ベル・エポックの鐘はなるのか?
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次回の更新は、8/4です。
レグルスくんの話を出されると、譲っていいことなら譲ってしまうのも弱点と言えばそうだよなぁ。
代りに上乗せできる予算はもらえることになったけど、行啓があったらとんとんくらいか?
皇子殿下方との通信の後、ルイさんに連絡を入れて。
菊乃井の春の感謝祭に皇子殿下方二人が参加を望んでいることと、これを受けたら予算が国からちょっとおりることを知らせた。
ルイさんは警備さえどうにかなれば問題はないだろうって感じ。
あと、行啓というスタイルは取らず、夏休みと同様ちょっとお忍びで遊びに来ましたという感じであれば、それほど財政に負担はかからないとも。
うち、皇子殿下方の別宅なの?
あの人達、事あるごとにきたらどうしよう……。
『嫌なのであれば艶陽に我から伝えてやろうか?』
「うーん、嫌というのとはちょっと違うんです。何だろうな? それに伴う厄介事が嫌というか?」
『ふむ。立場の柵というやつか?』
「柵……は致し方ないとして、その致し方なさを何とか飲み下そうとしてるのに、それを蒸し返そうとする大人が嫌というか? 羨ましいと思うなら、出生の最初のアレコレからそっくりそのまま変わる根性あるんだろうな? あ゛? みたいな……?」
『……踏み躙られていたことに対して、正しく怒りを抱けるようになったのは良いことだ』
プスプスとフェルトを刺すニードルを止めると、氷輪様が私のアホ毛を整えるように撫でて下さる。
病気から立ち直った後からずっと、両親には恨みしかないし怒ってたけど、心のどこかで致し方ないと思ってた部分はあった。でもそうじゃない。受けていた扱いはやっぱり不当だった。そう思うようになったんだよね。
勿論いつまで引き摺ってんだって思うこともある。けど氷輪様もロッテンマイヤーさんもロマノフ先生も、怒ってていいって受け止めてくれるからだ。
今だって私の愚痴を受け止めてくれている。
『しかし……艶陽から聞いたことがあるが、第一皇子は本当に楽器が駄目らしくてな』
「あら、まあ」
それは大変。
氷輪様によると、艶ちゃん様も一曲奏してほしいとは言ったものの、実際のところ兄姉神様に彼らの実力をご披露するのにそれしか浮かばなかったらしい。
なので言った後で「楽器が不得手な統理にはまずかったかの?」と、氷輪様のところに相談に来られたとか。
「あー……」
『なので、お前が邪魔だと思えば断ってやってもよいだろう』
「いや、別にそういうことは……」
ちょっと考える。
プスプスとニードルを刺すのを再開しつつ、私は首をひねった。
「楽器の演奏じゃないと駄目なんですか?」
『さて? 百華がお前と弟が一曲奏すると自慢していたのが羨ましかったようだからな』
氷輪様もニードルでプスプスとフェルトをまとめる作業を再開。フェルトの纏まりを確認しつつ、私と同じく首を傾げた。
「うーん、自慢したいのなら音楽はうちからはアンジェちゃんが参加するし、武道方面はどうでしょう?」
『武道?』
「はい。第一皇子殿下も第二皇子殿下もお強いですし、ブラダマンテさんは艶ちゃん様を守るために戦う巫女さんでしょう? まあ、アンジェちゃんも小さいけど、素早さはレグルスくんを超えてますしね。ただ小さい子と大人が拳を交えるのは倫理的にどうかと思いますが……」
『ふむ。皇子連中はまだ子どもとはいえ、そのくらいの歳の冒険者はいる、か?』
「はい。三人でパーティーを組んでもらって」
『なるほどな』
プスプス、プスプスとフェルトをニードルで刺し刺しする音が、夜の室内に大きく響く。
氷輪様が作っているのは、この間会いに遣わしてくれた猫の編みぐるみをモデルにした猫のマスコットだそうな。
この猫のマスコットで練習して、艶ちゃん様に改めて何かを作ってあげるんだって。艶ちゃん様もお喜びになるだろう。
『ふむ、それならば艶陽にそのように提案してみようか』
「第二皇子殿下はもしかしたら演奏の方がいいって仰るかも知れませんけど」
『その辺りは本人達に選ばせてやるように言っておこう』
「そうですね、それがいいかと」
こくっと頷くと、氷輪様が口角を上げられる。
でもちょっと待てよ? なんか引っかかった。引っかかったけど、それが何かよく解らないまま夜は過ぎていった。
それから数日後のある日。
午前中は特に忙しくもなく、日課の菜園や動物たちの世話の後レグルスくんと一緒にお勉強して。
動きというかちょっとした出来事があったのは午後からだった。
ヴィクトルさんがスケッチブック片手に、書斎兼執務室にやって来た。
差し出されたスケッチブックを受け取ると、ヴィクトルさんが微妙な顔をする。
「これ。ほら例のイツァークの友達のスケッチブック。本人は来るの遅れてて、先にスケッチブックを見てほしいって」
「ははぁ」
お言葉に甘えてぺらっと一枚スケッチブックを捲ってみる。
「えー……?」
白い紙の上に描かれていたのは女の子。それも写実的な女の子の絵姿でなくて、なんだか……なんだか……。
「え? 『ひまわり』とか『それいゆ』の表紙?」
「うん? ひまわり? それいゆ?」
スケッチブックから顔を上げると、ヴィクトルさんは反応に困ったよな顔になってる。
いや、私だって実物は見たことない。
見たことないんだけど、前の俺はそのイラストに似た雰囲気の物を見た事がある。美術展、もしくは個展とか展示会ってやつで。
因みに「それいゆ」や「ひまわり」っていうのは、女の子向けの……なんだ? 読み物とか雑誌とかそんなだったはず。
およそ女の子が好きそうなファッションや美容の話題だけでなく、手芸やインテリア、小説やイラストなんかが載せられてる本というか。
デフォルメされた大きな目に小さな顔、すらりとしたスタイルのいいお人形のようなイラストで、背後に花や可愛い動物が配置されていたり。
スケッチブックを更にぺらぺらと捲ってみたけど、次のページもその次もやっぱりそんな感じのイラストが続いている。
それに女の子のイラストだけでなく王子様っぽい男の子のイラストもあった。それだけじゃなく花や植物を直線・曲線と組み合わせて装飾的に描いた──前世のアール・ヌーボーって呼べそうなのもある。かと思えば写実的に、けれど巧妙に省略したりぼかしたりの絵も存在して。
作風が広いというのか多いというのか。
「俺」は花や植物を取り入れた装飾と、人物を上手く組み合わせて作られたポスターを、かつて見た事がある。そのポスターを利用した演劇のパンフレットも。
これは、いけるかも知れない。
「ヴィクトルさん、この人、雇いましょう」
「え?」
「劇団のポスターとパンフレット、それからこれから出すだろう劇団関係の書籍の挿絵を描いてもらうんです」
「ああ、そっか。この雰囲気なら歌劇団の雰囲気に合いそうだね」
「それだけじゃないですよ。装飾が描ける人なら、デザインも出来るかも知れない。舞台の衣装や小物のデザインもパターンを増やすことも出来るかもだし、グッズの幅も広げられるかも!」
ぐっと握り拳を固めると、ヴィクトルさんがほっとしたような顔をした。なんだろうな?
小首を傾げると、ヴィクトルさんが苦笑いする。
「いやぁ、この手の絵って中々評価されないもんだから」
「ああ、なるほど」
でもその評価がなされないことで、うちの劇団の専属になってもらえそうってのが皮肉だな。
これからは菊乃井歌劇団とともに評価を上げていってもらおう。
というわけで、イツァークさんのお友達には直筆で「お待ち申し上げています」と認めた手紙を送っておく。
送付はスケッチブックを返すからと、ヴィクトルさんが請け負ってくれた。
そして。
「雪樹の一族の長男坊が、町の宿屋に入りました」
ヴィクトルさんと交代で部屋を訪れたオブライエンが、静かにそう告げた。
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