貧乏くじは誰が何処から持ってくるのか
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「えっと……これいうと、叱られるかもだけど……被害に遭ったのは俺だし……その……」
死にやすい場所とかそういうのは……と、案の定両手の人差し指をツンツンと突き合わせて、ラシードさんは言った。
この野郎、思ってた通りの反応しおってからに!
長兄から次兄の現在の待遇を聞かされて「甘い、とは思うけど」と前置きしてから、そう答えてオドオドと私を見る。
解ってんだよな、私が言うことを。それだけじゃなく、これを聞いた後ルイさんやエリックさんに窘められることも。
けれど長男はラシードさんのそこよりも「甘いと思う」の方に重きを置いたようだ。
「甘い……か」
些か苦しそうに眉を寄せつつ、ラシードさんのお兄さんは彼の頭を撫でる。
事故だって言い張るにしたって、それじゃあ魔物使いとして失格なんだ。それなら能力と資格のはく奪、その後秩序の壊乱を招きかねた咎で一族から追放。この辺りが妥当だろう。
なのに実質は咎めがない状態で次男は置かれている。族長の失策でなけりゃあからさまな贔屓だ。
小さいと思っていた弟にまで指摘されたのが堪えたのか、ラシードさんのお兄さんはそっと目を伏せる。
「ラシードさん、貴方後で補習ですからね?」
「うぐ!? で、ですよねー……?」
じゃ、ねぇんだわー。
へらっと笑って明後日に視線を飛ばしたラシードさんに、にこっと爽やかに笑ってやると、彼の背後にいたイフラースさんがびくっと肩を揺らした。
ともあれ、甘いと私にもラシードさんにも突き付けられた訳で。
長男坊は厳めしい表情で、首を横に振る。
「ラシードも弟だが、アイツも弟なんだ……」
「兄貴……」
「だが……だからと言って許していいことじゃないのも解っている……」
「でしょうね」
彼の言葉にラシードさんは眉を困ったように曲げ、イフラースさんも沈痛な面持ちだ。だけど私は正直白けてる。
事情は解るよ。解るけど、じゃあ、そこに至るまでに何故何とかしなかった?
身内だからこそ、非道を許す時は死なば諸共の覚悟でいなければいけない。これは権力を持つ人間の鉄則のはずだ。
それこそ「ならぬものはならぬのです」だ。
厳しいというのならそうだろう。でもかかってるものが自分以外の多数の命だと思えば、そうならざるを得ない。
そう考えたらうちのひよこちゃんはどんだけ良い子なんだろうね? 私の仕事を理解しようとしてくれるし、頑張って手伝ってくれるし。
この間なんて奏くんとの書類の間違ってるとこ、見つけてくれたんだよね。字の写し間違いだったんだけど、一字違うと全部書き直しだからねー……。
意識を飛ばしていると、不意にラシードさんが首を傾げるのが見えた。何か疑問があるんだろう。視線で「何か?」と問えば、眉間にシワを寄せてラシードさんが口を開いた。
「なんか、おふくろらしくない」
「……というと?」
「ここ暫くのやりようが、おふくろらしくない気がするんだ。具体的にどうって言われても困るけど……」
ちろっとラシードさんのお兄さんに視線をやる。彼も同じことを思っていたのか、はっとしたような顔でラシードさんを見ていた。イフラースさんを窺えば、彼も「あ」というような顔をしている。
なら、恐らくそうなんだろうな。
私はラシードさんに尋ねる。
「どういうところが『らしくない』んです?」
「うん。思えば、俺や鳳蝶じゃなくイフラースに連絡した辺りからそうだし、兄貴に隠し事を悟られてる時点でかなり変だ」
ラシードさんのいうには、以前に彼が私に「おふくろも下手を打った」と言ったのは、そういうところだったらしい。普段のお母上ならば、筋はきっちり通して責任者に直接話をしに行く。今回は秘密を抱えていたからそうしなかったのだと、ラシードさんは判断していたらしい。
それに彼のお母上は嘘は吐かないものの、言いたくないことはそれとなく煙に巻いて、いつの間にかうやむやにさせている感じなのだとか。
それを今回ラシードさんのお兄さん──カーリム氏に悟られてる時点で、常にないことなのだと。
ラシードさんを守るにはたしかに行方不明のままの方が都合がいい。だったら隠し通せばいいものを、カーリム氏にちょっと突かれて、お母上はラシードさんの居場所を彼に話したそうだ。
そうは言っても、こっちがカーリム氏に接触して「貴方のお母上は何もかもご存じですよ」って告げるまで、カーリム氏はその辺には気が付いてなかったらしいから微妙……。いや、ワザと気付かせるために、カーリム氏の動きを黙認していた可能性もあるな。
だとしたら、狙いはやっぱりそういうことなんだろうけども……。こりゃ「次男坊を懲らしめました、大団円!」は無理だな。
つか、そういうことを企む前に報告・連絡・相談しようぜ? 大事だよ。ほうれんそう。
内心で何処かの誰かに愚痴っていると、ラシードさんの視線が私に向かう。
「あのさ、鳳蝶は兄貴に『弟に会いたければ族長から真実を聞いて来い』って言ったんだよな?」
「そうですよ。貴方の命が狙われる理由を、お母上なら正確に知ってるだろうと思いまして。菊乃井にいるっていうのを貴方のお兄さんが知っているとなれば、お母上も話さざるを得ないかと」
「それが宿題か……」
そう。私やラシードさんに面会できる条件として、菊乃井側からカーリム氏に提示したものがそれ。
だって菊乃井にラシードさんが来るにあたって、何が原因で彼が狙われているのかはっきりさせないと、菊乃井に累が及びかねないもん。だから当事者の話を聞きたかったわけ。
それでアレコレ推測するよりはご家族で事情を共有するついでに、こっちに情報を貰おうと考えたんだよね。イフラースさんとは「これ以上追及しない」っていう契約もあったから、こっちからそれを破棄するのは悪手でしかないと考えてたし。それより先にイフラースさんを説き伏せることになるとも思ってなかったしな。
「ええ。菊乃井にいるという物的証拠を見せればいいかと思って、貴方の着てた服が洗濯に出されたときに、ちょっとお借りして兄上に見せて差し上げた訳ですけど」
「いつからそんなことしてたんだよ?」
「夏休みに入る前かな」
より正確に言えば、ジャミルさんが協力を申し出てくれた時点からか。情報が集約され始めたのはオブライエンが来てからだから、彼は彼自身が思うよりその手の才能があるようだ。
閑話休題。
ラシードさんもイフラースさんも、今の雪樹の族長のやりようは何かおかしいと感じている。
そしてカーリム氏も納得しかねるものがある。だからこそラシードさんを、族長の目を掻い潜って探していたのだろう。
その辺を「違うんですか?」と尋ねてやれば、カーリム氏は眉間に深い皺を刻みながら頷いた。
「ザーヒルの、すぐ下の弟のやり方に関しては、俺も母も父も何度も咎めて来た。けれど反抗心を増すばかりで……。揉め事を起こすたびに、魔物使いの能力を封印しようというのは母で、どちらかと言えば温情を与えてほしいと頼むのは俺や父の方だった。だけど今回はどうしてか魔物使いとしての能力を封じようと言い出すこともなく、証拠がない以上蟄居と前線への配置だけで……」
きゅっと唇を噛んでカーリム氏は押し黙る。なるほど、あからさまに変だな。
というか、今まで覚悟がつかずに甘い対応だったのはカーリム氏ってことか。そりゃ「甘いし温い」って言われたら、ムッとするわな。でもまあ元凶の自覚は出たわけだ。
なんつうか、私が言うのもなんだけど苛烈なことするもんだ。跡取りの自覚を促すのに、その弟二人の命を使うんだからさ。怖。
多分、ラシードさんの母上は、かなり早い段階でラシードさんが保護されたのが「誰」なのか解っていたんだろう。更にラシードさんが何を考えているかは兎も角、菊乃井でかなり鍛えられていることにも気が付いたんだろう。
その上でこれなら、乗って差し上げた方がいいんだろうなぁ。
だから誰も彼も、私への期待値が高すぎるってばよ……!
最近ため息ついてばっかだけど、肺の底から大きな息が出て来た。
「仕方ないですね。手っ取り早く決闘裁判に持ち込みましょうか?」
目の前で悲壮な雰囲気を漂わせていた雪樹出身の三名が、私の言葉に目を点にしたばかりか息を呑む。
なんだって毎度毎度こういう貧乏くじをひくんだろうねー……。
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