飛躍のための助走
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次回の更新は、6/23です。
あれそれどうこうあって、数日後には春の砦の慰問会は神様への感謝祭に変じることになった。
いや、砦への慰問の目的はあるんだけど規模がそれで収まらなくなってしまったというか。
ルイさんを通じてバーバリアンやエストレージャ、威龍さんやベルジュラックさんに、菊乃井冒険者頂上決戦がトーナメント方式に変わったことを連絡した。
それに関しては特に反対はないし、どちらかと言えばそういう大規模な大会になったことに、皆闘志を燃やしていたそうな。
バーバリアンも少し渋ったみたいだけど、前回優勝者としての待遇を受けてくれるって。渋ったのはリベンジを果たしてないからなんだけど、大きな武闘会になるのであれば挑むべき王者がいてほしいし、それはやっぱりエストレージャの前に立ちふさがったバーバリアンだと思うんだよね。
憧れる存在は必要だからって伝えてもらったら「そういう事なら」と、色よいお返事をくれた。
なので春に向けて冒険者ギルドに「春に武術会します。仔細は調整中」と通達をだしておく。
これは直接見回りのときに冒険者ギルドに行って、ギルドマスターのローランさんに話しておいた。
ローランさんからは「急ごしらえのパーティーでも構わないか?」って質問が来たけど、これは「是」ってことで。
急ごしらえでも何でも、戦える・勝てると思ってエントリーしてくれるなら、それは大会を盛り上げるのに繋がるだろうし。
ただあまり大勢集まっても困るから、予選はしないといけないかなって思う。それは今後のお話合い次第かな。
歌劇団の公演に当たっては、なんかとんでもないことが起こった。
なんと、あれから一か月も経っていないというのに、ウイラさんとラトナラジュのお芝居の元になる話が書きあがったというのだ。
「え? 作家さん、大丈夫? 過労死してない?」
「はい、かなり疲れているようにお見受けしましたが……。何といいますか、良いものが書けて興奮状態なので見かけより精神的には充実しておられると……」
「ほんっとうに大丈夫!?」
「ど、どうなのでしょう?」
原稿を持って来てくれたロッテンマイヤーさんですら、ちょっと測りかねるような状態らしい。
うーん、前世の「俺」の親友だった「田中」も、原稿を仕上げた後はなんだかハイになってた気がするな。締切守った人ハイ? なんかそういうヤツ。
様子を伝えているロッテンマイヤーさんがドン引いているぐらいだし、他所から見ると結構ヤバいのかも知れないな。田中も物凄いハイだったもんね……。
ちょっと考えてから、私は一旦自室に行って趣味で作ったサシェを取って戻ると、ロッテンマイヤーさんにそれを渡した。
「これ、私が作ったやつで【常時回復(小)】が付いてるんで。その作家さんに『お疲れ様でした』と渡してもらえます? 何なら直接渡したいところだけど」
サシェっていうのは香り袋だ。ござる丸に頼んで出してもらって作ったドライフラワーやハーブを中に入れてるんだけど、ロッテンマイヤーさんに渡した奴はラベンダーに似た香りの薬草で作ったやつ。
三角錐型の天辺に紐をつけて、吊り下げられるようにしている。
受け取ったロッテンマイヤーさんは微かに頷いた。
「承知致しました。必ずお渡しいたします。しかし、会うのは少し……」
「ダメ?」
「シャイな方なのです。それに感激屋さんなので、旦那様の御前に出ると、その……平静でいられる自信がないのだそうです」
「そ、そう……」
平静でいられる自信がないってどういうことなの?
若干引いてしまったけれど、ロッテンマイヤーさんも視線を明後日の方向に飛ばしている。
この間の武闘会からこっち、どうも「菊乃井 鳳蝶」の虚像が一人で世間を闊歩している気がするんだよね。
アイツがいるなら悪いことはせんとこうってなるんならいいんだ。まわり回って面倒ごとがこっちに来なくなってくれれば。
だけどそういうことじゃなく、他者の中に私と似ても似つかない聖者や君子の虚像が出来るんなら、それは私にとってマイナスだ。
作家さんの中に、私と同姓同名の全く違う人物が出来ていて、それに対する熱狂があるのはいただけない。
そういうことかとロッテンマイヤーさんに尋ねると、それに対しては「否」という返事が返って来た。
「その……旦那様が実在している事に対して、その場で天に跪いて感謝を捧げそうだと、ご本人が……」
「あ、はい。解った! お手紙で!」
「それがよろしいかと」
ロッテンマイヤーさんが明後日の方向を向いてたそがれている。
なんというか、前世の「俺」だって熱烈に応援する人はいたけど、だからってその人に会ったら跪いて祈りを捧げるまでじゃなかった。恐るべし、情熱。
菊乃井家の紋章が付いた便箋にサラサラと感謝の言葉を書くと、それをロッテンマイヤーさんへと預ける。これは取り急ぎ作品を完成させてくれたお礼。読んでからまた詳しく感想を認めよう。
そこでふと、疑問が沸いて来た。
「ロッテンマイヤーさん」
「はい、何かございましたか?」
「菊乃井に出版会社ってあったっけ?」
「いえ、ございません」
「そっかー……」
うーん、識字率がまだそれほど上がっていないから後回しにしていたことがあるんだけどな。
顎を擦っていると、ロッテンマイヤーさんがじっと私の方を見ていた。
ロッテンマイヤーさんの表情は眼鏡で隠れていて読みにくいけれど、全身から「何か心配事がおありですか?」って雰囲気が立ち上ってる。
「心配事というか、異世界には劇の解説や見どころを説明したり、どんな意気込みでこの劇を作っているのかとか、演者や脚本家さんたちの説明書きが付けられた小冊子があるんだって」
「小冊子、ですか?」
「うん。見どころの絵や出演者さん達の紹介も載ってたりするんだ」
そういうのを菊乃井歌劇団でも作りたい。
最後まで言わなかったけれど、ロッテンマイヤーさんにはきちんと伝わったようで頷いてくれる。
「無料……と言うわけにはまいりませんね」
「勿論、有料。だけど将来的には安価で沢山だしたいよね。公演は見られなくても、その小冊子を読んで舞台を見た気分にはなれるような。そういうのを低額で販売したいんだ」
「他所に頼むとどうしても高額になるかと」
「うん。だからこっちで作らないといけないのかと……」
そうなると必要なのが人材と場所とお金なんだよなぁ。菊乃井には場所以外は全然揃ってない。
先生方やルイさんに相談だな。
そう考えていると、ロッテンマイヤーさんが口を開いた。
「試しに貴族の方々向けにその小冊子を少数作ってみてはいかがでしょう? 需要があれば、冊数を増やしていくというのは……」
「ああ、そうだね。一度そういうのも試みてみるのもいいかな?」
そうやって小冊子、いや公演パンフレットの文化が根付けば、それに商機を見出した出版業界の人とツナギが取れるかもしれないな。
ウイラさん達の物語は、もしかすると菊乃井歌劇団の大きな飛躍に繋がるかも。
一見繋がっていなさそうなことが、どんどんつながって大きくなっていく。こういう時世界って一つなんだなって感じるんだよね。
はふっと大きく息を吐くと、書斎兼執務室の扉がノックされる。
誰何の声を上げれば、オブライエンが入室の許可を求めて来た。
扉をロッテンマイヤーさんに開けてもらうと、オブライエンが一礼して部屋へと入って来る。
「雪樹の一族の長男より、面会の希望があったそうです」
ふぅん?
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




