エルフが来たりて……
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ヴィクトルさんと帝都でお会いしたのは夏の終わり、秋の始めくらい。
その時に再会を約束したのは二か月後。まだ、半月ほどは後の話だと思ってた。
宇都宮さんに伴われ、レグルスくんの手を引いて屋敷に戻ると、エントランスに四つの人影。
頭二つくらい小さいのがロッテンマイヤーさんとして、後はロマノフ先生とヴィクトルさんだろう。でも、それなら残り一人分の影は誰なのかしら。
徐々に近づいて行くと、困惑したような雰囲気のロッテンマイヤーさんと、しょっぱい顔のロマノフ先生が、唇を尖らせながら目を逸らしているヴィクトルさんと、ロマノフ先生と同じくらいの体格で、右側頭部が細かく編み込んだ、いわゆるコーンロウ。反対側は緩いウェーブを描いて顎くらいの長さの透けるようなプラチナブロンドをくるくる指で弄ぶひとに対峙していて。
何か気不味いような空気を、寧ろワザとであって欲しいくらい明るく、宇都宮さんがぶち壊した。
「ロッテンマイヤーさん、若様をお連れしましたぁッ!」
「まぁ、宇都宮さん! 声が大きいですよ、はしたない」
取って付けたように注意するロッテンマイヤーさんは、なんだかホッとしたような様子で、宇都宮さんに注意するために三人から離れる。
するとプラチナブロンドのひとが、くるくる髪を弄んでいた手を止め、視線を私に投げた。
お耳が尖ってるし、きっとエルフさんだろう。
菫色した切れ長のおめめも麗しく、ぽってりした唇の艶やかなこと。エルフって皆、本当に美形揃いなのね。
「これは噂に違わぬ、まんまるちゃんだね」
「……は?」
「うん、君のことはまんまるちゃんと呼ぼう。後ろの子はひよこちゃんかな」
男性にしては高く、女性にしては低い声で、さらっと丸いとか言われた。
唖然としていると、ヴィクトルさんが眉を跳ねあげる。
「ちょっと! いきなりまんまるちゃんとかなんなの!? あーたんにはちゃんと鳳蝶って名前があるんだからね!」
「ヴィーチャの『あーたん』も、どうなんだって話ではありますよね」
「はぁ!? アリョーシャは僕とラーラ、どっちの味方なのさ!」
「私は鳳蝶君の味方ですよ」
しれっとヴィクトルさんを受け流すロマノフ先生に、「ふふっ」と菫の瞳の人が笑う。
すらっとした長身に、腰に指した剣、長い手足や身体付きは、ロマノフ先生と同じくらいのしなやかさを感じた。
「あー……と、いらっしゃいませ、ヴィクトルさん。それから……」
どなたか問う代わりに視線を向けると、ヴィクトルさんが咳払いした。
「お久しぶり、あーたん。この失礼したのが、前に言ってた『ラーラ』だよ」
「ああ、達筆の『ラーラ』さん!」
「そうそう。ラーラ、自分で自己紹介してよ」
水を向けられると、芝居がかった仕草で胸に手を当ててから、一礼。
そんな仕草が様になるくらい格好良くて、何だかドキドキしてしまう。
「ボクはイラリオーン・ルビンスキー。よろしく。ラーラって呼んでくれてかまわないよ。その呼ばれ方は嫌いじゃない」
「初めまして、菊乃井鳳蝶です。ようこそ、菊乃井へ」
「はじめまして、レグルスです!」
握手のために差し出した手を、ラーラさんが握り返す。その手は肉刺があって固く、どちらかと言えばヴィクトルさんよりロマノフ先生に近い感触で。
同じくレグルスくんも握手して貰ったようだけど、手を握ったままちょっと考えてラーラさんを見上げた。
「おにい……おねえさん?」
「おや。よく解ったね、ひよこちゃん」
「へ?」
どういうことなの?
ぽかーんとしていると、くふりとラーラさんの唇が三日月を象る。
「いかにもボクは、お兄さんじゃなくてお姉さんだよ。でもイラリヤ・ルビンスカヤよりはイラリオーン・ルビンスキーのが、語感が好きだし、お姉さんよりお兄様って呼ばれる方が好きなんだよね。まあ、だからって男になりたい訳じゃないんだけど」
バチコーンとウィンクが飛んできて、私とレグルスくんを直撃する。しかし、美形ビームに怯んだのは私だけだったようで、レグルスくんときたら実に平然としたもんだ。
つまりラーラさんは男装が趣味な女性ってことね。
それにしても、これで人間贔屓のエルフ三人組が揃った訳で。
綺麗なお顔が三つもあると、壮観とか眼福とか通り越して、キラキラ眩しい。加えてレグルスくんと宇都宮さんも美形度なら負けてないから、白豚はちょっと逃げ出したいです。
レグルスくんが人見知りを発揮して、私の腰にしがみついてるから無理なんだけど。
私の腰が引けてるのを察したのか、宇都宮さんに注意し終えたロッテンマイヤーさんがおずおずと声をかけてきた。
「若様、お茶の準備が調いましたので……」
「ああ、そうですね。ご案内してください」
「承知致しました」
そんな訳でお客様方のお相手をロッテンマイヤーさんに任せて、私とレグルスくんは一度身支度を整えるために下がらせて貰う。
急いで部屋に戻ると、レグルスくんと手を洗って、服を着替えて、これまた全速力でレグルスくんを連れて応接室へ。
普段は遊びながら着替えるレグルスくんも、お客様が来てるせいか、すんなりとお着替えしてくれて助かった。
「お客様を待たせちゃだめだものね、レグルスくんは今日も良い子です」
「あい! れー、良い子です!」
「じゃあ、行こうか」
姫君から頂いた布の残りで作ったお揃いのリボンタイで、首もとに同じ蝶結び。
応接室の扉は開けられていて、中からロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんの声が聞こえてきた。
「お待たせしました」
「おまたせしましたー」
声をかけると、三人の視線が一斉に私とレグルスくんに集まる。
両親が不在なので、一応私が屋敷の主ってことでホスト側のソファにレグルスくんと一緒に座ると、ロッテンマイヤーさんが私たちの背後に立った。
「後ろにいるのが、当家の全てを取り仕切って貰っているロッテンマイヤーです。滞在中、何かしらあれば私か彼女にお願いします」
「ロッテンマイヤーで御座います、何事もお申し付けくださいませ」
ふわりと黒いワンピースの裾をつまんでお辞儀する。
マリアさんほど華麗ではないけれど、ロッテンマイヤーさんのそれは背筋が伸びてとても美しいのだ。
目を細めてラーラさんやヴィクトルさんが頷き、ロマノフ先生が口を開く。
「ロッテンマイヤーさんにはヴィーチャやラーラのことは先に伝えさせて頂きました。後は鳳蝶君とレグルス君にご挨拶を、と」
「ああ、そうなんですか」
振り返るとロッテンマイヤーさんが頷くのが見えた。
じゃあ紹介は終わったとして、今日の訪問はどうしてか、理由を伺った方が良いのだろうか。
ラーラさんのことが気になるんだけど。
視線をロマノフ先生に飛ばすと、こくりと頷いてくれた。
「まだ約束の二ヶ月には日にちがあるのにヴィーチャに呼び出しされまして。それで彼に会いに行ったんですが……」
「だってラーラが、あーたんに会わせろって煩くて!」
「用事があったんだから仕方ないだろう。いいじゃないか、どうせ半月後にはこっちに越して来たんだから」
「そういう問題ではありませんよ、菊乃井のお屋敷にも準備があるんですから」
ううん?
何か今、「越して」とか聞こえたけど?
首を傾げると、「あのね」とヴィクトルさんが話してくれた。
「あーたんにお歌のレッスンするって言ったでしょ。だから後半月したらこちらに引っ越して来て、あーたんのお屋敷にお世話になる手筈になってたんだよ」
「へ? そうなんですか!?」
「うん。サプライズにしようと思って、アリョーシャやロッテンマイヤーさんに協力して貰いながら、ゆるゆる準備してたんだよ」
「ふぁ!? そ、そんなことして、大丈夫なんですか!? 宮廷音楽家は……!?」
「それは大丈夫。僕も転移魔術使えるし、呼び出しがあったら直ぐに王宮にいけるから。あーたんちには行ったことないから、アリョーシャに連れてきて貰わないと転移出来なくってさ」
「ああ、それでロマノフ先生に呼び出しが……」
こくこくと頷くヴィクトルさんに、カップの紅茶で喉を潤したラーラさんが、口の端を上げた。
「ボクはそこに居合わせてね、用事があったから一緒に連れてきてもらったんだ」
「違うでしょ! 僕に『菊乃井家のご子息に用事があるから、アリョーシャを呼び出して』って、一週間くらいずっと使い魔使って枕元で囁いたんじゃないか!?」
「ヴィーチャが悠長に『約束は二ヶ月後だから嫌』とか言うからだよ」
睨むヴィクトルさんをどこ吹く風で、ラーラさんはツンと顎を上げてそっぽを向く。
げっそりとした様子で、ロマノフ先生が肩を竦めた。
「私はこの二人のやりとりに巻き込まれて、今ここって感じですね」
「ははぁ……」
何かよく解らんけど、ラーラさんは私に用事があって、ヴィクトルさんは引っ越しの日にちが早まりそうってことかな?
兎も角、用事があるなら聞かなければ。
そう思ってラーラさんを見れば、にこっと笑って懐から手紙を取り出した。
それをロマノフ先生経由で受けとると、表面には紹介状、裏の差出人には「マリア・クロウ」と記されていて。
「マリアさんから……!?」
「そう、マリア……マリーからの紹介状さ」
ふっと吐息で笑う仕草がカッコ良くて、ついつい見とれてしまった。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。