茨に刺されるのは姫君とは限らない
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ここで雪樹の一族について、少しおさらい。
彼らはコーサラの南に位置し、北アマルナと南アマルナを縦に貫く雪樹山脈に住まう少数民族だ。
系統的には魔族の血の濃い人が多いんだけど、雪樹山脈の麓の人間の村とも僅かながらに行き来があり、そこから人間のお嫁さんやお婿さんを迎えることもある。
彼らは一族全てが魔物使いで、その力をもってモンスターを狩って生計を立てているそうだ。
独立不羈を謳い、人間にも魔族にも中立。一族の結束は固い……筈だけど、最近はそうでもないっぽい。
いや、結束は固いんだろう。しかし、能力の格差で不当な上下関係が出来つつあるようだ。
うーん、これも違うな。
族長の一家の中で有能な次男が、能力的に劣る三男を、見えるように虐げたために、今まで陰で行われていたことが表面に出て来てしまったのだ。
つまり上の人間がやってるんだから、自分達だってやっていい。それだけにとどまらず族長の次男がやってるんだから、自分達強い者が弱い者を抑圧するのは正しいという間違った認識を持たせてしまったのだ。
為政者として、最悪の最低の極み。
「それで、どう落とし前を付けたんですか?」
にこっと笑いかけてやる。目の前には男が一人立っていた。
保護した時にラシードさんが身に着けていたのと似たような、くるぶしまでの長さのある仕立ての良いコート、首元からは立襟のアンダーが覗く。
顔の造りと目の色は辛うじてラシードさんに似ているが、彼より皮膚の色は濃く、髪は燃えるような赤毛。角の形は羊型、全体的に精悍で少しばかり野性味が強い印象だ。
彼の名はカーリム。雪樹の次の長にして、ラシードさんの一番上の兄上様だ。
その彼が、私の視線に耐えかねたように目を伏せる。年の頃は二十を超えたか超えないか……?
弟を助けた礼を一番最初に言った辺りは好感が持てたけど、そこから後が問題。
じっと見ていると、アッチが視線を逸らした。私みたいな小僧の視線に怯むなよなぁ。虐めてるみたいじゃないか。虐めるのはこれからなのにさ。
「……ラシードを殺しかけたすぐ下の弟に関しては、ワイバーンの制御が外れて暴発した故の事故と主張しています。故意に暴発させたという証拠もないことから基本的に蟄居を申し付けています。けれど魔物掃討の時には一番死にやすい最前線に配置することにしております」
「乱戦に紛れて逃げやすいからですか?」
「そ、れは……」
グッと男は唇を噛む。こういうことを言われると思っていなかったのか、それとも彼もそのように思っていたのか。どちらにせよ、疑いを持たれてもおかしくないことを想定していなかったのなら、甘いとしか。
そしてその甘さはここに至って致命的だ。ラシードさんを帰さないでいい理由ばかりが積み重なる。
「まあ、貴方方の一族です。その不透明で身内に甘い……いや、温情に溢れた統治で長いことやってらしたんだ。それが適当なんでしょう。少数民族ですもんね」
「……」
帝国では菊乃井領なんかまだ小さい方だ。それでも雪樹の一族に倍する領民はいる。倍じゃきかないかもしれない。
お前らの温いやり方で通じるのは、お前らが少数だからで、それよりも大勢の民を統治する私に、お前達の理屈が通用すると思うなよ?
言外に含ませた侮蔑と毒の棘に気付いたのか、男は一瞬怒りを目に浮かべた。しかし、それを大きく息をして飲み込んで、男は首を横に振った。
「決して逃がすつもりはありません。ヤツの取り巻きも同じく、それだけでなく能力の低い者を不当に虐げていた者にはそれ相応の報いを受けさせています」
「そうですか」
ほーん、としか。
別にな、次兄を殺せとは言わないんだよ。だけど乱戦に紛れて逃げやすい場所に置くという処置を罰だと思うような甘いやつに、本当に状況を正せるのかって思うだけで。
少しばかり疑いをもって男を見る。それから私は心の中で、己の頬を抓った。
心のぜい肉だ。
私はラシードさんに、一族を見限って新天地を目指す人達の拠り所になってもらって、うちの領で共存共栄を目指してほしいんであって、それ以後の雪樹の一族がどうなろうとも知ったことじゃない。つまり、族長と次期族長である彼を一族の民に見限らせたいのに、その彼と残るだろう人々の心配なんかする立場にないんだ。偽善的に過ぎる。過ぎるが……。
「私は身内を、命は取らなかったものの、社会的に殺して今の地位を獲った人間です。そんな私からすれば貴方方は実に手ぬるい。身内に対して甘いという認識を持たれたら、そこから統治に対して『贔屓』があるのではという疑いをもたれる。その疑いのある時点で、肝心な時にこちらの指示を守ってもらえなくなるかもしれない。貴方の統治は非常に危ういものになるでしょう。解っていますか?」
「……解っている、つもりです」
「ラシードさんはこの菊乃井を、雪樹では能力が低く生き難い人達の新天地にするつもりでいます。その願いに必要なものを彼に学んでもらっていますが、彼ならなんというでしょうね?」
聞かんでも解るわ。
ラシードさんは甘いというだろう。でも甘いっていうだけで、被害者が自分だから許すんだよ、アイツは!
その辺の甘さを削ぎ落すのは間に合わなかったけど、これは仕方ない。私にだってそういうところはあるしな。
苦手なんだよ、自分に何かされたときのリアクション。
自分が我慢して丸く収まるならいいやって、そういうところを私も彼も持ってる。でもそれじゃ駄目なんだ。
私が許せば「許した」という前例を作って、私が許したんだからと他の人間も許さなきゃいけなくなる。権力とか影響力を持つのであれば、後々に与える影響も考慮にいれないといけないんだ。しんどい。
そしてこの男も、一つの一族をまとめ導くという使命を負う以上、そう教育されているのだろう。だからこそ、私の言葉に唇を噛むのだ。現族長、自身の実母のやりように納得がいっていないから。
さて、じゃあ彼らの実母で雪樹の現族長は何を考えているのか──。
自分の内側の思考に沈みかけた私を、扉を叩く音が現実に引き戻す。
入室の許可を求める声に、私より早く男が反応した。
「ラシード!? ラシードか!?」
『!? 兄貴!?』
「入っていいですよ」
『っ! 失礼します!』
許可とともに書斎兼執務室の扉が開くと、ラシードさんが転がるように部屋に飛び込んで来て、後から来たイフラースさんに支えられてる。動揺してるなぁ、大丈夫かね?
体勢を立て直して私にイフラースさん共々一礼する。
「ラシードさん、雪樹から兄上がいらっしゃいましたよ」
来るって言ってたんだから来るわな。でもこういうのって形式的に必要な無駄な会話で。
それを受けてラシードさんは改めてお兄さんと向き合った。
ラシードさんのお兄さんはといえば、頭の先からつま先までラシードさんを確認すると、ヨロヨロと彼に近づく。そして震える手を伸ばし、ラシードさんの手に触れた。
「よく、無事で……! 遅くなって、すまなかった……!」
噛み締めるように呟くと、握ったラシードさんの手を額に押し当てる。
お兄さんがラシードさんを探していたのは、ラシードさんも情報として知っていた。けれど実際顔をくしゃくしゃにして、震えているお兄さんを目の当たりにしてようやく実感が湧いたのだろう。ラシードさんもくしゃりと表情を歪めて、ほろっと涙を溢す。
「うぇぇ……にいちゃん……!」
「ごめんな! 長いこと見つけてやれないで、本当に悪かった! 怪我は本当にないのか? ごめんな、本当にごめん! イフラース、お前も! お前も無事か!? ラシードをよく守り切ってくれたな! ありがとう!」
一息で言い切ったラシードさんのお兄さんは、ラシードさんを抱きしめると、後ろに控えていたイフラースさんにも労いと感謝の声をかける。
兎も角、感動の再会は果たされた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




