埋まっていく先々の予定帳
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、6/16です。
姫君の手の内でひらひら動く薄絹の団扇が、夏の太陽の光で透ける。
「ふむ。何か年計画じゃ?」
「音楽学校だけであれば三年のうちには」
「町となればそれ以上はかかる訳じゃな」
「はい」
正直に答えれば、姫君様が頷かれた。
「歌劇団を創設して、ミュージカルを見せるとの話からまだ五年も経つまい。文化として根付くには百年ばかりはかかるかと思っておったが、中々に進んでおるではないか」
「協力してくれる人が沢山増えました。それに姫君様や他の神様方にも、何かとお助けいただいているからだと」
「それもあろう。そなたの働きの結果もある。ここまでの事、よくやった。これからもより励むがよい」
「はい!」
私が頭を下げれば、横にいるレグルスくんも同じように頭を下げる。ややあって顔を上げると、姫君様が「そういえば」と仰った。
「ひよこや。そなた、仲良くしておる娘がおるそうじゃな?」
姫君の御顔が凄く輝いてる。一方尋ねられたレグルスくんもにぱっと笑った。
「はい! なごちゃんです!」
「うむ。上から見ておったが、中々良さそうな娘よの」
「なごちゃん、れーとおてがみだけでなく、『えにっきのこうかんをしませんか?』っていってくれました」
「ふむ、交換日記か。ひよこや、妾が絵日記帳を調達してやる故、時々話を聞かせよ。どうじゃ?」
姫君様がかなり食いついてる。
っていうか、絵日記の交換かぁ。発想が可愛いけど、どうやって交換するんだろう?
内容は兎も角、そのやり取りの方法が気になる。そんな風に思いつつレグルスくんを見ていると、暫し彼は考え込んで口を開いた。
「れーがどうおもったとか、れーのことだけのおはなしでいいですか? なごちゃんのきもちはなごちゃんのものだから、れーがかってにおはなしするのはよくないです……」
おぉう、プライバシーへの配慮が出来るとか、うちのひよこちゃん凄い。
それに対して姫君様は鷹揚に団扇を翻した。
「ふむ、そうか。まあ、乙女の秘密を守ってやるのも紳士の務めよな。構わぬぞ」
「はい。じゃあ、なごちゃんにおはなししていいかきいて、いいよっていわれたらそれはおはなしします!」
「うむ、では決まりじゃ。絵日記帳は後日枕元に届けてやろうから、しばし待て」
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
私からもお礼を申し上げると、姫君様がにやっとされる。凄く楽しそう。
姫君様ってそういう話が本当にお好きでいらっしゃるんだろうな。楽しそうだから、ちょっとお尋ねする事にした。
それはウイラさんとラトナラジュの話をお芝居にする際の事で。
斯々然々と考えていたあらすじをお話しすると、姫君様が「ふむ」と顎を撫でられた。
「そう言えばそんな物語を書かせると言っておったな」
「はい。化け物退治の英雄譚で終わっても良いと思うんですが、やっぱりもう一波乱ほどあったほうがいいかと……」
「たしかに切った張っただけでなく、色恋も交えたほうが、芝居の中の人間達の生きざまに厚みが出るとは思うがの。いや、色恋に限らず、感情のやり取りがその人物達の内面を浮き彫りにする。芝居の楽しみは、そういう他人の内面に疑似的に触れることでもあるのではないかえ?」
「なるほど」
たしかにお芝居にはそういう側面もあると思う。
考えていると、姫君様がひらひらと団扇をお手で弄んだあと、口の端を優雅に上げられた。
「のう、鳳蝶よ」
「はい、なんでしょう? 姫君様」
「今年の春のような催しを、また来年もやるのかえ?」
「え?」
春の催し。
そう言われて思いついたのは、菊乃井の砦での慰問を兼ねた菊乃井冒険者頂上決戦と歌劇団の公演の事。
そうだろうかとお尋ねすると、姫君は「是」と頷かれた。
「あの……実は神様方への奉納公演や奉納武闘会、縁日などを開こうとは考えておりまして……」
春先からこっち、そういう話題はおりに触れて出てたんだよな。
私への御加護はそれ即ち菊乃井への御加護に他ならない。それなら神殿とかを建てたほうが良いのかもしれないけれど、それは「各々趣味が違うから一緒くたにはしないほうが良い」的なアドバイスを氷輪様からいただいたので無しに。
じゃあ歌舞音曲や武闘会・縁日を開催して、その日の菊乃井を神さまに丸ごと奉納しようっていう方向で調整することになった訳だ。
そうご報告すれば、姫君様が「殊勝な心掛けよのう」とお言葉を下さる。
「ではその祭りの際に、この世界の物語で行う初めてのミュージカルを妾に捧げよ」
「え?」
「何年かかってもよい。この世界の物語で、この世界でしか出来ぬミュージカルを捧げるのじゃ。よいな?」
「は、必ずや!」
麗しく微笑まれる姫君様に思わず答えを返してしまった。
その後はいつも通りお歌を歌って、お別れしたんだけども。
お約束しちゃった重大事に気が付いて、はたと執務室兼書斎で顔を手のひらで覆ってる訳だよ。
「どうしよう? お約束しちゃったけど、開催自体まだ話し合い段階だったのに……!」
『それ自体は、その方向でと話し合っておりましたので問題はありません』
急いで部屋にあるルイさんとの緊急通信を開いて、ジャストナウ。
事の次第を話せばルイさんは仄かに笑ってそう言ってくれた。しかし問題はあるという。
『芝居の事は「何年かかっても良い」とのお言葉をいただいたのです。今暫しそのお言葉に甘えさせていただけばよいと考えます。しかし、菊乃井冒険者頂上決戦の方が……』
「エストレージャは兎も角、バーバリアンの皆さんのご都合も聞いてないのに、ですよね?」
『いえ、そちらは大丈夫です。彼らからは「何処にいても日程に合わせて菊乃井へ向かう」と確約をいただいているので』
「そうなんですか? 有難い……!」
ルイさんの言葉にちょっとホッとする。
でも、そのルイさんが遠距映像通信魔術のかかった布の前で、困ったような顔を見せた。
その表情に「どうしました?」と尋ねれば、少し躊躇いつつルイさんは口を開く。
『今年の武闘会優勝者が問題なのです』
「今年……」
言われて頭に疑問符が浮かぶ。
今年って。
「え? ベルジュラックさんと威龍さん?」
『あともうお一方が』
「………………あ、私」
『はい』
凄く重々しく頷かれた。それに対して私は首を横に動かす。
「いや、でも菊乃井の冒険者頂上決戦なんだから、帝都の武闘会の結果なんて気にしなくてもよくないですか?」
『たしかに他の地の冒険者が優勝者ならそれもいいでしょうが、菊乃井最強を決めるのに菊乃井の最強だと思われる方が出ないのも……』
「出たら出たで、かえって領主だから……とか言われませんかね?」
権力者だから依怙贔屓するとかされるっていう問題は、何処でも囁かれものだ。実際公平に判断したとしても、やっぱり相手が力を持っていると、何も知らない人には阿ってるって言われることもある訳だし。
そう言えばルイさんが静かに首を横に振った。
『我が君が神龍を召喚できる事を知らぬ冒険者はほぼいないかと。あの試合の記録は後々、今回の騒動の決着として、各国の冒険者ギルドの大きな支部には配布されましたし』
「あー……そう言えばそんな事言ってたなぁ」
『今はまだ配布が終了していなくとも、春の慰問公演の頃には行き渡っていると思われます。それにこの地でそのような事を言おうものなら、この地に長く滞在する冒険者の全てが、その者に現実を見せてくれることでしょう』
「おぅふ」
うーん、出場方向に傾いていく。
だけど実際、そういう大会に出たいかと言われたら出たくないの一択だ。
武闘会なんてものは腕に覚えがあって、出たいと希望する人にやってもらうのが一番だよ。そして私は出たくない。
あ、そうだ。
「菊乃井でも勝ち抜き戦やりましょうか? 出場資格は冒険者登録しているパーティーであること、これだけ」
『バーバリアンやエストレージャはどうなさいますか?』
「彼らはシード枠。特にバーバリアンは前回優勝者待遇とし、最後まで勝ち抜いた挑戦者の相手をしてもらう形にして」
ルイさんが『バーバリアンに打診します』と頷いた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




