世の中は思うより突飛なことが多い
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、7/7です。
複雑ではあるけど、思えば単純な話だよね。
父親が兄弟と違うことで彼が命を狙われる理由がない。だって一族の跡取りは、もう長男って決まってるんだから。どっちかと言えば、命を狙われるのは彼じゃなく長男だし、次男が狙われてないのも変だろう。
でも実際命を狙われているのはラシードさんな訳で。
跡継ぎ問題で雪樹の一族が揉めていないのであれば、ラシードさんが狙われる理由もないのだ。
でもそうじゃないんだから、あと考えられるのは一族への恨みだろうけど、それならラシードさんを狙うよりやっぱり長男だろう。
なら後はラシードさん個人に理由があるとして。
一族を率いる族長の息子の能力を封印するなんてデメリットしかない。あえてそれをする理由があるのかっていう?
それをするくらいなら最初から生まない、或いは養子に出すっていう選択を迫られるだろう。愛情ってものを一切勘案せずに、だけど。
じゃあ能力を封印してでも、ラシードさんを育てないといけないって何なのか?
それを考えると、ラシードさんの能力を封印してまで族長の息子として育てるメリットよりも、能力を封印されたラシードさんが族長の息子として育てられるメリットのほうが大きいんだよね。
だって族長の息子で、能力がかなり低かったら護衛を付けていても不自然じゃない。雪樹は厳しい環境だから、それでイフラースさんがいても陰口を叩かれたり後ろ指を指されたりはあるだろうけれど、三男坊に護衛がいる不自然さは薄まるだろう。カモフラージュ出来てる訳だ。
そしてイフラースさんの反応。
雪樹の一族の族長さんはラシードさんの母親だ。にも拘わらず、彼は私の問いに「是」と返さず「ラシード様のお母上」と言い続けた。
これは同じようで違う。
イフラースさんの反応の不自然さに言及すると、イフラースさんが唇を噛んで目を伏せた。
「なんで……?」
一方でラシードさんが怪訝そうな顔をする。
何でって。
理由は観念したのか、イフラースさんが告げた。
「宇気比で嘘を吐く訳には……」
そう。
彼は私の指に魔術の火が点いたときに、宇気比を仕掛けられたと思った。
だから私の「雪樹の族長ですよね?」という問いかけに対して、イフラースさんは「ラシード様のお母上」としか返せなかったのだ。
そう聞いて、ラシードさんが目を大きく見開く。
「え? あれ、宇気比じゃないだろう?」
「へ……?」
ラシードさんの言葉に、今度はイフラースさんが目を丸くする。
そして二人の視線が私に向いた。
「え? だってイフラース。嘘を言ったらどうなるとか、嘘じゃなかったらどうとか言われてなかったじゃないか……?」
「は? え? で、でも……!?」
「ラシードさんが正解ですよ。宇気比は神事。きちんと『何々が偽りであれば呪われる、偽りでなければ呪われない』っていう宣誓がなければ成立しません。その辺は厳密なんです。貴方が答えを微妙に逸らしてくるだろうと思ったので、その確認のために宇気比だと誤認させただけですよ」
私の言葉を聞いたイフラースさんがへなへなと床に座り込む。
バラス男爵の一件から、宇気比っていったら泣く子も黙る私の切り札みたいに言われてるもんな。でもそのお作法は人の口を通って変質して、色々変わってたりするんだよね。
で、変質していく話を私は一々否定しない。菊乃井において吟遊詩人がさも見て来たような嘘を歌っていても、フィクションだし表現の自由だし、正しい手順はきちんと神事の本に載っているから調べたら解る。
そしてイフラースさんはラシードさんの傍にいる者として、色々私のことは調べているだろう。調べなくっても、脚色された吟遊詩人の歌は私の耳に届いているのだから、ラシードさんやイフラースさんも知ってるはずだ。
案の定仕掛けて見れば思った反応──嘘は言えないから、問いかけに対して「ラシード様の母上」とだけ言い、雪樹の族長であることははっきり肯定しないという反応をしたっていう。
それって肯定できない事情がある。つまりラシードさんの母上は雪樹の族長ではないってな。
ラシードさんが正解をちゃんと理解していたのは、神事はきちんとした手順を守ってやらないと成立しないって、口酸っぱく教えたからだろう。
因みにラシードさんに親御さんに似ているかどうか聞いたのは、似ているのならば彼と雪樹の族長に血縁関係がなくても誤魔化せるよなって考えただけのこと。
似てなきゃラシードさん本人が違和感を感じて、命を狙われる原因としてあげてくるだろうし。それがないんだから、十中八九似てるんだろうって思ってたさ。
我ながらひねくれている。
大きく息を吐いて、固まっている肩を回す。こきこきと音がしたから、結構凝ってるな。
そんな事を思っていると、ラシードさんがイフラースさんの傍に座る。そしてその肩に労わるように手を置いた。
「イフラース……お前……」
「ラシード様、自分は……!」
「鳳蝶相手によく粘ったなぁ……!」
「ちょっと!?」
聞き捨てならないことを聞いたので、ラシードさんに抗議するように声を上げる。
すると彼は下から私を棄てられてた子犬のような目で見て来た。
「だって! この手の問答でお前に挑むとか、どう考えても無理じゃん!? 蛇に呑まれた蛙が、その腹から逃げおおせるより無理じゃん!? だけど上手いこと誤魔化そうと……! イフラース、お前頑張ったな!!」
「どういう意味さ!?」
なんて言い草だ、この野郎!
でも、そんな言葉を主からかけられたイフラースさんは、何だか感極まって半泣きでラシードさんと熱い抱擁を交わしている。
今のやり取りの何処に感動する要素があった……?
感激屋二人のあり様にドン引きして暫く、ラシードさんがイフラースさんの肩に埋めた顔を上げる。
なので私はジト目で声をかけた。
「もう、いいです? 話、先に進めても」
「あ、うん。ごめん。何かイフラースがすげぇ頑張ったんだなって思ったら、おふくろがおふくろじゃないとか、驚きが薄まって来た……」
「ああ、そう……。いや、貴方がそれでいいなら、いいけど……」
とは言ってもショックはショックなんだろう。ラシードさんはイフラースさんの手を握っている。
いや、ショックすぎてパニックを起こして、そこから気を逸らすためにイフラースさんの頑張りを肯定して、一周回って落ち着いたってとこか。
私も気分を変えるために、咳ばらいを一回。そうして改めて口を開く。
「貴方は理由があって、族長に預けられたんではないですかね。例えば何処かのやんごとない人の子どもで、故あってその人の手元では育てられない。だから貴方を縁のあった雪樹の族長にあずけた……。そして貴方が命を狙われるのは、貴方の本当の親である人に何かあって……跡継ぎ問題が妥当かな? 貴方に今更出て来てもらったら困る誰かが、貴方の命を狙っている……とか」
「えぇ……? 突飛すぎねぇ?」
「そんなこと言ったら、命を狙われること自体が突飛なんですけど?」
「それは……そうか……」
ラシードさんが「なるほど」と頷いた。
で、そのラシードさんに手を握られているイフラースさんに、二人して視線をやる。彼は私達の視線に頷くと、大きく息を吐いた。ため息っていうより、決意を固めたって感じ。
「その……閣下の仰せの通り、ラシード様のお母上は今の雪樹の族長様ではないのです。族長様のお亡くなりになった妹様が、本当のラシード様のお母上様で……」
「おふくろの、妹?」
「はい。南アマルナのやんごとない身の上の方に見初められて……。でも元々身体があまり丈夫でなかったラシード様のお母上様は産後の肥立ちが悪く、二月経たぬ間に身罷られてしまって……。ラシード様のお母上様のご友人様が協力して下さり、自分がお母上様の遺言に従って雪樹の族長様、今のラシード様のお母上様の元にお連れしたのです。今まで隠していて申し訳ありませんでした」
静々とイフラースさんが頭を下げるのを、ラシードさんは声もなく見てた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




