【急募】心のぜい肉の落とし方
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次回の更新は、8/21です。
次兄は自分に自信があって、それを裏打ちできるだけの実力はあるし、その実力を得るための努力も惜しまない。
だからこそ弱い者、この場合はラシードさんだけど……が、弱いままでいることに対して、その努力不足が原因の怠惰と決めつける人だった。
けど次兄だって努力しても越えられない壁がある。長兄のカーリム氏は次兄がどんなに頑張っても、追いつけないくらいには才能のある人で。
次兄はそれを環境、つまり受けている教育の差に求めたそうだ。
ようは長兄と同じ教育を受けさえしていれば、自分だって同じことができる、と。
しかし長兄が実際受けていた教育は、個人の才能を伸ばすより、将来集団を率いるようになった時に、誰か一人を突出させず、満遍なく活用する方法であって、彼個人の才能があったとしても、それを生かしきる状況にならないような教育だった訳だ。
それは大将が直接剣を振るって戦うような事態は既に敗北の段階と心得よっていう、私が姫君からいただいた金言と同じことだ。
どこの跡取りも似たようなことを教えられるんだよ。そこに至るまでに手を打てってね。
自分一人の力で出来ることなど微々たるものだし、寧ろ一人では何にも出来ないから出来る人を見つけてやってもらうとか、そうできる環境を整えるのが自分の役目って叩き込まれて、それに納得できない人間には「長」ってのは向いてない。
自分が何でも出来るって思い込んでるうちは、次男坊はスペアにさえ向いてないってことだ。もしかしたらスペアとしても、早いうちに見限られていたのかもしれない。
でなけりゃ、公に次の族長になるだろう兄に逆らったり、解るように一族の構成人員を「弱い」という理由で見下げたりはしないだろう。そういう態度を許されるというのは、もう期待されていないということの裏返しでもあるんだし。
でもカーリム氏もお父上も、族長であるお母上も一応は注意してたっていうんだから、完全に取り返しがつかないとも思われてはなかった……。微妙なところだな。
アレか? ちょっと思いついて顔を上げると、カーリム氏と目が合う。
「……もしかして、貴方に何かあった時の控えってラシードさんにしようって話が出てたりしました?」
「……実は」
「は!?」
言いにくそうな表情で頷いたカーリム氏に、ラシードさんが飛び上がる。
「な、なな、なんで!?」
「なんでって……お前の方が物分かりが良いし、人の話を聞くタイプだからだよ」
「お、俺、だって、魔物使いの才能とかないし、弱かったじゃん!?」
滅茶苦茶動揺しているラシードさんに、思わずジト目になる。君、菊乃井で何勉強してきたのかなぁー?
そんな私の目線に、イフラースさんが慌ててラシードさんの肩を掴む。そしてぐいっとラシードさんの視線を私に向けさせた。
首を曲げられたラシードさんは、私の目線に気が付いたのか「ひょぇ!?」と悲鳴を上げる。
「個人の武勇なんてものはね、相手が余程特殊じゃない限り、数の前には均一化されるんですよ。ルイさんやエリックさんに教えてもらったでしょ?」
「うぐ……!」
「統治者に必要なのは個々をまとめ上げ、それを一糸乱れぬように目標に向かって進ませられる統率力ですよ。一人の勇者に出来ることは戦場で勇を奮うことですが、一人の王は人を使ってその勇者を戦場に赴かせず、剣を抜く前に殺してしまえる。役割が違うんです」
それが今私がやってることで、これからラシードさんの主戦場にもなるんだけどねー……。
未来を思うと虚無るし、目が死ぬ。喉から出てくるのは乾いた笑いだし。
いつかロマノフ先生が私のお腹を「ベビーピンク」って言ってたけど、もうどす黒くなってるかもしれないな。
でもここで投げることはできない。投げたらレグルスくんにお鉢が回るんだ。あの子にこんな泥水の中にいてほしいとは思わない。
そういうことを考えていると、ふっと引っ掛かる。
「ラシードさんは実子じゃなかったわけですけど、それでも何かあったら家を継がせる気だったんです?」
カーリム氏が重く頷く。
「それも母から聞きましたが、妹の子ならば前族長の血を引いているのだから資格はあるし、ラシードはやっぱり『私達が育てた私達の子』なのだから構わないだろう、と」
「なるほど」
長兄の言葉を聞いたラシードさんが僅かに目を潤ませる。実子じゃないと解ってしまっても、彼にとって親は親。その母親が自分を「私達の子」と呼んだことが嬉しいんだろう。
けどもその嬉しさを目を拭って振り払ったのか、真摯な雰囲気を纏わせ、ラシードさんは首を横に振った。
「俺は菊乃井で生きてく」
「……そうか。いや、おふくろも『今更蒸し返すな』って言ってたんだ。言ってたけど、俺は……」
傍にいてほしかったと、カーリム氏は零す。
カーリム氏は随分若く見えるけど、今年二十五歳。ラシードさんとは十一歳差。次兄とラシードさんは五歳差で、次兄は十九なんだとか。
十一歳も離れてりゃ、そら可愛いわなぁ。
だって赤ちゃんを赤ちゃんとして認識できる歳の差だぞ? お世話だってできるしな。次兄についても自分の後ろをよちよち付いてきたのを覚えてるから、凄く可愛いんだってさ。
気持ちは解るよ。私だってレグルスくんが可愛いし。そりゃもう息してるだけで可愛いもん。でもその可愛いと思うのと、善悪の区別を混同してはいけなかった。本当に今更だけどな。
それでも今回のことに関しては、次兄にワイバーンを献上した奴がいる。それがなきゃ、もうちょっと穏やかに済んだかもしれないが……。さて。
まず目の前のことを片付けていかないと。
私はこきこきと固まって来た肩を解すように回す。
「じゃあ、まあ、カーリム氏には雪樹にお戻りいただいて、ラシードさんが生きていること、裁定が甘いことを、族長とその他影響力のありそうな人に直訴してもらいましょう。それで何日か期限を区切って返答を貰ってください。恐らく無視されるでしょうから、それに対しておかしいと異議を唱えてください。ラシードさんは族長宛に、こうなった経緯、裁定を聞いて怖くて戻れないから菊乃井でずっと暮らすこと、『菊乃井良いとこ、一度はおいで! 移住歓迎、お仕事あります!』アピールを明記した手紙を書いてください。それをイフラースさんを名代にして、カーリム氏とともに雪樹に戻って届けてもらいます。ああ、幻灯奇術でラシードさんが直接話すのを収録した布を渡してもいいかな? 裁定が覆らなかったときは、それを一族全体に公開してください」
「え? は?」
「ちょ、鳳蝶?」
突然の展開だとでも思ったのか、ラシードさんもカーリム氏も目を白黒させている。
だから決闘裁判の下地を作ってるんだろうが。
煮え切らない二人の反応に若干イラっとしてくる。だって私は急がなくたって何の問題もない訳なんだから。だけど二人にはそうする理由があるはずだ。
そう不機嫌混じりに言ってやれば、ラシードさんもカーリム氏もイフラースさんもよく解らないって顔をする。
あ゛ー! 心のぜい肉ぅー!!
「あのね、一応とはいえ次兄は死にやすい前線に配置されてるんでしょう? 本当に不慮の事故が起こったらどうするんです? それにラシードさんが生きてることが、彼を殺そうとしてる連中に知られたら、次兄の口から足がつくのを恐れて口封じされる可能性だって出てくるでしょうが! 次兄もラシードさんも守りたいんだろう!? さっさと動けよ、くっそ鈍いなぁ!」
罪人であることを確定させて、裁きが始まって終わるまでは完全監禁。そういう風に出来れば、次兄を口封じの手の者からは守れるだろう。
まあ、ここまでを企むお母上がいて、むざむざと手出し出来るとは思わんけど。それを教えたりはしない。カーリム氏には当事者意識と危機感が足りな過ぎる。
鍛えてくれってことなんだろうけど、対価はラシードさんとイフラースさんの身柄以外にも絶対分捕ってやるんだからな!
そう思いながら、三人を急かすために「早く!」と机に拳を打ち付けた。痛いぜ、ちくせう!
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




