悪徳商人の天敵は正しい手順と手段
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、7/14です。
だけどこんなことで思考停止は許されない。
「……で、どうします?」
「へ……」
「酷なようですけど、貴方は身の振り方を考えなきゃいけない」
精神のキャパシティーが一杯になっていて、どんな顔していいのか解らない。そういう雰囲気のラシードさんに、私は現実を突き付ける。
彼が方針を決めないと、今回の物騒な兄弟喧嘩の裏で糸を引いているヤツへの対応がブレる。
「俺は……」
ラシードさんが言い淀む。彼なりに与えられた情報を整理しているんだろう。
簡単に取れる行動は三つ。
このまま菊乃井で志を果たすか、或いは彼の「やんごとない身分の父親」に事情を明かして保護を求めるのか。雪樹の一族に戻ったって構わない。今の彼の力なら、次兄に負けやしないだろう。
そんな話をすると、ラシードさんは首を横に振った。
「雪樹に戻る気も、本当の父親のとこに行く気もないよ。だって今の話だと、俺、腹違いの兄ちゃんの邪魔になるって思われてるってことだろ? 本当のおふくろが嫌がったことをするのは、なんか違うし……」
いきなりこんな話を突き付けられて、内心は凄く動揺しているだろうに、ラシードさんは腹違いの兄やらに思いを馳せている。
本当に罪悪感が酷いな。
こんな問題、いきなり答え出せってひど過ぎるよね。
ただどうしても彼の意志を確認しとかないと、もっと揉める事案が起こるかもしれないもんなぁ。もう本当にやだ、こういう役回り。
心底から大きくため息を吐く。そして思いっきり私は顔をしかめた。
「意地悪なことを聞きましたね。だけど方針を立てておかないと、第四のルートに対抗できないので」
「第四のルート?」
きょとんとラシードさんとイフラースさんが瞬く。
一番厄介なのは、恐らくこの第四のルートを潰す作業じゃないかな。
そう呟けば、二人が怪訝そうな顔をした。似た者主従だ、表情が兄弟でもないのに雰囲気似てる。
「潰すって物騒な……」
「物騒……にしたくないから知恵を絞らなきゃいけないって話ですね。第四のルートって、貴方の本当のお父さんが、正規の手段で貴方を取り戻そうとしたときのことですよ」
「!?」
二人が大きく目を見開く。顔に「まさか」って書いてあるけど、これが一番厄介で私が対抗しにくいルートなんだよねぇ。
ラシードさんの実父のやんごとない人が、自分の息子の生存に気が付いて、更に妻の忘れ形見を取り戻そうとしたとき、正規の手段、即ち国同士の外交ルートやらでラシードさんの引き渡しを求めてきたら、私は拒否する理由に乏しい。
だって彼を守るために保護してるんだもん。同じ理由を掲げるならば、血縁関係があるほうが強い。
ぶちぶちと愚痴るように言えば、ラシードさんの顔色ががらっと変わる。
「ヤベェじゃん!?」
「そうなんだよ。どれだけこっちが契約があるからって言っても、親の許可がない契約なんか弱いの! 生命がかかってるんだから、それだと不平等な契約だって飲まざるを得ないってね? 悪徳商人は正規の手段の前には無力なんだよ!」
「あわわわ! おれが自主的にここにいるってことにはならないのか!?」
「貴方がやんごとないご実家から連れ出された経緯が既に誘拐みたいなものだから、被害者意識を持てないように洗脳されてるって理屈が通っちゃうんですよねー……」
「そんな……! 自分のせいで……!」
ラシードさんもイフラースさんも涙目だ。私も奥歯をかみ砕きそうだ、ちくせう。
はー、こういうときの法律の難しさよ。
事実が色々明らかになって来ると、彼を守るために交わした契約が、今度は枷になって来る。
まあ、それでもルートを潰す方法はある訳だ。勿論それをラシードさんが望むなら、だけど。
本当はもっとゆっくり時間かけて解決するもんなんだろうけど、現状そうも言ってられない。
「本当に酷だとは思う」と付け足して、再度私は彼の意向を尋ねた。
「……何か目が回るくらい色んなこと聞かされてあれなんだけど、とりあえず菊乃井にいたい、とは思ってる。なんつーか、実感が湧かない……」
「ですよねー……」
そうだろうさ。いきなり今の今まで親兄弟と思っていた存在が、そうじゃなくて伯母で義伯父で従兄弟だったんだから。
これだけでも十分ショックだろうに、更に異母兄がいて、恐らく跡目問題で命を狙われてるんだろうなんて話をされて、全部が全部受け入れられるはずがない。
私もレグルスくんの話を聞いたときは、色々思ったもんだし。
嫌な感じの沈黙がしばし続いて、はっとしたようにラシードさんが私に顔を向けた。
「あのさ、秋口に雪樹にいくのはどうなるんだ?」
「行きますよ。寧ろ第四のルートを潰すには、お母上と会ってきちんと貴方を菊乃井に迎えるというふうに話を付けた方がいい」
「保護者から了解を取るってことか?」
「はい。それでも貴方は誘拐されていたようなものだから、それが通るかどうかは怪しいです。けどそれならそれで、次兄を通して貴方を殺そうとした誰かの首を、あっちに突きつけてやればいい。父上の元では安心して生きていけない、とね」
「あ……」
「雪樹も父上の膝元も、菊乃井より安全でない。それをご理解いただければ、第四ルートは彼方から諦めるようにもできるでしょう」
首っていうのは比喩だけどな。こういうことにおいて人死には出さないほうが優位に立てる。
それにラシードさんの実父は、まだ彼の生存に気が付いていないってことも考えられるしな。
やっておけば、未来において実父がラシードさんの生存に気が付いたとして。
実父がラシードさんを取り戻そうにも「こんな危険があるのに?」と突き付けることで、ラシードさんの意志を尊重させることは出来る。
今現在の方針はこれでいいだろう。
つらつらと話せば、ラシードさんもイフラースさんも頷く。
なので今日はこれで仕事を終わっていいとラシードさんに告げた。気持ちの整理や事情を飲み込む時間、或いは心を休める時間を持つ方がいい。
ラシードさんもそれを理解しているのか、わずかに苦笑して書斎から出ていく。
その後ろを追うイフラースさんを、私は呼び止めた。
ラシードさんのことは、部屋の天井に静かに潜んでいたタラちゃんが追いかける。
「封印の件なんですけど」
外に声が漏れないように防音結界を張る。
イフラースさんは困ったように眉毛を八の字に曲げた。
「あの、破れそう……とは?」
「そのままですよ。これは私のうっかり……にしても、致命的だなって思うんですけど、本当にうっかりで」
「はあ……?」
普通なら起こりえないことが、うちには起こることをうっかり失念してたわけですよ。
それって何かと言いますと。
「うちって神様がよくおいでくださるじゃないですか」
「ああ、はい。あの、えんちゃん様や百華公主様はご尊顔を拝したことがありますので……?」
そうだよ。ラシードさんもイフラースさんも、えんちゃん様とは言葉を直にかわしてるし、姫君様はロッテンマイヤーさんとルイさんの結婚式にご出席くださったときにいたもんね。
だからそれに関しては解ってる。イフラースさんは表情でそう告げていた。しかし、だ。話はそこが核心じゃないんですよねー……。
「その神様方からありがたくも色々と頂戴することがあってですね。仙桃とか変若水とか非時香菓とか……」
「ぅえ!? せ、仙桃!? 変若水!? ときじくの、え!?」
イフラースさんの顔色が青から白に変わっていくのが解る。褐色の肌なんだけど、明らかに血の気が引いていた。
大方そんなものを知らずに食べていたのか!? って感じなんだろうけど、違うんだよなぁ……。
「美味しいものはなるべく皆で食べられるように、ジャムにしたり氷菓子にしたり、パウンドケーキにしたりって感じで、一人一口あたればいいかなくらいでそれぞれ作ってもらってたんですよね。そうしたら急激に能力が変化することもないだろうし、と」
「え、や、でも、そのパウンドケーキも何度もいただきましたし、ジャムだって紅茶にいれて何度も……?」
「ええ、はい。何度も。あと紅茶のお水もご飯炊くお水も、料理に使う水は変若水なんだそうですよ……」
「……え?」
「毎日食べてたら、蓄積されて仙桃丸一個食べたような効果が出ても不思議じゃないんですよねー……」
えへ?
にこっと私史上最大にあざとく笑うと、イフラースさんが天を仰いだ。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




