引導を渡すだけの簡単なお仕事、ただし私の役目じゃない
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穏やかに歌うように言えば、銀髪の彼が両手に魔力を集中させた。
「実地で正解をくれてやろう」
手の中で小さな光が、やがて火花を散らして無数の稲妻に変わった。バチバチと光が彼の手の中で弾けて、ほんの少しだけ大きな岩へと当たる。それだけで岩が木っ端みじんに砕けた。
エルフその一、その二、その三は、その光景に拘束されていてすら分かるほど震える。
「助けてくれ」とか「ほんの出来心で」とか言ってるけど、出来心で殺人未遂が起こせるんなら、こいつらは危険人物以外の何物でもない。出来心がエスカレートしないとも限らないんだから、それって赦しを請う材料にはならないんだよね。寧ろ悪戯で誰かを殺す危険性があるから、被害が出る前に今のうちにどうにかしておくっていう判断もあるだろう。
そう言えば三人が「やめてくれ」と泣きわめく。
「貴方方に『そんな事はやめてくれ』って請うた人達のいう事、聞いてあげました?」
「聞く訳がないな。余は一応、無益な事はよせと言ったがこれだぞ?」
三人に聞いた事だけど、銀髪の彼が胸を張って答えてくれる。それならやめる道理もないわけだ。
呆れを前面に出して大きくため息を吐けば、銀髪の彼が「茶番はもういい」と口にした。そして「死ね」と冷たく告げて、手の内の稲妻を放つ。
悲鳴を上げた三人はその光に呑まれた、が。
「……貴様」
「私、まだ『どうにでもしていい』って言ってませんよ」
猫の舌がひょいっと影から三人を取り出す。
稲妻が当たる瞬間に、触手が三人を触手の影へと引っ張り込んだのだ。
でも三人は気絶しているし、何なら口からは泡を噴いているし、下は色々垂れ流している。余程怖かったみたい。
「まあ、こんなところじゃないですか? 腹立ちもごもっともですけど、それならこの三人の命を取るよりももっと有益な償いを求めてもいいですし」
「有益な物?」
「お金ですよ。この三人を連れ歩いても、物の役には立たないかも知れないし、かえって面倒でしょう。でもお金はあれば大抵の物は買えるし、大抵の不便は解消できる。便利な道具です」
だからこそ賠償はお金で支払われるもんなんだけど。
提案に対して銀髪の彼は鼻を鳴らす。興味がないって感じ。でも旅をするなら元手はあった方が良いだろう。そう言えば彼は「旅費はある」と素っ気ない。
だからって私は彼に手を汚させる気はないから、ちょっと困るな。しかし私のそういうのを察したのか、彼は首を横に振った。
「もういい」
「えー……」
「余も強い者こそ正義というのには同意する。であれば貴様に勝てん以上、余は貴様の決定に従うべきだろう」
「そうですか」
「それにもう行かねば。旅程があるのでな」
そう言って彼が東の空を見る。すっかり靄が晴れて、太陽が輝く。爽やかな夏の空が、そこにはあった。
彼の荷物は、背負ったずだ袋だけのようだ。だったらと思って、ラップサンドの残りを彼に渡す。
「まだ、お腹空いてるんでしょ?」
「ああ。貰っておこう」
そうして彼は私に背を向けて歩き出した。しかししばらく行って、不意に歩みを止める。それから振り返ると「ファルーク!」と叫んだ。
「余の名だ!」
「鳳蝶です! 私の名前!」
手を振って、声を上げた。届いただろう。彼はたしかに私に手を振った。
彼の背が小さくなって、豆粒のようになって、やがて消える。
世の中は広い。彼のような人もいる。そして彼らのような者も。ちらりと視線をエルフその一、その二、その三に視線をやれば、彼らはまだ目覚める様子もない。
どうしたもんかな、これ?
レグルスくんや奏くんや紡くんが起きてくる前に、どうにかしたいんだよなぁ。先生達がいたら速やかにエルフの里に引き渡しが出来るんだろうけど、生憎とお出かけ中だ。
もういっそ面倒だから山にでも捨てようか? でも彼らが目を覚ましてまた悪さをしても困るしな。
そう考えていると、河原に魔力の渦が出来る。空間が歪むようなそれは、何度も見た転移魔術の魔力の渦だ。
瞬く間に渦が光って、そこからロマノフ先生とヴィクトルさん、ラーラさんがひょっと現れた。
「あれ?」
ロマノフ先生が私に気付く。なので「お帰りなさい」と声をかけると、三人とも「ただいま」と返してくれた。そして私の頭をそれぞれ撫でた後、背後に積み重ねているエルフその一、その二、その三を見つける。
ロマノフ先生が眉間に手を当てた。
「遭っちゃいましたか」
「え? なんです?」
「その三人。襲われたんでしょ?」
「いや、私じゃない人がですけど」
三人に私が彼ら三人を捕えた経緯を報告すれば、それぞれに凄い顔をした。主になんか笑いを堪えているような。
「なんで堪えてるんですか?」
「いや、ラーラがさぁ!」
気になって尋ねたらヴィクトルさんがラーラさんを指差す。ラーラさんは何だか分かんないけど、ぶはっと噴出して大声で笑い始めた。
ロマノフ先生が大きく息を吐いた。
「実は、里長に呼び出されたんですけどね」
それで始まった話っていうのが、あの三人がエルフの里から脱走したってことだったそうだ。
キリルさんに危害を加えたとして、あの三人はきちんと捕まったのだという。しかし彼らの親が、子ども可愛さに彼らを逃がしたんだそうだ。ほとぼりが冷めるまで森にでも隠れさせるつもりだったみたい。それなのに彼らは愚かにも捕まった鬱憤を晴らすのに、ファルークさんを襲ったようだ。阿呆は死んでも治りそうもないな。
夜明け前の呼び出しで、私達は寝ていたから、先生達は起こさないように結界を敷いて安全確保してから、里にでかけていったんだって。
それで里長は三人を見かけたら捕まえてくれって、先生達に依頼するために呼びつけたとか。
そうしたらラーラさんが「まんまるちゃんに泣かされて帰って来るだろうさ」って長に言ったっていうじゃん⁉
「待ってください。それじゃ私がいじめっ子みたいじゃないですか?」
「でも心をめきょめきょに折ってやったんだろう?」
「折れてないです。……多分」
「多分?」
「きっと!」
「きっと?」
尋ねる先生達がエルフその一、その二、その三をじっと見る。上から下から色んな液体や固体を垂れ流して気絶する姿は、たしかにイジメたと思われても仕方ないけど。断然違うから!
半分くらいは責任があるかもしれないけど、共犯者はいた訳だし。
「まぁね、君達に七割殺していいって言ったのは、他人に害意を向けたらそれを返されて当然なんだというのを知らしめるためでしたけど。私達の思った通りの展開になった訳だ」
「まあ、お役に立てましたら何よりです」
若干納得いかないものは感じるけど、この件でやっぱり私もファルークさんもお咎めはないようだ。
先生達はきっちり、三人が私達菊乃井の子どもに絡んでやり合った場合、仮令九割殺していてもお咎めなしっていうのを、長に確約させていたそうな。私達は分別は知っていても手加減は苦手な子ども達なのだという事で。
実際には怪我はさせてないんだから、心外な言い様だ。もっとも精神の方はしらないけど。
それで彼ら三人は人間でいえば幼年学校に入ったくらいの子どもなのだそうで、咎めは本人と親が負う事になる。しかし今回はその親もやらかしているから、親子共々どうなることやら。良くてエルフの里で苦役、悪くて魔術を封じられてとあるところに預けられるんだとか。何処かは詳しく教えてもらえなかったけど、彼ら誇り高いエルフがその誇りをひたすらに踏みにじられる場所だそうだ。
「これで一件落着、かな?」
凝った肩を揉み解していると、テントの扉がバサッと開く。
「にぃに、おはよう!」
ひよこちゃんが元気に飛び出して来た。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。