賭けにしては分が悪い
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次回の更新は、8/14です。
決闘裁判というと、私がルマーニュ王都の冒険者ギルド&火神教団を相手取ってやったヤツが有名。
派手にやっちゃったもんだから、帝都ではそれをモデルにした詩とか出回ってるんだってさ。いやはや、何処の世界も物見高い人達はいるもんだよ。猶、モデル使用料は一銭も入って来てない。くれよ。題材にするなら、金をくれ!
げふん。
「決闘裁判って……?」
ラシードさんはあの騒動の時には私の傍にいたんだから、決闘裁判が「なんであるか」を聞いている訳じゃないだろう。
意図を測りかねてるって顔だ。
「だって次兄はラシードさんに故意にワイバーンを嗾けたことを認めてないんでしょう? でも貴方の側からすればアレは故意で、現在の処遇を『甘い』という程度には不服がある」
「や、甘いのはそうだと思う……けど、不服っていうか……」
「はっきりしないなぁ! お母上のやりようが『らしくない』と感じるのは、『あからさまにおかしいことをしてる』と思ってるからでしょう? ならその『おかしい』のを正さないでどうするんです? ここで『甘い』と思う処分で終わらせたら、前例が出来る。前例が出来たら、後に同じことが起こったときにそれが参考にされるんですよ。貴方はまだ族長の息子同士だから良いけど、これが族長の息子と一般家庭の子女だったら、もっと不公平で権力者に甘い判断の、その前例にされるかも知れないんです。貴方も長を目指すなら、後の誰かのことも考えなさい」
ピシャッと冷たく言い放てば、ラシードさんはしおしおと項垂れる。
だけどここで項垂れなきゃいけない奴がもう一人いるんだ。私はラシードさんから視線を外すと、今度はカーリム氏へと顔を向けた。
「カーリムさん、貴方もですよ。いや、むしろ貴方こそがこの提案をしなければいけないんだ」
「っ!?」
私の言葉に彼は驚愕をその面に浮かべた。
何を呆けてやがる。
「だって族長のやり方に不服があって、どう考えても処分が甘いとしか思えないなら、それに異議を唱えるべきでしょうが。貴方は次の族長で、この処分がまかり通るなら、自分の時の統治に問題が発生すると感じるのであれば猶更だ。何故それを正すために行動を起こさない!? 口だけか!?」
「そ、それは……!」
「異議の唱え方が解らないのなら、教えてあげましょうか? その裁定が理にそぐわない証拠を固めて突き付けるんですよ。それで駄目ならもっと強い存在に訴える。族長より強いもの、それは数です。族長がどんなに強い権限を持とうが、それに従わない人間を増やせばいい。権力は所詮従う者あっての幻想です。従うものがいないのであれば、そんなものすぐに瓦解する。貴方の言っていることが正しいと認める人を増やす。戦いっていうものはそういう風にするんですよ。裁定がおかしいと解っていても、親だから弟だからと異議を唱えることを日和る程度ならお止めなさい。貴方に族長になる資格はないということだから」
顎を上げて見下すように──実際はあっちの方が背が高いから雰囲気だけなんだけど──睨みつけると、ぐっとカーリム氏が呻く。
悔しかろう。一族のことを、家族のことを何も知らない小僧に罵られて。
だけどな、文句は貴方方のきっついお母上に申し上げてほしい。私はそれに乗っかってるだけなんだから。多分。
書斎の机を指先でコツコツと叩く。
立ち話も何だからと、次兄の処遇について話をしている時にソファーを勧めた。イフラースさんは護衛ってことで、ラシードさんの座るソファーの傍に立っていて、オロオロとラシードさんと、ラシードさんの真正面に座るカーリム氏を見ている。
誰も一切声を発しない。響くのは部屋に置かれた時計の針が、刻々と時を刻む音だけ。それが暫く続いた後、ラシードさんがゆっくりと顔を上げた。
「解った。おふくろに、事故じゃないって言う。あれはワザとだって。それでも処遇が覆らないのであれば、俺は下の兄貴、いや、ザーヒルに決闘を申し込む。んで、自分の力で解らせる」
ラシードさんの目にはくっきりと決意の光が宿っている。彼は私が小さく頷いたのを見ると、眉をちょっと顰めた。
「……で、何で鳳蝶は決闘裁判になるって決めつけてんの?」
まあ、解るか。あの言い方だったら裁定が覆らないって、確信があるみたいだもんね。
しかしそれを的確に突いてくる辺り、ラシードさんは何か気が付いたかな?
一方で、弟の様子にカーリム氏が目を白黒させる。
「あのね、貴方のお母上、この件の幕引きというか落としどころを、ちょっと極端なところに決めたのかなって感じるんです」
「極端なところ?」
尋ね返してくるラシードさんに頷く。カーリム氏が聞いてるかどうかなんか知らん。本来は己が気付かなきゃいかんことだったんだ。
彼の存在を眼中に入れず、私はラシードさんに話しかけた。
「うん。あからさまにやってることがおかしいんでしょう? それってワザとやってるんじゃないかなって。私も話を聞くまでは『自分の子ども一人御せないなんて』って思ってたけど、どうもそういうことじゃない気がする」
「……ワザと失策を犯すって、そんなこと……」
理解できないとラシードさんの顔に書いてある。
私だって本当は理解できないし、推論だから違うのかもしれない。でも、だ。
今まで次兄を野放しにしていたのは、長兄であるカーリム氏や彼らの父親であって、母上は能力の封印まで考えていたという。その人が突然方針を転換させて、まるで情に流されるような裁定を下した。それってかなりの異常事態じゃん?
今回のことは、今までと同様命に関わりないことだったけど、現にラシードさんとイフラースさんは行方不明で生死も不明。これで方針転換なんか、おかしすぎるだろう。
仮に息子同士で殺人事件が発生してテンパったにせよ、それならラシードさんの無事が確認できた時点で、次兄の処分が重くなってもおかしくない。
ラシードさんを死んだことにして庇うのであれば、次兄の罪はもっと重くないとおかしい。生きてるからこそ、軽い罪にしか問うていない。そういう風に勘繰られる可能性も出てくるのだから。
何にしたって不自然なんだ。
ならその不自然を、どうしてやっているか?
一つはラシードさんを本当は厄介者と思っていて、捨て去るいい機会だったし、そのいい機会に実の息子を罰する必要はないと考えた。
もう一つは、ラシードさんが亡くなったと思い、これ以上我が子を失いたくないっていう情に流されて決断を誤ったか。
そして後一つは……。
ここまで喋って喉が渇いた。
部屋に備え付けてもらってる水差しから水をグラスに注いで、一気に飲み干す。
なんでこういうさぁ……。
毎度揉め事がある度に駆り出されては、こういう愁嘆場とか修羅場に直面するんだろうな。うっかり虚無が漂うのを気合で阻止して、私はラシードさんに告げた。
「ワザと失策をおかして、それを糾弾される形で、以前からの次兄周りの揉め事の責任を取って長の地位を、自身の失策を糾弾し一族に秩序と平和を取り戻した後継者に譲るため……なんじゃないですかねぇ」
大きく息を吐くと、ラシードさんがソファーから泡を食ったように立ち上がる。その姿に机の上に組んだ両腕に顎を乗せて、にこっと笑ってやった。
「知らんけど」
「いや、知らんのかい……!?」
「知ってるわけないでしょ。私、ラシードさんのお母上に会ったことないんだから」
人となりを十分に知っていたら、こうだって確実に言うだろうけども。そう言えばラシードさんが「そうだな」と素直に納得して、ソファーに座り直す。
さて。
「で、どうするんです?」
このセリフ、最近よく使うな。
そう思いつつ、私はカーリム氏を睥睨した。
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