買ってでもしろとか言う人に、高値で売りたい苦労あり〼(ます)
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次回の更新は、9/15です。
雪樹の一族にラシードさんとラーラさん達を送り出して五日目の夕方、一行は菊乃井へと帰還した。
首尾は上々、ラシードさんは上手く次兄と族長に果たし状を買わせたらしい。
おまけに次兄自らラーラさんに対して、身の程知らずにも自分の決闘相手になるのかと因縁を吹っ掛けてくれたとか。
「様式美ですね」
「同感」
「なんか、この、上手く行ったのにソウジャナイ感!」
やっぱりなって感じの私とラーラさんとは対照的に、ラシードさんは叫ぶしカーリム氏は遠いところに視線を飛ばす。
ラシードさんもカーリム氏も、上手く行ってくれた方がいいんだけど、上手く行かないでほしいって気持ちはあったんだよな。
だって菊乃井家の家名は知らなくても、エルフの三英雄であるラーラさんの名前は雪樹にも知れ渡っている。そしてその有名人を名代として雪樹の一族に派遣するってのは、それだけ雪樹の一族に対して敬意を表してるってことだ。にも拘わらず、その客人に向かって「女だからと手加減しないからな」ってさ。
「愚かとしか言いようがないですね」
「貴族っていう生き物を知らなすぎるよ。まあ、付き合いがなくて閉鎖的なら仕方ない気もするけど。まだまんまるちゃんだから首の皮が繋がってると思った方がいい。それでも族長の顔色も悪かったし、僅かに引き攣ってたけど、それを周囲には悟らせなかったのは流石だったね」
宇都宮さんとエリーゼが持ってきたお茶は全員に行き渡り、ロッテンマイヤーさんブレンドの香気が私の執務室兼書斎に漂う。
族長の顔が引き攣っていたって辺りで、彼女は私の政治的配慮には気が付いたんだろう。しかし次兄をそのままにしたってことは、企みを中止にする気はないっていうサインだろうな。
それに顔色が悪いってことにちょっと引っ掛かる。
なので、私はソファーで穏やかにお茶を飲んでいる威龍さんの名を呼んだ。
「は、調査の件ですが」
「はい、どうでした?」
「余所者に対してはどうしても口が重くなるものですが、あの一族の結束は我らのそれと同等でした。しかし、だからこそ今の族長のやりようを奇妙に思っている者は多いのが言葉の端々から掴めました」
「そうですか。皆さん、族長が次兄を庇ってることに関してどういう判断で?」
「教主様の仰るとおり、息子同士で殺人未遂があった故の気の迷いなのでは、と。ですがラシード君が生きているのが解ったのであれば改めてはと思うものの、族長という立場にある者が一度下した判断を軽々に翻せないのも解る……というのが、大半の意見でした。が、次兄を罪に問わないという判断に対して、それを道理と捉えている者はごく少数でした」
「なるほど。皆、困惑していると言った感じですか?」
「然様です」
つまり、これまでラシードさんとカーリム氏のお母上は、失策を犯すことなく、概ね誰が見ても公正な判断で一族を守ってきたわけだ。だから今回のことも「気の迷い」で今のところ済んでいるんだろう。でなくばもう少し過激な話が出て来てもおかしくはない。だが現実は「困惑」で終わってるんだから、それまでが悪くなかったどころか結構よかったってことだ。
これはちょっとお母上の思惑どおりにはいかないかも知れないな。
仕掛けるのは良いけど、ちゃんと色々把握しといてくれよ、もう!
内心でイラついていても、それを顔に出すのは良くない。お茶を飲んで唇を湿らすと、カーリム氏に話しかける。
「今のでお母上の大きさが解りますね」
「はい。でも、越えなくては……」
ぎゅっと握りこぶしを固めるカーリム氏には、どこか悲壮な雰囲気が漂っている。向かい合う敵の大きさに気付けたなら、後はそれを正確に把握して崩すだけだ。落ち込んでる暇なんか与えてやるもんか。
「それで他におかしな点は?」
蟻の一穴は堤を崩す。突けそうな場所を探し出さないと。凹んでいる暇があるなら、働け。そう思いつつ、威龍さんに再び視線を向けた。
すると威龍さんは隣のベルジュラックさんへと顔を向ける。視線でベルジュラックさんに促す威龍さんに頷くと、彼は「実は」と口を開いた。
「族長からおかしな匂いがしまして」
「おかしな匂い?」
「はい、薬の。それにもう一人、その匂いがする人物がいました。どちらが飲んでいるのか、それともどちらも飲んでいるのかまでは……?」
「薬……?」
そりゃ薬ぐらい飲むだろう。人間、いや魔族だけど、生きてるんだもん。病気ぐらい……って言いたいとこだけど、ビンゴだな。
私の推測が正しかったら、それは風邪薬とかの類じゃないだろう。
ちりんっと手元にある呼び鈴を鳴らすと、隣からノックの後でアンジェちゃんが顔を出した。
「およびでしょーか!」
「はい。大根先生に『執務室まで例の物を持ってお出で願えますか?』ってお願いしてきてくれる?」
「はい!」
「タラちゃんに乗って行っていいからね?」
「はい、いってきます!」
びしっと手を上げて、とても元気なお返事の後アンジェちゃんは静々と部屋を出ていった。同時にタラちゃんの気配が天井から消えたから、アンジェちゃんを追いかけていったようだ。
アンジェちゃんはこの間菊乃井家の仲間入りしたしゃてーを、色々あって子分にしたらしいのでちょっと張り切っている。
それはいいとして、ベルジュラックさんに私は尋ねてみた。
「何で薬を飲んでると思ったんです?」
「同じ匂いの薬湯を知っているから、です。俺の祖父が昔飲んでいた物と同じ匂いでした。忘れられない程強烈な匂いなんですが、神狼族や犬系の獣人にしか感じない匂いみたいで、雪樹の連中は族長から薬の匂いなどしない、と。勿論、ラーラ師も威龍もイフラースもそこの兄弟も何のことか分からない……と」
「嫌な予感ほどよく当たるのは何なんだろうな……?」
呟けば、雪樹の兄弟とイフラースさんがお互いの顔を見合わせている。ラーラさんはほんの少し耳を動かしただけで、その表情からは心情は窺えない。威龍さんも何か考えているようで、少し俯いている。
一族にくすぶる不満、強引な族長交代のシナリオ、雪樹の人々が困惑する族長の変化、薬。
結び付ければ、考えられることはそう多くない。
しかし、族長の他にもその薬の匂いがする人がいるというのが、気にかかる。そういうとベルジュラックさんが答えた。
「もう一人は族長の夫、ラシードたちの父親です」
「え?」
「へ?」
声をあげたのは雪樹の兄弟達で、イフラースさんは息を呑む。
私やラーラさん、威龍さんは何も言わないことで答えとした。つまり「だろうな」だ。
「いや、そんなはず……? おふくろはたしかに昔から貧血気味だとかで薬湯を飲んでいることはあったが、親父は健康そのもので……」
「ああ、ほぼ毎日会っているが筋骨隆々の逞しい人だぞ? 貴方方も雪樹に逗留中、俺の家で会ったじゃないか?」
困惑しきりの雪樹出身の三人に、私は首を横に振った。
「貴方方、お母上の薬湯の成分を調べたことがありますか? 毎日お母上が飲んでいる物が、ずっと同じだといえるんですか?」
「いや、それは……?」
「お父上は健康でも、お母上のためにそれを密かに調合しているかもしれないとは?」
「……」
二人揃って沈黙だ。
そりゃなぁ、母親が「これは貧血の薬だ」って長年飲んでるものに対して、急に疑いなんか持たんわな。母が言うならそうなんだろうってさ。
だからこそのこの突然で強引な族長交代劇を考えたんだろうよ。今のままじゃ、駄目なんだって。だからって私に色々持ってくるのはどうよって感じだけどな。
重苦しい空気が部屋に満ちる。
でも空気は読むものじゃなくて、吸って吐くものだから。
「ところで、何て言って喧嘩を買わせたんですか?」
ラシードさんに声をかければ、彼の目が濁った。
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