渡る世間はほろ苦い
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次回の更新は、8/25です。
「そなた、呆れるほど色々見舞われておるのう……」
「う゛」
姫君様の哀れむような視線がざっくり突き刺さる。
翌日が丁度姫君様と拝謁出来る日だった訳だけど、ご挨拶してすぐこう。
ひらひらと薄絹の団扇を閃かせつつ、姫君様は物凄く大きなため息を吐かれた。
「妾の厄除けを以てしても避け得ぬことは、結果的にそなたの利になることじゃ。励めよ」
「はい」
「しかし……それにしても酷いありさまよのう。少し考える故、しばし待て」
「ありがとうございます」
うう、考えてくださるだけでも有難い。流石は姫君様、姫君様万歳!
心の中の万歳三唱が伝わったのか、姫君様がちょっと口の端を上げられる。
こういう平和の朝を過ごせるって本当に貴重だよね。そんな感慨に浸っていると、レグルスくんがひょこっと姫君様に何かを差し出すのが見えて。
問い掛ける前に、ひよこちゃんの手元を見ると、それは立派な装丁の鍵付きの本があった。
「ひめさま、なごちゃんが『ひめがみさまにどうぞごらんください』っていってました!」
「おお、そうかや? ふむ、ひよこの許婚は中々に肝が据わっておるの」
首を傾げる私の前で、そんなやり取りがなされる。
レグルスくんが持っていた本は、ついっと姫君様が団扇を動かすと、ひとりでに浮いて姫君様のお手に収まった。
なのでレグルスくんに「あれ、なに?」と聞くと、ひよこちゃんはにっこり笑う。
「れーとなごちゃんのこうかんにっき。なごちゃんへのおてがみに、ひめさまににっきちょうをもらったことをかいたら、おへんじに『れーさまをおしたいするきもちにうそはありませんから、すべてごらんいただいてだいじょうぶです』って」
うわぉ、熱烈! お兄ちゃんのが照れちゃうよ!?
はわわとなっていると、レグルスくんが「にぃにもよんでいいよ?」と言ってくれる。えー、そんなー、いいのかなぁー。でも、いいんだったら読みたいよね。
っていうか、流石公爵令嬢。レグルスくんとそう変わりない歳なのに、受け答えの如才がない。
凄いなぁと思っていると、姫君様が日記帳からお顔をあげられた。
「ふむ。春の催し物の頃にそなたに会いに来ると書いておるの、ひよこや?」
「はい。にぃにが『はれぶたい』だからって」
「そうか、そうか。では良き所を見せねばならぬのう?」
「はい! がんばります!」
にこにことお話しは進むんだけど、私の背中は滝のような汗が流れてる。
レグルスくんには「晴れ舞台だから」って言ったけど、詳しい経緯は実は説明してないんだよね。補助金と和嬢の菊乃井滞在に負けたとか、言えないじゃん。
でも姫君様にはお見通しなわけで。
「してやられたのう?」
「う、はい。でも艶ちゃん様のお望みにも適うことですので」
にっと少し意地悪く微笑む姫君様に、私は視線をちょっと逸らす。でも姫君様がこういうお顔をなさってるってことは、怒ってはおられないってことなので、それは安心。
姫君様のお話によると、艶ちゃん様は氷輪様から私の提案を聞いたそうだ。
それでアンジェちゃんが演奏に出るのであれば、それは一曲奏するという艶ちゃん様のお望みに適う。で、皇子殿下方とブラダマンテさんが武闘会に出るのであれば、イシュト様やロスマリウス様にも自慢できるわけだから、艶ちゃん様的には「それもよいのでは?」となったそうだ。
「何やら兄皇子の方が『そっちの方が得意です!』と張り切っていたそうじゃ」
「ああ、はい。そうだと思います」
だって自分が演奏したら死人が出るって感じだったもんな。
あれ? じゃあシオン殿下はどうするんだろう?
「弟皇子の方も『この機会にレグルスに言われたように、遠回しに「月のない夜に出歩けると思うなよ?」と、解らせたい相手にアピールしようかと思います』と言っておったらしい」
「わぁ……」
こわ。これだから貴族怖い。いや、相手も貴族だし、シオン殿下はロイヤルなんだけど、
私の考えていることが伝わったのか、姫君様が微妙なお顔をされる。うん、まあ、現行皇子兄弟よりエゲツナイことをしてる自覚はありますが。
でもウチみたいなド田舎での催し物で、そんな評判が立つんだろうか? もしかして幻灯奇術で録画でもするんだろうか?
同時に行われる歌劇団の公演は幻灯奇術できちんと記録して、後日ヴィクトルさんが開いてるサロンで鑑賞会が行われることになってる。
いや、その辺は気にしないでおこう。なんか口出ししたら、厄介事に巻き込まれる気がするし。
「まあ、艶陽の意を受けて出場するからといって特別扱いはせんでもよいぞ?」
「え? ああ、はい。予選からの挑戦になってしまうと思いますが……」
「山のが『実力で予選を勝ち抜けねば、余は満たされぬぞ』と言っておったからの」
「そうなんですか……」
なんか思ってもないところに飛び火してる気がするけど、聞かなかったことにしよう。
にしても神様方への感謝祭的な小さな催しのはずだったんだけどな。いつの間にか滅茶苦茶規模が大きくなってる気がする。
内心で大丈夫なんだろうかと思っていると、姫君様がころころと鈴を転がしたように笑い声を上げられた。
「皆、楽しみにしておるぞ? 何せ六柱全てが祝われる祝祭なぞ、珍しいからな」
「そうなんですか?」
「うむ。誰か一人をというなら盛大なものはいくつもあるが、皆に一度に感謝を……というのは中々のう」
「そういうことでしたら、私どもも張り切って準備いたしたいと思います」
「うむ、期待しておるぞ?」
「はい!」
「はい!」
皆様方がそれほどまでに楽しみにしてくださるなら、私も忙しいとか言ってないで頑張らないと。
隣にいたレグルスくんもふすふすと胸を張って、良い子のお返事だ。
そういう訳で、私達兄弟は決意も新たに姫君様と和やかな一時を奥庭で過ごしたのだった。
……けど、現実はそんな和やかなばっかりではいられないんだよ。
イフラースさんとカーリム氏が、ラシードさんの手紙──幻灯奇術で記録したラシードさんの訴えを持って、雪樹に旅立った。
「それにしても、ラシード君のお母上は随分荒療治をなさる」
書斎兼執務室のソファーに腰かけて、紅茶を嗜みつつロマノフ先生が零した。
同感だ。だってカーリム氏を覚醒させるために、弟二人を使おうとしてるんだから。
頷くと、ロマノフ先生が更に大きくため息を吐いた。
「跡継ぎと定められていても、族長というか両親が健在で、まだまだ覚悟も何もないでしょうに。そんな状態で、君にぶち当たるというのは良いのか悪いのか……」
「どういう意味です……?」
物凄く同情的な響きのロマノフ先生の声に、片眉を上げる。まるで私がカーリム氏を虐めたみたいな言い方だ。
ぷうっと頬っぺたを膨らませると、ロマノフ先生が苦笑いを浮かべる。
「君は本当に非凡な存在ですからね。七歳にして超えた修羅場が尋常じゃない。カーリム氏だって覚悟さえあれば、若くとも跡を任せるに足ると、今の族長が考える程度には優秀なんでしょう。それでも君に比すれば凡人の域を出ない。遥か年下の君の存在を目の当たりにした時、カーリム氏が劣等感で潰れるかもしれない。そうなれば企みは全て水の泡になるのに」
「それならラシードさんだって同じです。でも彼は私の存在に潰れたりしていないじゃないですか」
「そうですね。でもそれは、彼が跡取りとして育てられていない身の上だったからだと思うんです。そう育てられていない身なのだから、まずは出来なくて当然。比べるものではない。そう思えたのと、君が常に『出来ないから学ぶのだ』と言ってるのを聞いているから。でもカーリム氏は君とほぼ同条件です。その彼が君に『私に出来ることが、何故貴方にできない?』と突き付けられて、さて平静でいられるのか……」
って言われても、私のせいじゃないからどうも出来ないよ。
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