振り切れれば強いヤツ
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次回の更新は、7/24です。
翌日、朝一でラシードさんがイフラースさんを伴って、私の執務室兼書斎にやって来た。
僅か半日くらいの時間で大丈夫なんだろうかとは思ったけど、私のところに来るって事は何らかの答えは出たんだろう。
入室の許可を出すと、扉を開けて私の前まで来ると、ラシードさんが単刀直入に頭を下げた。
これはイフラースさんの不始末の詫び。
いくら雪樹の族長からの連絡で、それで口止めされても、今現在の安全保障を担う私に対して秘密を作ることは背信に値する。主従できちんと話し合って、そういうことで詫びとなったとか。
それに対して私は前日の主張、つまり連絡を取るなとは言ってなかったけど、次からはちゃんと知らせてねってことでペナルティはなし。
甘いって言われりゃ、それまで。
でもそれなら私は立場的に拒めないのを解っていて、ラシードさんじゃなくイフラースさんに連絡を取って来た雪樹の族長のほうに「何考えてるんですか? 菊乃井を危険に晒すおつもりで?」って圧迫面接しなきゃならん。
ラシードさんが母親(仮)にも長兄(仮)にも嫌悪感を抱いてないから、関係を悪くしないように気を遣っているだけなんだから。私の心にもまだかなりの無駄肉があるってことさ。
行儀悪く組んだ手の上に顎を乗せて、私は笑う。
「うん。あの、昨日イフラースと喋ってて、俺もイフラースもだけど、おふくろも本当のおふくろも、大分下手打ってんなって思った……」
「おや」
「本当のおふくろのことは、まだちょっとなんて言っていいか解んないけど、おふくろのほうは本当なら俺か鳳蝶に連絡を取るべきだったんだよな。俺に関しては、まあ、甘ちゃんだからその辺は信用できなかったのかも知んないけど、それなら鳳蝶に連絡を取ってくれたらよかったんだ」
眉を八の字にして、困ったようにいう。
それがたしかだろうな。だって私ないし私の周り、そして菊乃井という領地に信用があるから、ラシードさんを任せたんだろう。なのに私に連絡を取れないって理屈は通らない。
「ただ、その下手を打ったのを解ったうえで言い訳させてもらうと、まだ封印の件は俺にバレてないから、隠し通すには真実を知ってる人間を極力少なくしておくほうがいいって判断もあったみたいで……、いや、やっぱりゴメンとしか」
「隠し事をするときは、真実を知る人間を限定して少数にしておくっていうのは間違いじゃないですけどね。でもこういう場合は知っているほうが、採れる選択肢が増えることもある。第四のルートを潰すのと同じで」
「ああ……」
「まあ、何にせよ謝罪は受けとりました。その件はこれで仕舞でいいですよ」
「うん、ありがとうございます。今後はこのようなことがないよう、誠意をもって何事もきちんと報告します」
「この度は大変申し訳ありませんでした」
深々とラシードさんとイフラースが頭を下げた。彼らに面を上げるよういって、その上でひらひらと手を振る。
「そんなに畏まらなくてもいいですよ」
「一応、けじめってことで」
それなら、それでいいけど。
でも話ってそれだけじゃないんだよな。
ラシードさんが話し出すまで、私は何も言わない。部屋に備え付けられている時計の秒針が、カチカチと進む音が聞こえる。
その音が六十を数える前に、ラシードさんの真一文字に引き結ばれた唇が解けた。
「俺の封印を解いてほしい」
「後悔しませんか?」
「解らない」
決意を決めた顔をしているわりに、そんな事をいう。
「後悔するかも知れないのに、封印を解いてもいいの?」
意地悪するような心持で、ほんの少し首を傾げてラシードさんを見る。彼は私の顔に一瞬目を点にした後、苦い笑いを顔に浮かべた。
「解いたら死ぬって言われるんなら、そら解かないって選択肢しかないけども。でも死ぬ訳じゃない。何だかんだ狙われてるなら、強いほうがいいに越したことないし。それに」
そこで一度言葉を切る。
中途半端に止められると続きが気になるのは人情だろう。視線で「何?」と聞けば、ラシードさんの顔からごっそり表情が抜け落ちた。イフラースさんは明後日の方向に視線を飛ばす。
「それに俺、アリスに負けるんだ……!」
「うん? アリスって宇都宮さん?」
「そう! 五分もたねぇの! 俺、一応上の下辺りの冒険者には、使い魔がいなくても負けないってロマノフ先生達に言われてるんだぜ!? なのに勝てねぇの!」
「お、おう……」
死んだ魚の目っていうか、虚無を漂わせた目で、ラシードさんがまくし立てる。
うーん。宇都宮さんも大分神様からの賜り物で強化されてるからなぁ。
そっと目を逸らす私に気付かなかったのか、ラシードさんは両方の手を勢いよく私の執務机についた。
「アリス、本職はメイドさんで戦闘職じゃないじゃん!? 俺、一応本職は戦闘職に入るんだぞ!? なんでメイドさんに負けんの!? 俺が弱いからだよな、解ってるよ! 解ってるけど……そんな俺にビビッて殺しに来る奴らって何? みたいな……。なんかよく解んねぇなって……。だから、何をそんなにビビってんのか知りたくなったっていうか?」
「えぇ……なんかえらい屈折しましたね?」
「だってマジ解んねぇんだもん。仮に腹違いの兄ちゃんが、封印を解いた俺より弱いからって理由で俺が狙われたとして、そんなんで揺らぐ権威って何? そもそもそんな土台の弱い家ってどうなんだよ? 俺が腹違いの兄ちゃんより強いのが問題ってことは、力こそ正義って感じの家なのか? ならもっと大きな力で更地にされても、文句言わねぇんだな? じゃあ、更地にすれば俺狙われなくてよくね? だってそれが正義だもんな? きちんとした跡継ぎの腹違いの兄ちゃんも、俺の本当のおふくろの友達の第一夫人さんも蔑ろにしてるんなら、その方がよくね?」
「そこまで一気に開眼しちゃったんだ……」
昨日とは打って変わった開き直り具合に、ちょっと引く。
けど、気持ちは解るな。
なんでたった一人、異母弟が現れたくらいでその家の跡継ぎの立場が揺らぐのか。
それは周りの大人が自分達の利益を考えて、横紙破りなことをしでかすからだ。
単にそこに生まれただけの子どもに、何の原因があるってもんだよ。子どもを狙う大人は、臭いものに蓋をして解決した気になりたいだけだ。自分達が安心したいから、安直に弱いところに皺寄せしてるだけに過ぎない。本当にその家や跡継ぎのためを思うなら、担がれる子どもより、担ぐその他大勢を根こそぎ粛清しろよ。
結局のところ忠義だの忠節だの言ったところで、それは自己満足に過ぎないんだ。だから手っ取り早くて、労力の少ない極端な方法を取ろうとする。未来にそれが禍根になる可能性なんか、これっぽっちも考えてないんだからな。
そんな大人のために、ラシードさんが死ぬ必要は全く感じない。彼の周りの大人が正しく彼を守れないのであれば、私がやる。
本人の覚悟も定まったようだし。
口の端を上げれば、ラシードさんもにっと口角を上げた。そこで死んだ魚状態だった彼の目に光が戻っていることに気が付く。
「色々吹っ切れましたか?」
「いや、あんまり。いまだにおふくろがおふくろじゃないってショックだし。でも本当の子どもでなくても、俺がおふくろや親父に育ててもらったのは本当だ。おふくろも親父も上の兄貴も俺に優しかったのは嘘じゃないしな。とりあえず俺は俺の知ってる本当のことを信じる」
「そう」
頷くと、ラシードさんが再び頭を下げた。
「封印を解いてください」
「承知しました」
彼の肩にそっと触れると、労いを込めてほんの少し叩く。
そうしてラシードさんの背後にいるイフラースさんに目をやれば、彼も深く腰を折った。主従の覚悟は決まったってことだな。雨降って地固まるって感じになったなら、それはそれだな。
「じゃあ、上のお兄さんから出てる面会要請どうします?」
「会うよ」
力強く頷くラシードさんに、私も頷いた。
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