予定は未定で逃げられないやつ
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次回の更新は、6/19です。
もう来年の春の予定が決まった訳で。
ルイさんに武闘会の件はお願いしたから、そうなると私があとお願いしに行かないといけないのは歌劇団の方だろう。
ユウリさんとエリックさんに来てもらおうか、それとも訪ねようか。
考えていると、執務室兼書斎の扉がこんこんと控えめに叩かれた。
在室の返事をすると、扉が開いてヴィクトルさんが外から顔を覗かせる。
「ヴィクトルさん、どうかしましたか?」
「ああ、イツァークから連絡があってね」
イツァークさんというのは菊乃井歌劇団付の楽団のプレミア・ヴィオロンを務めてくれている人だ。コンサートマスターとして細かい音だしや微妙なニュアンスの調整をしてくれてる。
最近は異世界とこの世界の音楽を取り合わせたミュージカルの曲を作れないか、ユウリさんと模索してくれているらしい。
その人から連絡とは?
音楽関連のことなら、正直私は解らないことの方が多いから、ヴィクトルさんと話し合っての事後報告でもいいんだけど。
そう思っているのが顔に出たのか、ヴィクトルさんが「音楽関係じゃないけど、歌劇団には関係ある」と口にした。
「歌劇団に関係があって、音楽じゃない事?」
「うん。イツァークの友人の絵描きさんがね、雇ってくれないかって」
「絵描きさん?」
「そう。舞台背景の絵とか、そういうのでもいいし、何だったら小道具とかでもいいんでって言ってるんだけど」
「うーん、小道具に大道具……」
ちょっと考える。
大道具は今まで幻灯奇術で何とかしてきた。小道具もお仕事として菊乃井の領民に発注してるから、特に困ってない。
だけどそれを解ってるはずのイツァークさんが態々そういう事を言って来るっていうと、なんかあるのかな?
首を捻ると、ぽりっとヴィクトルさんが頬を掻いた。
「イツァークに言わせると、その人の絵が何か独特なんだって」
「独特?」
「うん。カリカチュアって解る?」
「えぇっと、風刺画でしたっけ? 人物の一部を誇張した感じの?」
「それそれ。でもイツァークが言うには、滑稽っていうより可愛い感じ?」
「可愛い……」
なんだそれ?
カリカチュアっていうのは一般的に、風刺とおかしさを追及しているからなのか、題材にした人物の特徴が誇張されて描かれたりする。誇張が行き過ぎてちょっと気持ち悪い感じになることもあるんだけど、それもブラックジョークというか、そういう受け止め方をするもの……なのかな? そもそも風刺っていうのが物事を遠回しに馬鹿にしたり批判したりって感じだしね。
だけどそうじゃなく、可愛い感じっていうとどうなるんだろう?
アレか? 前世で見た兎とかカエルが擬人化してレスリングしてたりするイラスト?
そういう物が活かせる道はなくはないんだけど。
「雇うかどうかは絵を見てから……というのは?」
「そういうと思って、イツァークには『絵を見せて』って伝えるから、その報告をしておこうかな、と」
「そういう事だったんですね。解りました、その方向でお願いします」
「ああ、その人が来たらあーたんにも知らせるね」
「はい」
返事をするとヴィクトルさんがにこっと笑ってドアを閉めようとする。けど、言わなきゃいけないことがあったのを思い出して、私はヴィクトルさんを呼び留めた。
「ちょっと待ってください、ヴィクトルさん!」
「どうしたの?」
「実はですね」
斯く斯く然々、ああだのこうだの。
姫君様との奥庭でのやり取りやルイさんとの話をすると、ヴィクトルさんは「あらら」と顎を擦った。
「お芝居の件は僕からユウリやエリックに伝えといてあげるよ。それから、来年の慰問公演の件も」
「はい、よろしくお願いしいます」
「だけど、姫君様に待っていただく訳だから、それなら何か代わりになるような目玉も音楽関係で用意しないとね」
「え、そうです?」
「そりゃそうでしょ。武闘会の規模が大きくなるなら、同じくらい大きな催しがないとバランスが悪いよ」
バランス。
そう言われるとそうかもと思う。
武闘会って魔術や武術が飛び交う催しなんだから、それってロスマリウス様やイシュト様への大きな捧げものになる訳だ。
だけど私の主神は姫君様なんだから、海神や武神に捧げる物より姫君様にお捧げするものの規模が小さいとかはあってはならないことだろう。
じゃあ、どうすれば……?
考え込んでいると、ぽんっと肩が柔く叩かれる。ふと無意識に俯いていた顔を上げれば、ヴィクトルさんが物凄く良い笑顔を浮かべているじゃないか。どったの?
「あーたんとれーたんが、姫君様に貰ったお箏で演奏したらいいんじゃないかな?」
「……は?」
ちょっと何言ってるか解りませんね?
ぽかんとした顔の私が、ヴィクトルさんの目に映っている。
だけどヴィクトルさんはそれに関せず、話を続けた。
「ほら、かなたんやつむたんもアンジェたんも、皆で笛とか鼓とかもやり始めたし、古風な楽器の小楽団みたいになって来たでしょ。演奏会すればいいじゃないか」
「いやいやいやいや」
何てこと言い出すんだ!?
ビックリして首をブンブン激しく横に振る。
けれどヴィクトルさんはニコニコしながら「なんでー?」とか言うじゃん?
なんでって、お聞かせできる状態じゃないからだよ! 解ってるはずなのに、ヴィクトルさんは笑顔のままだ。
「本気ですか!?」
「勿論。まだ春まで時間あるし、演奏曲を一曲に絞ればお聞かせできるくらいにはなると思うよ」
「いや、そんな……!」
焦る私にヴィクトルさんがすっと笑みを押さえて、真面目な顔をする。そして目線を改めて私に合わせるように膝を折った。
「と言うか、君達が何かする方が余程規模を大きくするより日頃の感謝になると思うんだよね」
「え?」
「だってさ、あーたんは六柱の神様全員の加護をいただいてるでしょう? れーたんは姫君様にロスマリウス様、艶ちゃん様にイシュト様のご加護、かなたんはイゴール様とロスマリウス様と艶ちゃん様のご加護、つむたんはイゴール様と艶ちゃん様のご加護、アンジェたんは艶ちゃん様からの無茶苦茶大きなご加護をいただいてるんだもん。日頃目をかけている子たちが、自分達のために頑張ったのを見る方が、神様方も感慨深いんじゃないかな?」
「それは……」
それはどうなのか判んない。
判んないけど、わが身に置き換えれば、お国から「頑張ったね」って褒賞もらうのも嬉しいけど、それよりレグルスくんに「にぃに、すごぉい! がんばったねー!」って言われる方が報われてる感が倍増しくらい違う。報奨金は断らないけどね。貰えるものは遠慮会釈なくがっつり貰うし。
ただ、やるのが自分となると……!
ぐっと押し黙って視線をヴィクトルさんから外す。そして執務室兼書斎の窓に目をやると、しまっているガラスを透かして、虹色の蝶々がひらひらと部屋に入って来た。
あー……詰んだ。
『エルフや、そなた良き提案をするではないか。褒めてつかわす』
「は、有難きお言葉」
『そうよの、春に行われる祭りじゃ。春の曲と歌を所望するぞえ?』
虹色の蝶からは朝お話ししたばかりの姫君様のお声が聞こえる。反応したヴィクトルさんは、蝶に向かって跪いて頭を垂れた。私は天井を仰いでから、そっと蝶々から目を逸らす。
でもこういうときに逃がしてくださる姫君様じゃないんだよなぁ……。
『鳳蝶、返事は?』
「はい……」
『臣下の殊勝な心掛けには、主として応じてやらねばのう? 海のや山のにもしかと「妾のために、そなたらが一曲奏する」と伝えてやる故、励むがよい』
「はい……」
姫君様の高く笑う声が響くなか、私はがくっと肩を落とす。
だってさ、春の慰安公演の時にってことは衆人環視でやるって事じゃん!?
「私、そんな人前で演奏とか無理ですよ……!」
「人前でぶっつけ本番で神龍呼んだ子が何言ってるんだろうね?」
立ち上がったヴィクトルさんが「解せぬ」って顔して、私を見ている。
解せないのはこっちの方なんですけど!?
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




