敗北の味だって知っている
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、7/31です。
身代わりの魔術はきちんと嫦娥の逆鱗へと定着してくれた。
お高い買い物をしたラシードさんは「ジョウガノゲキリン、トテモオタカイ」とか顔色悪くして呟いていたけど仕方ない。禁呪の身代わりにするのに中途半端な素材じゃ無理だったんだ。諦めて借金を背負ってほしい。何十年ローンになるだろうけど、大丈夫。今回は特別に事情を鑑みて利子はつかないようにしてあげた。
『えげつない、心底からえげつない。お前、怖いって言われるのはそういうとこだぞ……?』
「心外な。ちゃんとお友達価格で提供したのに」
スクリーンの向こうに座ってるのは誰あろう、統理殿下だ。シオン殿下も統理殿下の後ろで話を聞いている。
ラシードさんの封印を解いたこと、彼が南アマルナのやんごとない人の次男だろうこと、そういったことを報告してたんだけど、嫦娥の逆鱗の話をしたらこうだよ。
私から直接ご報告するのであれば、本来は皇帝陛下か宰相閣下、ロートリンゲン公爵閣下に申し上げるべきなんだろうけど、そちらはロマノフ先生とヴィクトルさんでしておくと請け負ってくださった。代わりに皇子殿下方に連絡しときなさいねってことで、今ここ。
皇帝陛下にお渡しした遠距離映像通信用の布は、こうやって活用されている。前世のホットラインってやつだね。
でもまあ、ラシードさんに嫦娥の逆鱗を持たせたことは計算あってのことだからな。厳しいとか怖いとか言われた腹いせじゃない。
そういうと若干訝しげにシオン殿下が小首を傾げる。
『ああ、もしかして示威行為? 菊乃井家には氷輪公主様のご加護があるっていう?』
「牽制って言ってください。物騒な」
酷い言われようだな。
魔族は大抵氷輪様を主神と崇めている。そして嫦娥は氷輪様の飼い古龍だ。
その飼い古龍の鱗、それも逆鱗を与えられるってことがどういうことか、解る人は解る。これは無言の「ぜひ平和的に解決しましょうね」ってアピールなんだ。
統理殿下が眉間をきゅっと揉む。
『まだ売られてない喧嘩を「売ったらどうなるか解ってんだろうな?」って脅すのは牽制とは言わないぞ……』
「おや、解釈の相違ですね」
世の中にはそういう風に思う人もいるんだな、気を付けよう。
一応当家のというか、ラシードさんと私の決めた指針をお伝えして『解った』というお言葉はいただいた。
これで本当にラシードさんのノーブルだかロイヤルだか、やんごとないお父上が正規の手段に訴えてこられても、時間稼ぎに協力してもらえると思っていいだろう。
お国まで巻き込むのもどうかとは思わないでもないけど、悪役ってこんなんだろうさ。文句があるなら、雪樹の一族も北アマルナも踏み越えて菊乃井にいらっしゃい、だ。
息子といえど、たった一人。それも自分が守れなかった失態を取り返すために、国民の屍の山を築く気概があるなら、だけどな。
それでもまだ敵の姿は見えないわけで、こういう準備が杞憂に終わる可能性もある。それはそれで歓迎するとこだけどね。
これ以上の進展があればその時にまた知らせる約束をして、今回のご報告はお終い。
お開きにしようと通信を切ろうとした時だった。
統理殿下が「あ」と小さく零す。その声に、シオン殿下もハッとした表情になった。
『忘れるところだったけど』
「はい?」
『来年また何か催し物をするんだろう?』
シオン殿下の言葉に一瞬止まる。
催し。
そう言われて思い浮かぶものなんか一つだ。
「催しっていうか、砦の慰問会が神様への感謝祭になりましたね」
『それ』
それと言われても。
皇子殿下方が何を言わんとしているかを測りかねていると、統理殿下が真面目な顔を作る。
『えんちゃん様が、「吾も一曲吾のために奏してほしいぞよ」と』
「おぅふ」
いやいやいや。
姫君様に捧げる一曲でさえ全然形にならないのに、もう一曲とかどっちも疎かになって良い物にはならないって。
流石にそれは姫君様にもえんちゃん様にも失礼だろう。そう言おうと口を開きかけていた私に、シオン殿下が手をヒラヒラさせて。
『君じゃなくて僕らにね』
ははっと乾いた笑いをシオン殿下が浮かべる手前で、統理殿下は死んだ魚の目だ。濁っている。
『兄上、覚悟を決めましょうよ?』
『シオン、お前俺の楽器の腕がどんだけ悪いか知ってて……!』
『音楽で死んだ人はいないから大丈夫ですよ』
『耳が死ぬぞ!?』
『大丈夫ですって、いざとなったら防音魔術あるし』
ぎゃあぎゃあと賑やかに兄弟喧嘩未満の言い争いが繰り広げられる。
楽器の才能は本当に生まれ持っての物だからなぁ。統理殿下の心中はお察しいたしますとも。
けども、だ。
「あの、お二人ともそれはどこでご披露するつもりなんです?」
まさかうちの領地に来るつもりじゃないだろうな? そんなまさかな。
ひくっと口元が引き攣るけど、まさかそんなことはなかろう。念のために尋ねてみたけど、そんなホイホイ皇子殿下二人が動くってあり得ないし。
そんな私に画面の向こうの皇子殿下二人が、きょとんとした表情を見せた。
『君のところの催しに便乗させてもらおうと思ってるけど?』
『えんちゃん様からも「鳳蝶のところの催しでよいぞ」と言われているが?』
「いや、仕事は!? 皇子としての仕事はどうするんです!?」
帝位継承権ある人が、そんなフットワーク軽く帝都から田舎に来ようとするな!
言外にそういう意図を込めて「は?」と呻けば、皇子殿下二人が対照的なでも笑みをその面に浮かべる。統理殿下は乾いた微笑み、シオン殿下は満面のそれ。
『鳳蝶、いい事を教えてやろう』
「結構です。聞きたくないです」
『まあ、そう遠慮しないで。僕ら皇族の仕事には神事も含まれていてね?』
「き・き・た・く・な・い・で・す!!」
『えんちゃん様がお望みなら、俺らの菊乃井領派遣は立派な神事。つまり正式な仕事ってわけだ!』
「ぎゃー!? 聞こえない! 聞こえないですから!」
なんでまた行啓やんなきゃなんないんだよ!?
そりゃ「たまには来てもいいですよ?」とか言ったよ? 言ったけど、早くない!?
っていうかこの兄弟、人のこと振り回し過ぎでは!?
ジト目になった私が何を考えてるかなんて、二人はお察しなんだろう。シオン殿下がにやっと唇を引き上げて肩をすくめた。
『僕達がそっちに行くくらい、君がぶん投げてきた問題より全然軽いと思うよ?』
「はぁ?」
『空飛ぶ城に、古の邪教、ドラゴンの破壊神、マヌス・キュア。それで今回は南アマルナのやんごとないお家のお家騒動だっけ?』
「いやいやいや。解決したら国益に適うじゃないですか」
心外な言い方に唇を尖らせれば、死んだ魚の目をしながら統理殿下がへらっと笑う。
『そうだな。だけどそれが解らない人間が一定数いて、数は力に変わるんだ。それを避けるには皇室と菊乃井は同じ方向を向いてるって、機会があったらアピールしておく方がいいんだ。国内外問わずな。そして俺は下手くそな楽器をご披露して、えんちゃん様に優しい目で「努力できるのも才能ぞ?」って言われるんだ……!』
「あー……えー……あー……?」
言われたことあるんだな。それは刺さる。
思わず目を逸らすと、肺の底から吐き出したようなため息が聞こえた。お疲れ。いや、そうじゃない。
「そ、それなら帝都でえんちゃん様への催しを開催なさっては?」
『えんちゃん様が、自分の贔屓する一族の活躍を他のご兄姉様にも見せたいそうだ。そっちには丁度ブラダマンテ様もおいでだし』
統理殿下の言葉ではっとする。そうか、じゃあ、今頃ブラダマンテさんにお声がかかっている可能性もあるわけで。
いや、ブラダマンテさんが参加する分にはいいんだ。彼女は菊乃井の住人だし、あの剣の乙女・ブラダマンテと結びつける人もいやしないだろう。
しかし、皇子殿下方。貴方方はダメです。
きゅっと唇を引き結んで「無理です」のポーズだ。だが。
『あのね、こっちで新しくそういうことするより、そっちの催しに参加する方が安上がりなんだよ。代わりにそちらの催しに補助金出すから』
揉み手でシオン殿下が言う。
そりゃお国で大きな催しを新たにするとなると、莫大な予算がかかる。それならあるやつに乗る方が安上がりだろうよ。
こっちの催しに金銭的援助をしてくれるなら、菊乃井側から文句は出にくいだろうし。
でも言いなりになるのは何か負けた気がしてヤなんだよ!
ぐぬぐぬ椅子の上で唸っていると、統理殿下が『解った』と頷いた。
『宰相に頼んで和嬢もそちらに連れていけるようにしよう。レグルスが喜ぶだろうな?』
「そ、そんな手にの……りますから、補助金沢山出してくださいね?」
あ゛ー、負けたー!!
私は机に轟沈した。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




