正しい喧嘩の始め方
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次回の更新は、8/28です。
私が修羅場なれしてるのは、私のせいじゃない。
その時々を色々一生懸命考えて乗り越えて来ただけで、全部が全部上手く行ったわけじゃないし。もっと上手く立ち回れたんじゃないかって思うことだってあるんだ。
ふくれっ面のままでそういうことを考えていると、ふにっと頬を両手で揉まれる。
いつの間にかロマノフ先生が傍に来ていたみたいで、見上げたら先生と目が合った。
「何もかも君のせいではないし、背負う必要もない。ちゃぶ台返しをしてやってもいいんですよ?」
「そうですよね。そうなんですよね……」
でも、それはそれでなんか引っかかってしまう。
ラシードさんは少なくとも母親を母親として慕っている。カーリム氏だってそうだ。だから悩んでるんだし、弟のことも本当は何とかしたかったけど、今の彼ではどうしていいか解らなかったから苦しんでたんだろう。
知ってしまった以上、知らなかったで済ませられない。そうして後悔しない自信がない。
だったら腹が立とうが、イラつこうが、面倒だろうが、出来ることをするしかないんだ。
「あー!! 心の無駄肉めぇぇぇぇぇ!!」
うぎぃっと叫べば、ぽんぽんと柔らかく頭を撫でられる。
「君のそういうところが私達は好きなので、是非ともその無駄肉は落とさないでくださいね」
「先生……」
「まあ、カーリム氏が潰れたところで、君には何の責任もないですしね。好きにやっちゃうといいですよ」
にこって笑ってる先生の目が、実は笑ってない。さっきまでイイハナシしてたんだけどなぁ。
まあ、カーリム氏とラシードさんのお母上には、何かお返しは考えておこう。
さて、それから七日後。
カーリム氏が再び雪樹からやって来た。
彼の持ってきた情報は概ね思っていた通り。
雪樹では誰もがって訳じゃないけど、ラシードさんの生存を喜んでいたそうだ。
持たせた幻灯奇術の記録で、族長やそれなりに力のある人達にラシードさんの訴え――今度のことは使役していたワイバーンの暴発でなく、故意に次兄がラシードさん達を追ったものというのは届いた。これで次兄に対して「殺人未遂」の疑いがでたわけだ。
おまけにラシードさんの護衛として、直接ワイバーンと相対したイフラースさんも一緒に行ってるし、なによりイフラースさんは族長に拾われて、それを恩義に感じて尽くして来たと思われている。その人が今度のことは腹に据えかねて、恩人である族長に抗議しているのだ。
一族の大半の者が、次兄に対して裁定をやり直した方がいいと提案する中、族長は「否」と首を横に振ったそうな。
曰く「ラシードは雪樹を棄てた。兄弟間の感情の悪化で起こったことならば、これ以上のことは起こらないだろうから、一族にとって有用な者を減らす必要はないだろう」と。
雪樹の一族は少数民族で、強い者が多いに越したことはない。しかし。
「やはりそれは道理が通らぬだろうと、族長の相談役の殆どが俺に同調してくれています」
「そうですか。では回答期限を設けずに、次の段階に行ったんですね」
「はい。ラシードの訴えは一族に浸透してきています。それからラシードが『環境が変われば、生き方も変わる』と菊乃井での生活を語っているのも、興味を持たれています」
カーリム氏によると、表立って雪樹の一族の生き方を否定したい訳ではないが、生き難いと感じている人本人、或いは生き辛さを抱えている人の親兄弟友人が、カーリム氏の元を訪れ相談していくそうだ。
因みにラシードさんは記録の中でEffet・Papillonや初心者冒険者講座の話もしていて、雪樹で暮したければ一度菊乃井で修行してもいいだろうとも言ってるそうな。
ラシードさんの記録に関しては監修はエルフ三先生にお任せしたんだけど、結構良い感じのプロモーションになってるみたい。
じゃなくて。
「で、割れてきましたか?」
「はい。公に俺を批判し、族長の意見を支持しているのは、ザーヒルの取り巻きとその家族。俺を支持するのはラシードと同じ悩みを抱えた者、その家族・友人。残りの者は裁定に疑問を持っていても、今までの族長の行動を鑑みて何か理由があるのだと考えている者ですね」
「では次の段階にいきましょうか」
執務室兼書斎の机の正面に立ったカーリム氏が頷く。
私が机に置いてあった呼び鈴を鳴らすと、隣の控えの間にいたオブライエンが部屋に顔を出した。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
「ええ。今菊乃井の街にベルジュラックさんがいるでしょう? ちょっと頼みたいことがあるので、急で申し訳ないけれど今日中に来てもらうように声をかけてください」
「承知致しました」
「あと威龍さんにもご足労願ってください」
「は」
軽く礼をしてオブライエンが部屋を出ていく。その背を見守って、カーリムさんが私に向き直る。
彼とラシードさんの正念場はこれからだ。
「ラシードさんを連れて一度雪樹に戻ってもらいます。そして二人で上手く族長に喧嘩を売って、決闘裁判に持ち込んでください」
「!? しかし、ラシードが雪樹に戻れば、アイツを狙ってるヤツらが……!」
「そのために護衛として、私の騎士であるシラノ・ド・ベルジュラックを付けます。それだけじゃない武神山派の宗主である威龍さん、あと私の後見人でありエルフの英雄であるルビンスキー卿にも一緒に行っていただきます」
これだけの布陣を掻い潜ってラシードさんを狙えるなら大したもんだ。だけど問題はラシードさんを狙う奴らじゃない気がするな。
どっちかというと、ラシードさんに付いて来たベルジュラックさんや威龍さんに、次兄派が喧嘩売らなきゃいいけどね。まかり間違ってラーラさんに喧嘩を売れば、即ち私を侮辱したことになるし。いや、私は別にいいけども。
雪樹の一族は独立不羈の一族、何処の国にも属さないという立場をとっている。なので侮辱されたと感じたならば、直接私が出向いても何処かのお国と問題になるってことはない。
とはいえ今回は空飛ぶ城で乗り込もうとは思ってないけどね。
だって通過する国に連絡入れるにしたって、空飛ぶ城はそれだけで兵器なわけで、侵略戦争を疑われる。侮辱されただけで侵略なんて、何の大義もないことはできない。
だから今回は徒歩。そのためにジャミルさんに道案内を頼んでるんだ。
ああ、ジャミルさんと言えばそろそろ連絡をしないとな……。
彼は董子さんと共同でデスソースを開発していて、その試作品を色々次男坊さんのところで試験的に販売していたりする。
カレー味のお煎餅も、ジャガイモを揚げたポムスフレのカレー味も、ちょっとずつ富裕層に出回っているそうだ。
お蔭でEffet・Papillonの食料品部門は順当に利益を出してくれているし、それが還元されて次男坊さんの関わりのある孤児院は幾つか立て直しに成功したとか。善きかな。
……話が逸れた。
「ラシードさんには喧嘩の売り方は教えてあります。そこは任せていいですよ」
「そう、ですか」
カーリム氏が私の言葉に複雑そうな顔をする。でも仕方ない。貴方が悶々と過ごして動けずにいた間、ラシードさんは菊乃井で生きていくために色々と学んで、自らの力に変えたんだ。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、ですよ。ラシードさんは変わった。貴方はどうなんですか?」
「俺は……」
真っ直ぐに見据えると、ぐっとカーリム氏が拳を握ったのが見えた。目を瞑って、それからカーリム氏は一呼吸置くと、ゆっくり目を開ける。
「変わります」
真っ直ぐに見据える目には、彼の弟が覚悟を決めた時に見せたのと同じモノが宿っていた。
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