってもんだろう? って」
「白手袋ぶつけましたか?」
「おう、顔面に当ててやったぜ」
ラシードさんが手袋を投げる所作をしつつ笑う。
思惑通りザーヒルはその決闘を受けたそうだ。族長は最初そんなことは受け入れられないって言ったけど、そこはカーリム氏が割って入った。
自分は族長の裁定を支持しない。雪樹に強い者が正義だなどという流儀はないからだ。そんな無法は許せない、と。
けれど現族長が「強い者こそ正義」というのであれば、その正義に自分も従って族長に挑む。そう告げたそうだ。
これには流石に周りが慌てて、親子を止めに入った。
「だから『なら決闘裁判をすれば?』って、ボクが提案したんだよ。そしたら相手はボクでもいいとか、手加減しないとかトンチキなこと言ってたけどね」
「本来ならトンチキでは済まないんですけど、それは。しかし流れるような連携ですね。それでラシードさんが勝てばカーリム氏の勝ち、次兄が勝てば現族長の勝ちってことで?」
「そういうこと」
ラーラさんが悪戯が成功したかのような、人の悪い笑みを浮かべる。
概ね狙い通りの結果だから、それでいい。
彼らをまず労おう。
「お疲れ様でした」と告げると、ラシードさんが何か言いたげにしていることに気が付く。
尋ねるように首を傾げると、彼は「実はさ」と話し始めた。
「ザーヒルにワイバーンを自力で捕まえたのか聞いてみたんだ」
「へぇ?」
「そしたら自分で捕まえたって言うじゃん? だから『嘘ついたら、俺との決闘で天罰下るぜ?』って言ってやったんだよ」
「ふぅん? もしかして『神かけて、自分が捕まえたって言うんだな?』とか言ってやった?」
「おう。皆いたからかな? あっさり神様に誓ってってさ。雪樹って昼でも暖をとるのに焚火してたりするんだよなぁ」
あー、なるほど。やって来たのか、アレ。
「よろしい。上出来です」
私はラシードさんに惜しみない拍手を送ることにした。
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