秘密保持と知る権利の狭間で
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次回の更新は、7/3です。
雪樹の一族の族長から小鳥型のモンスターを通して連絡があったのは、丁度オブライエンと威龍さんが屋敷に忍び込んで云々の頃だったとか。
当然連絡が来たことを報告しようとイフラースさんは考えたらしい。しかしそれを留めたのは雪樹の族長だったそうだ。
敵が近くにいないともかぎらない、と。
どういうことか測りかねているうちに、火神教団やら古の邪教やらが関わって来て、ずるずると言えないままになって。
族長の言葉の意味が解ったのは、火神教団とルマーニュ王国王都の冒険者ギルドとの決闘裁判の勝敗が決した情報を聞いたときだったそうだ。
火神教団は亡くなった宗主達をネクロマンシーで蘇らせた。
ラシードさんを襲った次兄のワイバーンも、ネクロマンシーで生きているように偽装した躯。
「同じネクロマンサーが関わっている、と?」
「そういうことなのだと思います。ネクロマンサーも魔物使い同様、そうそういない職業ですし」
言われて少し考える。
魔物使いと同様、ネクロマンサーも生まれつきの素質が物をいう職業だ。
まず魔術が使えることが前提で、その上で普通の人より死の影に敏感であること。具体的に言えば、死者と言葉を交わしたり、魂の形を見ることが出来たり。そういう前世でいうところの「霊感」的なものがないと、ネクロマンサーへの道は開かれない。
他者より死の影に敏感っていうのは、悪いことじゃない。寧ろそれは氷輪様からその能力を与えられているってことだから、司祭さんになる人も多いんだよね。
ネクロマンシーが使えるってことは、死んでしまって会えない大事な人と、再び会う機会をくれるってことでもあるから。
そういうことをやってるうちに、信仰の道に入るのが多いんだって。
いい人もいれば悪い人もいる。どんな職業も、結局その職に就く人間自体がどうであるかって話で、職業自体には貴賎も善悪もない。倫理はあるかもしれないけど。
うーん、悩むな。
ラシードさんを亡き者にしようとした連中と、火神教団、或いはルマーニュ王国王都の冒険者ギルドないしそのバックにいる者が一直線になるかと言えば、私の中の【千里眼】が「否」という。
火神教団とルマーニュ王都の冒険者ギルドのターゲットは、私でありベルジュラックさんだった。
バックの人間が同じであるなら「こちらにも魔物使いがいるので」とか理由を付けて、菊乃井からラシードさんを引っ張りだすのも可能ではある。それをしなかったのはラシードさんが菊乃井にいるとは思ってなかったからかもしれないけど、味方が出来るなら敵だって偵察は可能なんだよな。悪意のある攻撃は出来ないだけで、見るだけならあっちにも出来るんだし。
やらなかったのはラシードさんが菊乃井にいることを掴めなかったか、たまたま職業が同じだけの別人が雇われたか、同一のネクロマンサーが雇われていたにしたってその人がラシードさんに固執する理由がないからか……。
駄目だ、情報が少ない。
まあ、でも解ることはある。
「族長はラシードさんが狙われる理由も、狙ってきた相手も、既にご存じな訳だ?」
そして、雪樹にいるより菊乃井にいるほうが遥かに安全だから、ラシードさんを解っていて放置しているんだろう。
視線でイフラースさんに問えば、彼は跪いたまま頷いた。
それに納得がいかないのは、私でなくてラシードさんで。
物凄く困惑した顔で私とイフラースさんの間で、目線を忙しなく動かしている。
「なぁ、それじゃあ兄貴にワイバーンを渡した奴の目的は、俺を殺すことみたいじゃないか……。なんでだよ……? 俺、恨まれる覚えなんてないぞ?」
震える唇で、ラシードさんは訴える。
怨み、ではないんだろうな。
ラシードさん自身は知らない話だけれど、彼も生まれたときから封印を課せられているという異質さがある。
彼が狙われるのは、間違いなくその異質さのせいだ。
だって赤ん坊に封印をかけるというのが異常なんだし、その異常なことをやらなければいけない理由なんてそうないだろう。
思いつくだけでいえば、彼を器に何かを封印したとか、彼に呪いがかかっているとか、或いは彼が生まれながらに高い能力を保持することが解っていて、その能力を発揮されては困る誰かがいるから……。こんなところか。
彼に何かが封印されているなら、私が気付かなくても先生達が気付く。もしくは危ないものなら神様方が今まで同様さりげなく警告を下さっただろう。でもそんなものはなかった。
呪いの線も薄い。だって私神聖魔術の使い手だよ? 私と過ごしてるだけでも、そんな物弾け飛ぶくらい私は強い。残念ながら、その自覚と自負はある。
なら残り一つが一番現実味があるんだ。だって環境とかをさっ引くと、次男に護衛がいないのに、三男坊に護衛が付いてるって変だしね。
と、ここまで考えられても、その話をする訳にいかないんだよ。なんせ契約があるんで。
ああ、でも。
「ラシードさんってお母さん似です?」
「へ? なんだよ、こんな時に……。髪の色は違うし角の形が違うけど、目と肌の色は母さん譲りだ。角は死んだ曾祖母ちゃんがこうって。あ、目付きもおふくろ似って言われてる」
「そうですか……」
小首を傾げつつ聞いた私に、訳が分からないという顔つきでラシードさんが答える。
少し考えてから、今度はイフラースさんに質問を、ぽっと指先に火を点けつつ投げかけた。
「イフラースさんの胸のそれ、雪樹の族長さんへの恩義でしたっけ?」
さぁっとイフラースさんの顔色が変わる。
「え? あ……えぇっとこれはラシード様のお母上への恩義で……」
「雪樹の族長さんでしょう?」
「……あの、ラシード様のお母上で……その……」
「ラシードさんのお母様って雪樹の族長ですよね?」
ニコニコと笑顔で尋ねる私に対して、イフラースさんの目線が泳ぐ。
顔色が変わった辺り、私が指先に火を点した意味は解っていたようで、答えに窮しているのが見て取れた。
一方ラシードさんはやっぱり激しく目線を私とイフラースさんの間で右往左往させている。
こんなものか。
手をひらひらさせて火を消すと、私は「解りました」と一言だけ告げた。
すると「何が?」とラシードさんが食いついて来る。
ちらっとラシードさんを見て、それからイフラースさんのほうを見ると、この世の終わりかって顔でちょっと気の毒だな。
痛みを訴えるこめかみに手をやりつつ、私はラシードさんを真剣に見つめた。
「私は貴方の命が狙われているんだから、その理由を知る権利が貴方にはあると思います。でも、それを知れば貴方は酷く傷つくだろうとも思う。貴方に関わる人が、貴方の事情を隠すのは、それが貴方を守る術で、貴方を傷付けない方法だと考えたからでしょう。それでも知りたいですか? 知ったとして、後悔せず、貴方を守って来た人達を責めずにいられますか?」
何でか私はこういう役回りが多いんだよな。貧乏くじを引くっていうんだ、こういうの。
こめかみを揉んでいると、ラシードさんがイフラースさんの肩を叩く。
イフラースさんが青褪めたまま、首を横に振って何か言おうとしたのを遮って、ラシードさんが「知りたい!」と大きく声にだした。
「知りたい! いや、俺は知るべきなんだ。俺の大事な物を守るために、逃げ回らなくて済むように!」
「ラシード様!?」
悲鳴がイフラースさんの口を吐く。
そして咎めるように私を見るけれど、それがどうしたって感じ。
視線で「黙ってろ」とイフラースさんに圧を加えると、ラシードさんに「いいでしょう」と返す。
「貴方、恐らく出自に問題があるんですよ」
「出自?」
「ええ。貴方のお母上は雪樹の族長じゃない、おそらくは別の人だ。そしてそれが問題なんですよ」
「おふくろが……おふくろじゃないって……? え?」
目を白黒させるラシードさんの傍で、イフラースさんが唇を噛んだ。
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