後始末の始まり
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次回の更新は、9/11です。
呆気に取られている私達にびしっと腕を額……頭頂近くだから多分そう……に当てて、敬礼をしたござる丸は、繰り手花のにょっきり生えた双葉をフン掴む。そしてそのまま繰り手花を引き摺って、タラちゃんとともに応接間から出て行った。
静かにござる丸とタラちゃんの背中を見送って暫く。
「いいのか、若さま?」
「え? い、いいんじゃないの?」
奏くんがおずおず聞いて来る。でも尋ねられても私にも良いのかなんて判んないよ。
アントニオさんに視線を向けると、はっとした顔で「こちらは問題ないです」と返してくれた。
「そもそも危ない植物なんで、大賢者様ならどうにか活用できないかと思って持ってきただけです。どうにかなる目途が立ったなら、こちらとしては何も……」
「しかし、あれは売りに出せば高く買う者もあるだろう?」
大根先生がアントニオさんに尋ねる。しかし彼はその緑の面に厳めしい表情を浮かべて、首を横に振った。
「たしかに売れば高くなるでしょうが、生き物に寄生しないと蜜を作れない魔物を欲しがる用途なんぞロクなもんじゃありゃあせん。中には真っ当な研究者もいるかもしれませんが、真っ当な研究者と悪用しようとする者の判別が、見かけで判断できない以上マーケットなんかにゃ流せない。となれば自分が思う安全な場所、ラーラが信頼する彼女の叔父上様にお預けするのが一番だと」
「なるほど」
納得。
そういう訳で、あの繰り手花はござる丸預かりとなった。
まあこの家はマンドラゴラが一杯なので、なんか悪いことしようとしたら教育的指導を食らうしな。
繰り手花の件はそれでいいとして、後は大根先生とアントニオさんの商談兼色々を話し合い、それも済んだらレグルスくんと奏くんと紡くんと大根先生が、お二人に菊乃井の町案内してくれることに。
因みにござる丸の舎弟となった繰り手花は、自動的に私の命令も聞くらしい。親分の親分は親分ってことだ。
これに関しては大根先生が結構喜んでて、お弟子さんが繰り手花の研究をしてるから、そっちに協力してほしいってさ。当然その時は協力させてもらう。
猶、繰り手花と魔物使いは契約が出来ないんじゃなく、しないだけと判明したのも付け加えておく。やつら意思疎通が出来ないんじゃなく、したくないんだそうだ。だって魔物使いに使われるより、生き物に寄生出来たらその方が楽に生きていけるからだって。
ござる丸の舎弟はござる丸を介して私にそう説明してきた。ならばご愁傷様だ。私は自分で言うのもなんだけど、使えるものは何でも使う。明日から舎弟はござる丸について農作業の手伝いをやらせてやることにした。
私の近くにいて、働かないで生きていけると思うなよ?
ぽちでさえ、最近はアンジェちゃんに連れられてお使いのお供をしてるんだから。
アンジェちゃんにお願いされて散歩用ハーネスを作ってやったけど、ぽちはあれはあれでお洒落のつもりで付けてるらしい。犬じゃなくて猫……でもないんだけど。
そういう一連の色々を、食卓で話せば案の定ロマノフ先生が大笑いする。
「いやー、また奇妙な生き物が増えましたね?」
「全くだよね。寄生生物も形無しだ」
ヴィクトルさんも笑いを堪えてるけど、ちっとも堪えきれてない。
今日はラーラさんがいない分、少しだけ食卓が寂しい。でもそれを埋めるかのように、レグルスくんが元気に私に話しかけた。
「それで、あのおはなのおなまえきめたの? にぃに?」
「えー……名前ねぇ」
ござる丸を介してとはいえ私とは契約を結んだことになっているから、たしかにあの花? 花は咲いてないんだけどな? とにかくアレにも名前はいるんだろう。
ちょっと考えて。
「しゃてー」
いいんじゃない、これ? 名は体を表すっていうし。
しかし、ロマノフ先生とヴィクトルさんが笑顔で首を傾げる。
「え? もう一度、お願いします」
「聞き違えちゃったかな? サティー?」
「え? や、だから『しゃてー』ですって。ござる丸の舎弟だから」
ぎちっと先生達が固まる。顔は笑顔なんだけど、なに?
訝しげに二人をみていると、隣のひよこちゃんが「しゃてー」と繰り返す。
「どう?」
「よびやすいとおもうよ」
にぱっと笑って、ひよこちゃんはミートローフにナイフを入れる。呼びやすいってことは、いい名前ってことだよね。
私も切り分けたミートローフの一片を口に運ぶ。
げふんっと咳払いして、ロマノフ先生が話題を変えた。
「今日、宰相閣下にお会いしてきたんですけど」
「はい。もしかして、何か解りましたか?」
ロマノフ先生がアントニオさんやキリルさんが会いに来てくれたときに不在だったのは、宰相閣下からお願いしていた件について連絡が来たからなんだよね。
その件って言うのはラシードさんの実母のお友達、やんごとない家の第一夫人だという人について。
イフラースさんはラシードさんの実父の名を明かさなかったけど、第一夫人の名は明かした。そこから南アマルナの名家について調べ上げられないかって考えた私は、ヴィクトルさんを通じて宰相閣下にその件をお願いしておいたってわけ。
「結論を先に言いますが、ダメだったそうです」
「そうなんですか……?」
「はい。南アマルナは本当に閉鎖的な上に、女性は基本的に政に口を出せないようになっているそうです。公的な記録に女性の名前が載るのは、その女性がお亡くなりになったときだけだとか。生まれたときはどこそこの家の娘としか記載されないそうです」
「なんだそれ……!?」
「どういうことさ?」
私とヴィクトルさんが鼻白むと、ロマノフ先生が大きく息を吐く。
「南アマルナは女性が一時非常に少なくなって、略奪などが横行したそうです。そこで家の女子を守るために、表に出さず存在を隠すようにしたそうなんですが、それが形骸化して抑圧につながっているのでは……と宰相閣下も仰っていました」
「その辺りは伝わっているけど、現行の女性への扱いが悪いかは分からない、という?」
「はい。南アマルナから出て来た冒険者がいない訳ではないんですが、彼らもあまり他者と交わらないので、中々情報が集まらないんです。イフラースさんは『奥向きのことは全て女主人が取り仕切る』と第一夫人が言っていたのは覚えているけれど、それでさえラシード君が命を狙われた訳ですから、それも完全ではないのかも……」
「ははぁ」
ところ変われば品変わるとは言う。だから女性が不当に虐げられているかなんか、この断片的な情報だけでは分からない。
確実なのは名前から家が解るかという考えが、見事に外れたってことだけ。
或いは直接国境を接している北アマルナなら解るかもしれない。そう考えて、眉を顰める。伝手がない。
いや、あるにはあるが……。
悩んでいると、ひよこちゃんから視線を感じて顔をそちらに向ける。
「だいじょうぶ。きっといったらわかるよ」
「そう?」
「うん。ライラがはりきってるから。ラシードくんをまもるんだって。ほかにもナースィルとハキーマもがんばるっていってたよ」
魔女蜘蛛のライラは攻撃魔術に長けているし、あの糸の強さは侮れない。絹毛羊の王子・ナースィルはあれからもっと成長して大きくなった。雛だったハキーマは今や巣立ち前の立派な星瞳梟になっている。これに加えてアズィーズも強くなった。ワイバーンごときに後れを取る事はないだろう。
「そうだね。仮令ラシードさんの父上が南アマルナの国王陛下だったとしても、退くつもりはない。相手がどういう身分であれ、気にするのは踏み潰した後でも遅くないよね」
レグルスくんの髪を撫でると、ふっと口の端を上げた。
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