契約違反になる前に見直しは大事
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次回の更新は、6/26です。
オブライエンの報告に、私はふむと顎に手をやった。
「ならば、私が出した課題はクリア出来たんですかね?」
「は。あちらからは『仰せの通りだった』と」
「そうですか」
なら、こちらも確認作業をしなくてはいけないな。
少し考えていると、オブライエンがじっとこちらを見ている事に気が付いた。
「どうしました?」
「いえ、どうなさるのかと……」
「どうも。そもそも連絡を取るなとは言わなかったし、手段があるのに取っていないのも不自然だ。それに私の目を搔い潜ろうとする気概があるんだから、それはそれで頼もしいじゃないですか。ただ、それを一番の当事者が気付いていないのが問題ですね」
にっと口の端を上げれば、オブライエンが僅かに喉を上下させた。息を呑む、そんな感じに見えて私は首を少し傾ける。
「私が怖いですか?」
「いえ……その……」
「うん?」
言い淀んでいるオブライエンに視線で続きを促す。オブライエンの方は心底困っているのか、視線をあちらこちらに泳がせた。が、やがて観念して閉ざしていた口を開く。
「あの蛇、じゃない、セバスチャンが旦那様のお傍にお仕え出来るのが羨ましいと言っていたのを思い出しまして」
「は?」
「その……旦那様に冷笑されたいそうで……」
「!?」
ざっと鳥肌が立った。
アイツ、何考えてるんだ!?
オブライエンの言葉に衝撃を受けたものの、それを表情に出したら負けな気がして、心の中に押し留める。動揺を殺すように咳ばらいをして、私はオブライエンに呆れた顔を作って見せた。
「私と奴の因縁は聞かなかったんですか?」
「お聞きしました。聞きましたが、あの、はい。強者に支配されたいと望むのは弱者の性だと……」
「とても特殊な癖を拗らせているようですね」
あの変態め!
吐き捨てたい気持ちを飲み込む。これは気にしたら負けだ。意図的に蛇男の事を頭の隅へと追い出す。そしてオブライエンに用事を一つ与えて下がらせる。
執務机の隅に置かれた呼び鈴を鳴らすと、隣の部屋に控えていてくれたのだろうアンジェちゃんがぴょこっと顔を見せた。
「およびでしょーか?」
「うん。お茶が飲みたいんだけど、準備をお願いしても?」
「はい! ちゅうぼーにいってきます!」
振り振りと菊乃井メイドさんお仕着せの、スカートの裾を翻して元気に部屋を出ていく。しばらくするとお茶のワゴンと一緒に戻って来たのはアンジェちゃんでなく宇都宮さんだった。
アンジェちゃんはエリーゼとお使いにいく時間になったので、お茶の準備は宇都宮さんと交代したという。
メイドさんの仕事もわりに分刻みだから、そういう事もあるよね。
それで宇都宮さんは私の前に、レモンやライムを効かせたアイスティーを用意して去っていく。
それを楽しんでいると、執務室兼書斎のドアがノックされた。応えを返して入室を許可すると、ラシードさんとイフラースさんが揃って部屋に入ってくる。
「失礼します。なんかオブライエンのおっちゃんから『呼んでる』って言われたんだけど?」
「ちょっ!? ラシード様……!」
ラシードさんは不思議そうな顔でイフラースさんを見る。
イフラースさんは「自分達は雇われてる身なんですから」と諭すように言うけれど、それを手を上げて制した。
「雇うという形で菊乃井に貴方方を迎えましたけれど、ラシードさんの人生設計と菊乃井の未来予想図的には、私達は盟友に近い。立場的には対等だと思ってもらっても別に構いませんよ」
「おう。必ず菊乃井を盛り立てるからな!」
「期待してますよ」
ぐっと握り拳を固めて、ラシードさんは晴れやかに笑う。イフラースさんは私達のやり取りに安堵したのか、大きく息を吐いた。いや、緊張するのはこれからなんだよなぁ。
取りあえず二人にソファーを勧めて、私も彼らと相対するように座る。そして呼び鈴で呼んだ宇都宮さんに、ラシードさんとイフラースさんにお茶を出してもらうと、そのまままた退出してもらった。
二人ともがお茶を少し飲んでリラックスした表情を見せた所で、私はにこやかに切り出す。
「雪樹の一族の族長さん、ラシードさんのお母さんですよね?」
「え? うん。そうだけど?」
「ラシードさんが菊乃井で無事で元気に過ごして、将来どうしたいと思ってるか、ご存じだそうですよ」
「「!?」」
ごふっとラシードさんとイフラースさんが同時に噎せる。
げふげふとせき込みながらもラシードさんが立ち直り、私の方に顔を向けた。そこには驚愕と疑問符がべったりと張り付いていた。
「な、な、なん!?」
「雪樹の一族とツナギが取れたんですよね。ずっとその人も疑問に思っていたそうですよ? 可愛い末の息子が行方不明になったというのに、何故探さないんだって。でも居場所を知っていて無事だと解っているなら、その態度も腑に落ちる」
「そう、だったのか……? え? なんで?」
目を白黒させながらもラシードさんは、私の言葉を飲み込もうとしている。
ラシードさんのお母さんは雪樹の一族の長だ。雪樹の一族っていうのは、一族全部が能力の高低は置いといて魔物使い。当然そこの長なんだから、ラシードさんのお母さんも魔物使いだ。
ラシードさんからはもっと踏み込んで、かなりの実力の持ち主とも聞いている。
そんな彼女がいなくなった息子、それもどうも命を狙われているっぽいのを探すとして、どうするか?
これの答えはもう既に、私達は持ってたんだよね。
ただやらなかったのはあの時の私にはラシードさんの他に優先すべきものと、出来れば正規の外交ルートでの交渉がしたかったからだ。
その方が国の内外に私がやろうとしている事……雪樹の一族からの移住者を募る……が、決して一族の人の意志を無視した強制連行等でない証になると思って。
でもここに至って、ちょっと問題発生。
なので方針転換した訳なんだけど。
そんなような事を言えば、ラシードさんが首を傾げた。
「その方法って?」
「ああ、簡単な事ですよ。ラシードさんとイフラースさんがライラとアメナと契約する時にやった事です」
「やったこと……?」
怪訝そうにしつつ、ラシードさんはイフラースさんに意見を求めようと、その視線をイフラースさんへと向けた。一方のイフラースさんはといえば、不自然なほど笑顔が硬かった。腹芸が出来ない主従だ。
「イフラース?」
「ラ、ラシード様……」
物凄くイフラースさんが狼狽えている。その顔色は青を通り越して白だ。イフラースさんの肌はレグルスくんよりちょっと濃いくらいの色なんだけど、それにしたって解るくらい血の気が引いている。
私はそっとため息を吐いた。
「そんなバレて怯えるくらいだったら、やる前に相談してくれたらいいんですよ?」
その言葉にイフラースさんがソファーから飛び上がって、絨毯へと額をこすり付けた。見事なジャンピング土下座に、こっちの目が丸くなる。
「申し訳ありませんでした! ラシード様は何もご存じないこと! 罰は自分だけに!」
「いやだから、怒ってないですってば。っていうか、私、そんなに怖いかなぁ? ねぇ、ラシードさん?」
「え? や? 怖いっていうか……厳しい?」
「ビミョーなお答えありがとう」
目を逸らしたラシードさんに、ぽりっと頬を掻く。
いや、本当に怒ってない。寧ろよくそんなバレたらジャンピング土下座しないといけない人物相手に、結構重大な隠し事が出来たもんだと感心すらしている。
なのでソファーから下りたラシードさんが、イフラースさんに何か言おうとするのを制して、私もソファーから下りてイフラースさんに近寄った。
「本当に怒ってないんですよ。寧ろちょっとこっちにも想定外の事があって、謝らないといけないかもしれないし?」
そう告げると、イフラースさんがさっと頭を上げる。
「ラシードさんの封印、解けそうです」と小さく彼の耳にだけ届くように零すと、またもイフラースさんの顔から血の気が引いた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




