力を踏み躙るものもまた力
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「吼えるのは結構ですけど、身の程を弁えるのはそっちですよ」
腕組みしつつそう言えば、銀髪の彼も頷く。
だってそんな触手に巻き付かれて逃げ出せもしない輩に、身の程云々なんて言われても。
憐れみと呆れを込めて三人を見ていると、彼らの顔が真っ赤になる。馬鹿にされたと思ったんだろうけど、不正解だ。馬鹿にするほどの興味はない。
キャンキャンと騒ぐ彼らの言い分をまとめると、高貴なエルフである自分達は下々の種族の輩には何をしても許される。強い者、力を持つ者こそが正しい。弱い者は強い者に踏みにじられて当たり前なんだそうだ。
彼らの主張を聞き終えて、私は溜息を吐き、銀髪の彼は鼻で嗤う。その蔑んだ響きに、三人が激高したのは言うまでもない。
「で、どうする」
「どうすると言われましても」
けたたましく喚くのをBGMにしながら、銀髪の彼が私に視線と言葉を送って来る。私としてはロマノフ先生に引き渡して、このまま忘れてしまいたいところだ。けど、銀髪の彼はそれを承知してくれるだろうか。
彼に私の家庭教師がエルフであること、その教師が里から他種族に危害を加える輩がいて、その不届き者は捕らえられ次第里の法に従って罰せられることになっていると聞いている事を伝えた。それに対し、彼は「信用ならない」と言い放つ。
「捕まり次第処罰される筈の輩が、何故自由になっているのだ? 処罰すると言っただけで、実際は野放しにしているのではないのか?」
「それは……私には解りません。私が信じるのはエルフの里でなく、私の先生ですから。ただ私の先生は厳しい人です。エルフの里が先生を欺くなら、それ相応に報いるでしょう」
睨み合うように、銀髪の彼と視線を交わす。
ややあって、銀髪の彼は鼻に皺を寄せて不本意そうに口をへの字に曲げた。
「貴様の師というと、貴様より強いのか?」
「強いですよ。私はまだ本気で相手をしてもらったことはありません」
「そうか」
そう言うと、銀髪の彼が舌打ちをする。まあ、なんだ。彼より私の方が強いって判断の上で、更にその先生には勝てないのが解るからこその舌打ちなんだろうな。
これってあんまり気分はよくない。だって被害者に我慢させてるようなもんだから。
なので、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんに言われたことを、彼に提案してみる。
「あの、私、先生から不逞の輩に遭遇して、何か仕掛けられたら反撃していいとは言われてるんです。でも『七割殺すくらいで勘弁してやって』と言われてるんですよね」
「余にも七割で我慢しろと?」
言葉の意図を組んで、銀髪の彼がジト目をこちらに向けてくる。頷けば、嫌そうな顔をされた。
「目には目を、歯には歯をっていうじゃないですか? アレはそれくらいで許しておやりという慈悲です。同じことを仕返しすれば、憎しみや悪意に際限がないでしょう?」
「……復讐は意味がないと?」
「そんな事言いません。復讐はこちらの気を晴らす事ですから。でも相手に復讐の機会を与えないためには程ほどで済ます方がいいかと。被復讐側に対して『これで済ませてやったんだから感謝しろ』と、我慢と憐れみを押し付けてやれるじゃないですか」
「貴様、中々雰囲気通りどす黒いな」
「よく言われます」
認めたくないけど、こっちとら親友も認める悪役面だ。うっそりと笑うと、にっと銀髪の彼も笑う。
すっと彼の手が持ち上がって、私の頬に触れた。警戒心が僅かに頭を擡げるけれど、視線を逸らしたら多分その方が危ない。したいようにさせた方が良いだろう。黙って触れられるままにしていると、彼が「ふぅん?」と小さく零した。
「貴様、余の傍仕えにならぬか? 余は種族なぞ問わん。使えればそれでよい」
「お断りします。お仕えする方はもう決めていますから」
「どこの誰だ? 貴様一人奪う事など、余には造作もないぞ」
「私が抵抗しないことが前提で、ですよね?」
おめー、私の方が強いんだぞ。この野郎。
そういう意味でへらっと笑えば、銀髪の彼がムッとする。しかしそれ以上何も言わないところを見ると、力に訴える気はないようだ。まあ、ここで力に訴えたら、彼が見下げてるエルフ三人と同等の扱いをするしかなくなるんだけど。
っていうか、余だの傍仕えだの、もしかして彼はエルフでも高貴の出って人なのかもしれないな。
北アマルナ王国と帝国は条約が結ばれてて、ある程度地理や文化の情報も入って来る。でも南アマルナ王国とは友好どころか接触もないみたいな状況だから、情報が中々なくてあちらの地理だのなんだのって結構謎なんだよね。だから南アマルナ王国に住んでるエルフがどんな感じかっていうのを、少なくても私は解って無い。先生達なら或いはって感じだけど、そもそも帝国の地理すら苦手な私に、南アマルナの事は早いだろうさ。先生達も触れようとしない。
いい機会だから、帰ったら聞いてみよう。
好奇心に蓋をして、銀髪の彼を柔く押し返す。
そんな話をしてる時も、捕まえた三人はキャンキャン煩いわけだ。根性だな。
私は何故かこういう煩い輩と事を構える事が多いから、吼えてることに関しては「元気だなぁ」くらいで済むんだけど、銀髪の彼はそうじゃないみたい。
私が押し返した手を三人に向けた。音もなく射出される尖った氷の礫が、三人の顔のど真ん中に当たる。三人は痛みに悲鳴を上げて悶えた。悶えられるっていう事は結構手加減してくれてる。中々話の通じる人で良かった。
「これならいいか?」
「良いんじゃないですかね。七割だったら許されるので、続けるかどうかはお任せします」
私はその間にさっきのチャパティを焼いておこうかな?
先生達が結界を敷いたままお出掛けなのも気になるし。
動きだした私に、エルフの三人が「こんなことをしていいと思っているのか⁉」という声が届いた。
「いけない理由ってなんですか?」
気になったので聞いてみると、エルフその一が鼻から血を流しつつ叫んだ。
「我らは高貴なエルフだぞ‼」
「そうですか。でもそれなら私だって高貴の出ですよ。爵位がありますから。エルフの皆さんは爵位はお持ちで? ないなら平民ですよね? 帝国では私の方が高位ですよ?」
そんな返事が返ってくるとは思わなかったのか、その一もその二もその三も唖然としている。銀髪の彼は肩をすくめているけれど。
エルフが高貴だのなんだのっていうのは、エルフの価値観だ。人間の価値観に当てはめれば、高貴っていうのは貴族の事を指し、爵位を持たないものは総じて平民という事になる。つまり私の方が彼らより上位者だ。
そんな事を言えば、銀髪の彼がエルフその一、その二、その三に追い打ちをかけるように「だそうだぞ?」と嘲う。
あと何だ? 強い者・力ある者が正義で、弱い者は強い者に踏みにじられても仕方ない、だったか。
「その主張を是とするなら、貴方方は今の状況を甘んじて、その命を即刻差し出すべきですね。だって貴方達より私の方が強い。強い者が正義なら、より強い者に貴方方が蹂躙されるのも正しいことでしょう? 被害者である彼が、貴方達に手加減しているのも、私の方が彼より強いから。彼は私の『七割殺しで許す』に従ってくれてるだけにすぎません」
穏やかに「ですよね?」と銀髪の彼に話を向ける。彼は不機嫌丸出しで「不本意だがな」と、三人に向かって吐き捨てた。
やっと三人は自分達の置かれた立場を理解したのか、赤かった顔から血の気が引いて白くなっていく。
「さて、ここで貴方方に問題です。私は『七割殺しで許してあげて』と彼にお願いしました。しかし、助けられる側が、命乞いをしてあげている事に気付いてくれません。なのでそれも面倒になってきました。ここで私が彼に『面倒なので、もうどうにでもしてください』と言ったとします。貴方方はどうなるでしょうか?」
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