油断と教育的指導
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次回の更新は、9/8です。
木箱をアントニオさんの節くれだった手が開ける。
あれから少しして、思ったとおり大根先生が帰って来たから、お庭でヴィクトルさんに魔術の授業をしてもらってたレグルスくんや奏くん・紡くんに戻って来てもらって。
挨拶やらなんやらを交わして、ようやくお楽しみの植物の御開帳と相成った。キリルさんも気になるって言うから、急遽参加。
カパッと開いた蓋の中身を皆で覗くと、上等そうな生地が敷かれた上に何やら文字が書かれた紐というか帯でグルグルに巻かれた……何これ?
グルグルに巻かれ過ぎて、何なのか解らないそれに、皆顔を上げてアントニオさんに視線を集中させる。
丸い。それぐらいしか、見た目では解らない。本当に何?
口に出せば、アントニオさんがそのグルグル巻きの塊をちょんっと突いた。
「繰り手花って言いましてね。寄生した生き物を操り人形のように自在に操ることから、繰り手の花ってことでそう呼ばれてます」
「ひぇぇ」
「おぉう」
私もだけど、見てた奏くん達も感嘆の声を上げる。
アントニオさんによると寄生虫の中には、宿主の脳とかを侵食してその思考や意志を乗っ取って、捕食者である鳥や魚に見つけやすい行動をとらせて、自ら食わせるように仕組むものがあるという。この繰り手花もそういう行動をとるそうだけど、それがちょっと変わっていて。
「健康管理をするんです」
「は?」
「生き物に寄生して養分を得る代わりに、生き物を決して死なせることなくその健康を損ねないようにきちんと栄養を得たりするんです。宿主を生かして管理すれば、半永久的に自身は養分にありつけますから」
「いいモンスターなんですか?」
紡くんが唸っている大根先生に尋ねる。すると大根先生と同時にアントニオさんが首を横に振った。
二人とも凄く険しい顔で。
「一見良いように思うだろうが、このモンスターは自分の身の安全が最優先だから、宿主の社会性やその他は考えたりしない。つまり健康に栄養が取れる状態にしか管理しない。その間身体の自由を奪われた宿主は、状況は見えているそうだが自身ではどうにも出来ないそうだ」
「要するに食い物がなかったら、他者から奪ったり盗んだり……という風になって、人が変わったような極悪人になっちまうこともあるそうでさぁ」
「うわ……」
人間は食べて飲んでしてれば生きていけるって訳じゃないからな。
しかし、そういう特性を利用して、社会性を順守出来れば病人の看護とかにも使えそうだからって、研究者はいるみたい。
っていうか、大根先生の教え子にいるんだって。
そう聞いて、ぽんっと奏くんが手を打った。
「魔物なら契約出来るんじゃねぇの?」
「ああ、それならいける……?」
モンスターならござる丸とそう変わらないんだろうか?
アントニオさんに訊こうと口を開こうとしたんだけど、その前に大根先生が「無理だ」と呟いた。
「だいこんせんせー、やったことあるんですか?」
「過去にそういう研究文献があってな。魔物使いによると、意思疎通が出来ないそうだ」
「ああ……」
レグルスくんの疑問に答えつつ、大根先生は繰り手花を封印の帯の上からつつく。丸いそれが身じろぐように震えだした。
「目を覚ましたようですね。また気絶させるんで……」
アントニオさんが鞄の中からアイスピックのような道具を取り出して、上から打ち据えようとする。しかし、ブチンっという音がしたと思った瞬間、繰り手花を包んでいた封印の帯が切れた。
ヤバいじゃん!?
グルグル巻きにされていた帯が、しゅるんと解けて中からヤシの実サイズの丸いものが飛び出す。繊維でもじゃもじゃした丸い塊から、短い手足のような根やびょんっとアホ毛のように双葉が飛び出してるのは可愛いかも知れない。
ここまで数秒のはずなのに、動きがスローモーションだったせいか、凄く長い時間に感じる。
が。
「ゴザァァァ!!」
ござる丸の絶叫が響いたと思ったら、跳びはねた繰り手花の繊維の胴体部分に、軽やかに天井から下りて来た白い大根のキックが炸裂。勢いよくぼとっと落ちた繰り手花の傍に、華麗に着地したござる丸だったが、追撃の手を緩めない。
繰り手花のヤシの実のような胴体部分を持ち上げると、ござる丸はブリッジのように身体を反らせてゴスっとヤシの実を床に叩きつけた。見事なジャーマン・スープレックスに、繰り手花は「みぎゃぁぁ!」と鳴いて動けない! 口はどこだ!?
というか、ござる丸ブリッジなんか出来たんだ……。よく折れなかったな。
なんて感心していると、ござる丸は更に繰り手花についている短い足を、自身の足で固めてヒール・フックっていうの? ヒール・ホールド? なんかそういう痛そうな技を極めて。
バンバンと繰り手花が床をタップするのが見えた。
繰り広げられる異種格闘技戦に呆然としている私達を尻目に、するするとタラちゃんが天井から下りてくる。そして尻尾でテンカウントを取りだした。
繰り手花がぐったりとしてきて、動きが無くなってきた辺りでタラちゃんがござる丸の腕を持ち上げる。ござる丸はと言えば勝利を誇っているのか、凄く胸を張って立っていた。胸が何処か判んないけど。
「えぇっと、ありがとう。ござる丸、助かったよ」
「ゴザ!」
「タラちゃんも、控えご苦労様」
労いの声をかければござる丸は敬礼し、タラちゃんは「お役に立てて何よりです」と看板を掲げる。
ちらっと見た繰り手花は、ぴくぴくと痙攣してるし、口と思しき場所から泡を噴いているっぽい。
そんな繰り手花の様子に我に返ったアントニオさんが、急いでアホ毛のような双葉の近くにアイスピックを突きさす。それきり繰り手花は動かなくなった。
「申し訳ありません!」
平身低頭。そんな風に頭を下げるアントニオさんに、何もなかった訳だからと顔を上げてもらう。
すっと屈んだ大根先生が、アントニオさんに「見なさい」と繰り手花を包んでいた帯を差し出した。
差し出された帯の一部が、まるでネズミに齧られでもしたかのようなありさまで。
「これは……」
アントニオさんが目を大きく見張る。
「これ、あのおはながかじったの?」
「そんなことできるの? すっごーい!」
レグルスくんと紡くんが感心したように声を上げた。それにつられてキリルさんが、帯を覗く。
「これは……植物のモンスターが物を齧るなんて初めてみました。いや、こんな活動的なマンドラゴラも初めて見ましたけど……」
「恐らくこの繰り手花は、ござる君と同じで特殊個体だったんだろう」
繰り手花というか元来植物のモンスターは何かを齧るなんて出来ないそうだ。
特殊個体でなかったらアントニオさんの封印は完璧だったってことだろう。
「危険が予測し得なかったのは誰のせいでもないですよ。次への教訓になりましたね」
「全くです。長くプラントハンターをしていますが、何処かで油断があったんでしょう。肝に銘じます。大変申し訳ありませんでした」
「いえいえ。私達も油断してましたし、ここは同じく肝に銘じるということで」
今回は私達にもアントニオさんにも油断があった。そういうことで、この件は終わり。
それでいいと思ったんだけど、ござる丸が俄にゴザゴザと鳴き出した。うーん、地面にござる丸が埋まっている時は、何を言っているか何となく解る。でも埋まってないと途端に解らないようになるから、やっぱり私には魔物使いとしての才能はないな。
私にござる丸の言いたいことが伝わってないのを察したタラちゃんが、ロッテンマイヤーさんから持たされているノートに尻尾でサラサラと字を書く。
えぇっと、何かな……。
「あー……えー……? 『この不届きものを教育いたしますので、お任せくださいませ』って……?」
「ゴザ!」
びしっと背筋を伸ばして大根が敬礼する、ござる丸が一際大きく鳴いた。
えー……?
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