その時の最善がいつまでも最善とは限らない
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次回の更新は、7/17です。
仙桃や変若水、非時香菓っていうのは、食した人間の気力や体力を回復させ、潜在能力を引き出し、若返りの効果を齎す。
食べた人間が若い場合は、その時点の最高のパフォーマンスが引き出せる状態に保ってくれるようだ。
でも一口くらいだったら、そんなに劇的に変わったりしないらしい。ただ、その一口っていうのが微妙で、毎日一口っていうんじゃなく生涯一口ってことだった訳で。
毎日事あるごとに口にしてれば蓄積されて、丸一個食べたような効果がでてもそりゃ不思議じゃない。
この私の致命的なうっかりを正してくれたのは、ヴィクトルさんだった。
ラシードさんの封印がここ最近急激に薄まってる……薄まっているって言い方が正しいのかは定かじゃないけど、彼の本来持っている能力が外に漏れ出てるみたいだって教えてくれたんだけど。
その時に「何で?」って首を傾げたら、ヴィクトルさんが「だって毎日御利益のある物食べさせてるじゃない」って。
止めてよ!? って思ったんだけど、ヴィクトルさんが微妙な顔で「彼の戦力増強のためにワザとやってるんだとばっかり」ってさ。
悪役面の弊害だよ、なんてこった。
「そんな……あの封印は、破られたら最後。もうかけ直しが出来ないモノなんです……!」
私の説明に、イフラースさんが悲鳴に近い声を上げた。
目線だけで「何故?」と問えば、イフラースさんが肩を落として。
「あれはアーティカ様が命を削ってかけた封印なのです。全能力を封じる代わりに封印を課せられた者に、万が一のことがあればただ一度蘇生の秘術が自動的にかけられるという……」
「自分の生命力を削って相手に行使するっていう辺りで、滅茶苦茶禁呪ですね」
「はい。ですがご自身が長くないことを悟って、ラシード様のことも、ファーティナ様とそのご子息のことも守るためにはこれしかないと思い詰められて……」
その行いが良かったとか悪かったとか、軽く判断できるものじゃない。
ただそういう話であるなら、彼の再封印はやらない方が良いだろう。それに無理に封印をはぎ取るのも違う。
さて、どうしたものか。
こめかみをグリグリ揉んで考える。
「……私は封印自体は破れてもいいと思うんです」
私の言葉にイフラースさんが目を見張る。
いや、封印の意味は解ってるんだけど、現実問題として今のラシードさんにその封印はメリットがないんだよな。
雪樹で身分を隠して、能力の低い三男として暮らしていくなら封印は必要だったかもしれない。けれど、これは命を狙われる危険がない場合、だ。
実際にはラシードさんは命を狙われている訳だから、それを退けるための力がどうしたって必要になる。
力及ばず殺されてしまっても、ただ一度蘇生の秘術での蘇りは可能だ。
だけどその一度の蘇生が成った後、また命の危険に晒されたら?
今度こそ封印されたままで生き残ることは難しいだろう。
ラシードさんが雪樹を出て菊乃井に完全に定住すればどうか?
これは今の菊乃井の状況が続くなら、封印はあってもなくてもどちらでもいい。
けれど怖いのが実の父親が出て来たときだ。封印を課せられたまま、実の父親に引き取られた場合、菊乃井のような守りの壁がある保証がない上に、恐らくそこは安住の地どころか敵地のど真ん中だ。
蘇生なんか一回や二回で効くかどうか。
それを考えれば封印はもう破棄して、打とうにも打てないくらい高く出た杭になる方がいいのでは?
私が考え得るメリット・デメリットの話をすれば、イフラースさんは神妙な面持ちで黙り込む。
「或いはラシードさんのお父上が、身内可愛さに公の立場を忘れない人であれば、ラシードさんが強くなることで彼を諦めさせられるかも知れない」
「え……?」
「死んだ次男が生きていただけでも、そのやんごとないお家は混乱するでしょう。しかも今になってラシードさんを排除しようと動き出した誰かがいるということは、そろそろ跡目相続に関して何かが動こうとしているんだと考えられる。今更ラシードさんに出て来てもらっては困るから排除しようとしているんでしょう。嫡男の立場も弱いのかもしれない。まともな政治的感覚を有している人物なら、そんな不安定な家を猶更混乱させるような真似はしないんじゃないかと。つまり嫡男を凌ぐほど強い次男を引き取ったときに起こるだろう不都合を考えられる人なら、ラシードさんを捨て置くはずだ。愚かにも乱を起こす方を選ぶなら、逆にラシードさんから三行半を突き付ける事だって出来る。そんな愚か者を父とは認めない、とね」
ようは敵にも、味方として数えていいのか解らない父親にも、ラシードさんに対して「触るな危険!」という認識をもたせた方がいいってことだ。
菊乃井にいる限り、彼はどちらの害にもならない。そう思わせればこっちの勝ちってこと。
いうて私が既に色々「触るな危険!」って感じになりつつあるから、バックに私がいてラシードさんに手出ししたらエゲツナイ目に遭わされるっていう誤認でもいい。
そう伝えればイフラースさんの眉間に僅かにしわが寄る。
判断に困るってところなんだろうな。
こういうのは本人か、封印に関わる大人と本来相談すべきことだよな。でも当事者であるラシードさんが知らないんだもん。なら事情を知ってる人間が判断するよりないわな。
私としては封印もラシードさんに話せばいいのにって思う。
それだけラシードさんを守りたかったし、同時に友達とその子どもでラシードさんのお兄さんを守りたいっていう、ラシードさんのお母上の親心と真心だなんだから。
けどその封印のせいでラシードさんが不必要に虐げられたのも事実なんだよなぁ。
またもや沈黙が降る。
かちっと正しい答えが出ない問題は、そこにあるだけで悩む人間の精神を疲弊させるんだ。
私もしんどくなってきてため息を吐こうとすると、頭の中に小さく呼びかけてくるものがあって。
『あの、ご主人』
なに? 今忙しいんだけど?
ついぶっきらぼうに返したけど、腰につけてる夢幻の王からの呼びかけだった。
『彼、ラシード君? あの坊やに課せられた封印ですけど、破っても蘇生の秘術だけ魔石に移して残しておくっていう魔術がありまして!』
お、おお!?
『どうです? 削るものは命じゃなくて、ご主人の魔力なんですけど。それも今なら消費魔力三分の二くらいで抑えますし! やり方は簡単。片手に魔石を握って、私が教える魔術を使用して呪い……この場合封印ですけど……を、握った魔石に移すだけの簡単な神聖魔術ですよ! ちょっと名のある大司祭さんとかじゃないと使えないやつなんで! 私もレクスが一回使ったの見たことあるだけなんで、もう一回みたいんですよ! おねが~い!』
脳内にくねくねうねるベルトの映像が流れ込んで来た。気持ち悪い。
しかしまあ、無理矢理剥がすにしたって、ラシードさんのお母上が残した蘇生の秘術は破れることなく、ラシードさんの身を守るに使えるなら悪くないのでは?
苦悩が続いているイフラースさんに「あの」と声をかけて、今しがた夢幻の王に聞いた封印の剥がし方を説明する。
するとイフラースさんの目に懊悩とは別に、光のようなものが宿った。
「それを使えば、ラシード様へのアーティカ様のお気持ちは残せる、と」
「はい。そのようです」
私の返答にイフラースさんはきゅっと唇を引き結ぶ。それから視線を忙しなく動かしていたから、自分の中の答えが正しいのか随分迷ったんだろう。
ややあって、きゅっと固く結ばれていたイフラースさんの唇が解けた。
「ラシード様に、全てお話しします。時間をいただけますか?」
「私は構いませんよ。ラシードさんのお兄さん……雪樹の長男坊さんから面会要請が来てましてね。それも併せて伝えてください」
「承知致しました」
深々と腰を折って一礼すると、イフラースさんは書斎を後にした。
はー、疲れるぅ……。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




