「ならぬものはならぬのです」の通常運転
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次回の更新は、7/21です。
ラシードさんやイフラースさんとのお話合いが終わった後、私がすぐさまやったのはルイさんに遠距離通信を繋ぐこと。
何をするにしたって根回しと手回しは大事。
彼がもしこの後誰かに相談するとしたら、現行ラシードさんの先生を務めてくれてるルイさんやエリックさんだと思ったんだよね。
あの二人は善き大人だ。行政を司る者、或いは支配人として責任を担う者、肝も据わってる。
取りあえずルイさんに内密で事情を共有すると、そこからすぐにエリックさんと情報の共有を請け負ってくれた。個人の事情を話すのは気が引けたんだけど、それでも何の情報も無しに重たい話をされるよりは、ある程度知ったうえで話を聞いた方が出せるアドバイスも変わってこよう。
そう言うわけでルイさん達にはラシードさんのフォローをお願いしておいた。
この話をした時、通信用のスクリーンの向こうにいたルイさんもだけど、横で見守ってくれてたロッテンマイヤーさんも物凄く複雑そうな顔してたっけ。
まあ、何となく解るよ。
なんでこんなに次から次へとってさ。
だけどラシードさん達が訳ありって解ってて受け入れたんだ。その訳のスケールが「思ってたんと違う……」って感じのデカさだっただけ。
それにラシードさんがへこんだときに、何とか出来る人がイフラースさん以外にいるっていうのはかなり大事なことだよね。今回はその頼れるはずのイフラースさん自体が「もうどうしていいか……!?」って状況でもあるんだし。
それで、問題はイフラースさんのフォローだけど、これはロッテンマイヤーさん始めメイドさん連中が話を聞いてくれるそうだ。
従者としてどうあるべきかとか、最善は何だったのかとか、多分イフラースさんもグルグルしちゃうだろうし。
「上手いこと振り分けましたね」
「そうですか……? 私一人じゃ背負いきれないから、考え得る場所に放り投げたともいう感じですけど……」
げっそりしつつ、私は先生達の晩酌の時間にお邪魔していた。
眉間に凄いしわでも出来てるのか、レグルスくんがさっきから膝に乗って、私のおでこ付近を精一杯指で伸ばしてくれている。
ロマノフ先生の言葉に、ヴィクトルさんもラーラさんも頷いてくれた。
今のところ間違った対応ではない。そういうことかな。
ため息を吐くと、大根先生が顎を擦っているのが見えた。
「ふむ、雪樹の一族なぁ……。思い当たることがないではないんだが」
「へ?」
「ラシード君だが、彼は今年で十三、四だったか?」
「たしか十四って言ってました」
そう、ラシードさん実は十四歳。宇都宮さんと同じくらいの背丈だからそのくらいかって思ってたけど、本当に同じ歳だったという。
大根先生の話は続く。
二十年ほど前くらいまで、雪樹の一族と南アマルナ王国とは紛争状態にあったそうな。
しかし何故かそれが、ある日突然ピタッと終わったらしい。理由は不明。
もともとその紛争自体は、南アマルナ王国が独立不羈・中立を謳う雪樹の一族を自分達の国に編入しようとしたから起こったものだそうで、紛争が終わったのは彼方の指揮官に何かあってのことだろうっていうのが大方の見解。だって雪樹の一族の独立は保たれてる訳だし。
北アマルナ王国と違って南アマルナ王国っていうのは本当に国が閉じられていて、情報がこちらに中々入ってこない。雪樹の一族も外界と必要以上に馴れ合わない主義なので、情報に乏しい。
でも、南アマルナ王国と雪樹の一族の紛争は終わって、そうして南アマルナのやんごとない身分の人と雪樹の前族長の娘の一人が駆け落ちしたっていうんだから、そこに繋がりがなくはないんだろう。
ラシードさんの父親が単なるノーブルであってくれたら太刀打ちもできるけど、困るのが本当にやんごとなき際のロイヤルだったときだよなぁ。
あぁあ、嫌な予感がするぅ……!
呻くとひよこちゃんがせっせと額を撫でてくれる。うう、レグルスくんは本当にいい子だ。
ついでにロマノフ先生が淹れてくれたティーロワイヤルのカップも、ソーサごと渡してくれた。飲んで落ち着いてってことみたい。
先生の使ってるブランデーはとっても良い物みたいで、紅茶がそれはそれはいい香りで落ち着く。
一口含んでその香りを楽しんでいると、ひよこちゃんがこてんと首を傾げた。
「にぃにはラシードくんのおとうさんがおうさまで、ラシードくんをかえせっていったらあげちゃうの? ラシードくんが、いやっていっても?」
「え? うぅん。本人が菊乃井にいたいって言うかぎり、そんなことはさせないけど?」
「じゃあ、いつもとおなじだね。いけないことはいけません!」
そう言って、ひよこちゃんはにこっと笑う。
そらそうだな。ならぬものはならぬのです、だ。
ロイヤルだろうがノーブルだろうが、そもそも妻子を守れなかった産ませただけ男に、なんで私が遠慮しなくちゃいけない?
私が最も嫌うのは、そういう無責任な親って生き物だったじゃないか。
最初からラシードさんの父親が、協力的な第一夫人の手を借りてでも、彼がいなくとも第二夫人のラシードさんのお母上とラシードさんを守り切れるよう、万全の体制を作り上げなかったのが悪い。
未来を予知するなど不可能? だからこそ人は最悪の状況を想定して危機管理を行うんだ。やんごとない際にある人なら、猶更そうできなくてどうする。
そしてそれは雪樹の族長もそうだわな。自分の子ども一人御せないで、よく一族を管理できるってもんだ。
ふ、ふふふ、ふふふふふ。
「にぃに、なんかたのしそう!」
「いやぁ、うん。そうだよねー。私がラシードさんの親兄弟に思いを致す必要なんかないよね。うん、ない。これっぽっちもないな!」
清々しく笑うと、レグルスくんがパチパチと拍手する。
ひよこちゃんの言葉で目が覚めた。
ラシードさんの父親がノーブルだろがロイヤルだろうが、知ったことか。守り切れなかったヤツが悪い。
そして私が私のしたいことのために必要だと思った人を、そんな間抜けのために手放さなければいけない道理が何処にある。
ふっと口の端を上げると、ひよこちゃんが「にぃに、かっこいい!」と褒めてくれた。
このひよこちゃんが好きな笑顔の練習は、今も寝る前に必ずやってるんだよね。
「で、実際のところロイヤルが出てきた場合どうするんです?」
「ロイヤルが出て来たところで、まずはお国同士の国交からでしょう? その間にラシードさんを、高すぎて抜くのも打つのも出来ない杭にしてしまえば良いだけです。国境を越えて力に訴えるにしたって、まず北アマルナがあるし。よしんば北アマルナを越えられたところで、帝国と戦争する気になりますかね? 私はラシードさんを善意で保護しているんです。これに力づくで何かをするなら、それを国際社会が許しますか? 人倫が、帝国が、冒険者がそれを許しますか?」
紅茶のカップをソーサーごとレグルスくんに渡すと、彼はそれを私達が座っているソファーの横に据えてある小さな丸テーブルにおいてくれた。
親はたしかに血という一点だけで、正統な親権者を名乗れる。けれどその血の繋がりを凌駕出来るほどの実績を広く知らしめられれば、その正統性を超えられる訳だ。今回はその正統性にちょっと日和った。というか、ラシードさんの連れて来られた手段が尋常じゃないから迷ったけど、その尋常じゃなさと「今、命を狙われている」という事実は別物だ。勝ち目は十分にある。
「私、負ける戦いはしないんで」
にっと笑みを深めると、ロマノフ先生が薄く笑う。
「君がそういうのであれば、私達はそれに向かって動くだけです。さて秋口までに彼ら主従には、もう少し強くなってもらいましょうか」
「そうだね。二人とも筋はいいんだし、教え甲斐はあるよね」
「ラシードたんの封印を解くときは言ってね。僕もその神聖魔術、興味あるし」
「ああ、吾輩も。レクスの城の調査の一環で、ぜひ見学させてほしい」
ラーラさんやヴィクトルさんや大根先生もニヤリと悪い笑顔だ。勿論、私の膝の上のひよこちゃんもきりっと悪いお顔を作っていた。
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