いつから悪徳商人じゃないと錯覚していた?
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次回の更新は、7/28です。
だけど「封印を解いてください」「はいはい了解」って言ったところで、すぐに封印なんか解けるもんじゃなくてだな。
ラシードさんの封印を肩代わりさせる魔石が必要な訳で。
封印にもそれぞれ格があって、その格に見合う身代わりがいるんだよね。
ラシードさんに課せられた封印は、施術者の命を削ってなされた禁呪。封印としての格は最上級といってもいい。
なのでその辺のモンスターを倒して得る魔石じゃ、封印を移すなんてことは無理。でも格があうなら魔石でなくてもいい。
となると、アレ、使おうか?
上手い具合に使える材料があるんで、それをラシードさんと一緒に私の部屋に取りに行くことにして、イフラースさんにはその間にヴィクトルさんと大根先生を呼びに行ってもらうことにした。
二人とも今の時間なら、自室にいるはず。
そういうことにして私はラシードさんと自室へ行くと、クローゼットからたっぷりと膨らんだ大きな袋を取り出した。相変わらず、重い。
ラシードさんにも手伝ってもらって部屋の中央にその袋を引き出すと、ラシードさんが腕をプラプラと動かした。
「おっも! 何入ってんの、これ?」
「えー……、鱗? 牙とか爪とか髭もある、かな?」
うん、単なる鱗でも牙でも爪でも髭でもないけど。
若干私の目が死んだ魚みたいに濁ったことには気付かず、ラシードさんがキョトンとする。
「鱗に牙とか爪とか髭……?」
「うん。逆鱗とかも入ってるから気を付けてね」
「うん? 逆鱗? お前リュウモドキだけじゃなく、他にもドラゴン討伐したのか? すげぇな」
感心するように声を上げたラシードさんだけど、そういうことじゃない。
彼の目が心なしキラキラと光を帯びて、私に向けられている。ドラゴンを倒すって、普通はこういう反応になるもんなんだろうか?
だとしたらロマノフ先生から伝説のドラゴン討伐の話を聞いた私の反応って、本当に違ったんだな。次があったら、こういう反応をし……ないな、うん。しない、しない。
凄いとは思うんだけど、そもそもドラゴンと戦うことになる事態が想像できない。そこからして「え? なんで?」ってなって、それ以上の話が頭に入って来ないよね。ほら、私、戦うの怖い派じゃん?
そんな話を鱗の選別をしながらすると、ラシードさんがこっちを胡散臭そうな目で見てることに気付く。
「何?」
「え? 戦い怖い派って、何言ってんのかなって。率先して魔術ぶつけてるじゃん」
凄く不服そうな顔だ。でも私にだって言い分はある。
「あのね、魔術ってだいたい初見殺しなんだよね」
「初見殺し?」
「予備知識がないと回避も防御も難しい、初めての人には対処不可ってこと」
「えぇっと?」
ラシードさんの目がきょろきょろと忙しなく動く。そういえばラシードさんとはそういう話はしたことなかったな。
興味があるならメモを取っても構わないと告げれば、早速彼は私が示した机の上のペンとメモ帳を持ってくる。
戦術談議ってとこだな。
剣や弓、槍、物理攻撃は得物が見えさえすれば攻撃動作は予想に難くない。だけど魔術というものはそこに存在するものを無いようにしたり、存在しないものをあるようにする不可視の力なのだ。
人間型の生き物の情報収集は、視覚に頼むところが大きい。見えないということはそれだけ対応に苦慮する。
「でも反射とかあるし、そもそも詠唱したら何の魔術かバレて防がれるじゃん」
私の説明にラシードさんが口を尖らせた。
「まあ、そりゃ魔術だって万能じゃないからね」
ラシードさんの納得いかなそうな顔に、苦笑しながら話を続ける。
あらかじめ魔術を無効化する装備や、そういう道具を持っていればいいし、魔術を吸収及び反射する魔術すらある。
けれどそれだって万能ではない。何故かといえば【貫通】という効果、或いはスキルがあるから。
それは読んで字の如く、防御壁や反射・吸収系の効果を全く無視して、相手にダメージを与えられるもの。
そして私は自分自身や味方に【貫通】を付与することも出来るし、元々プシュケにも付いている。更にいえば詠唱を必要としないだけでなく、炎の魔術の詠唱をしつつ氷を射出することだって出来る。なので接敵したら最大火力の攻撃魔術を相手に叩き込むのが必勝パターンなのだ。
ただ仲間がいる時は、全員の生存確率を上げる方が優先されて、結果付与魔術を先に使うことになっているだけ。
「ようは力尽くのごり押し……?」
「当たり」
「え? じゃあ、お前より強い相手が出てきたらどうすんの? 【貫通】だって相手より弱かったら無効化されるんだろ……?」
「私が私より強いやつに、無策で喧嘩売ると思う?」
「あー……ないな!」
ラシードさんはにかっといい笑顔で答える。この人の中の私、いったいどういうヤツなんだろうな?
ともあれラシードさんは「参考になった」と、書いたメモを自分の懐に仕舞う。そして袋の中の鱗の選定作業に戻った。
袋の中からはざくざくと、色とりどりの鱗が山のように出てくる。
翠に橙、紫に銀。
翠は姫君様の古龍、橙は艶ちゃん様の古龍、紫は氷輪様の古龍、銀はイゴール様の古龍の鱗だ。
魔力が籠っている物を選んでそれぞれラシードさんの前に並べる。
「どれがいいです?」
その言葉がどうもピンとこなかったのか、ラシードさんが小さく首を傾げた。なので鱗を彼の目の前に透かし見せる。
「加工して何かアクセサリーとか身に着けるものにしたら、封印をこれに移しても持ち歩けるでしょ? 龍の鱗だから、ちょっとお高い装備品だと思わせることも出来るし」
「えー……でもドラゴンの鱗って高いんだろ? そんなのタダでもらえないって」
「誰がタダっていいました? 当然お代は払ってもらいますよ。この代金分だけ、当家でキリキリ働いてもらいますからね?」
何言ってんだ、コイツ。
そういう表情でラシードさんを見れば、一瞬目を見開いてからグッと親指を立てて見せてくる。
「了解」
晴れやかな笑顔を見せつつ、ラシードさんは目の前に並べられた鱗に目を向けた。
それぞれ手に取って透かし見て、色々比べてる。そうして何度かそれを繰り返したあと、おもむろに紫の鱗を手に取った。
「これが一番しっくりする」
「そうですか」
まあそうだろうな。
紫は氷輪様の古龍・嫦娥の鱗。
氷輪様は月の神様でもあって、月光から魔力を得る魔族には主神として崇められていることが多い。雪樹の一族も魔族であることに変わりないから、彼は本能で自ら頼む神様を選んだろう。
彼の選んだ鱗に魔術で小さな穴をあけて、一応無くさないように細い紐を通しておく。
そうして鱗を持ってラシードさんを伴って書斎兼執務室に戻ったら、もうイフラースさんが戻って来ていて。
大根先生もヴィクトルさんも部屋の中で待機していた。
では早速。
ラシードさんを部屋にあるソファーの一つに座らせると、夢幻の王に話しかける。
やり方を聞かないといけない訳だけど、たしか片手に魔石というか身代わりになる物を持ってと言ってたな。
だから片手に嫦娥の鱗を握る。
で、どうするの?
『ラシード君の額に、鱗を持っていない手を当ててください。それから封印の気配を探ってください。魔力で編んだ網のようなものを感じますから、その網をご主人の魔力ですくって鱗の方に「よっこいせ!」って感じで被せたら終わりです』
はいはい、「よっこいせ!」ね。さてはレクス、私と同じで魔術は「考えるな! 感じろ!」で使ってたくちだな?
まあ、いいや。
張り巡らされた封印の細かい糸のような魔力に、私の魔力を更に細かくして添わせる。そうして封印の全体像を把握すると、網を手繰り寄せるように魔力の糸を引いた。ざっとラシードさんの全身を包んでいた魔力の網が、私が添わせた魔力の糸に引かれて、鱗の方へと引き寄せられる。
「じゃあ、はい、行きますよ? よっこいせ!」
「!?」
私の出した言葉に、ヴィクトルさんがずっこけた。大根先生も唖然としてる。そらそうだな、行使する魔力量に比べて「よっこいせ!」じゃあねー……。
かばっと鱗に封印の網をかけ替えると、私の魔力の糸で鱗を包ませるように縫い合わせる。封印の網を被せるより、私の魔力の糸でかけ替えた網を縫合する方が難しかった。
ともあれ封印の身代わりはこれで成功。ほっと一息吐くと、「あ」とヴィクトルさんが呻いた。
「その、鱗……」
「ドラゴンの鱗だって。お代は働いて返すよ」
ラシードさんの言葉に、ヴィクトルさんが青褪める。
「あのさ、ラシードたん。あれ、氷輪公主様の古龍・嫦娥の鱗。それも逆鱗だよ……?」
「は!?」
そういうこと。お高いよ?
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




