言語の通じる素晴らしさ
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、5/26です。
彼は南アマルナ付近にある、エルフの里の人だそうだ。
成人に際して、南アマルナ付近のエルフは「エルフの聖地」という場所を巡礼するとか。
この付近ではロマノフ先生達の故郷の世界樹がそれに当たる。なので近々成人を迎える彼も、風習に倣い聖地巡礼にきたそうだ。
そうしたらいきなり私が拘束している三人組に襲われたという。
「へぇ、そうなんですね。そう言えば昨日もエルフさんが襲われてたんですよね」
「昨日も?」
「ええ。昨日の方は空に転移させられて、そこの川に落とされた所にでくわしまして」
河原の座りやすそうな石に腰かけて、話を聞く。
一度お茶のためにコップと鍋を取りにテントに戻ったんだけど、幸い皆すやすや寝てた。
魔術で氷を作って鍋の中に落とす。そしてその鍋をこれまた魔術で熾した火にかけた。その一連の流れを、彼は優雅に眺める。
「貴様、魔術を随分と生活の中に取り入れているな」
「え? 使えるんだから、使ったら良くないですか?」
「そうだな。使えるものは何でも使って、己を高めるのは生き物の義務だ」
そんな高尚な話だっけ?
単にお茶が飲みたいってだけなんだけどな。お茶自体はロッテンマイヤーさんがブレンドしてくれたやつを持って来てたから、それを使う。
ロッテンマイヤーさんのお茶は彼も気に入ったのか、への字に引き結ばれていた唇が、ほんの少し綻んだ。だけでなく、ぐーっというお腹の音さえも聞かせてくれる。
そう言えば早く起き過ぎて私もお腹空いて来たな。お茶を飲んでしまってから、ちょっと待っていてもらうように、銀髪の彼に声をかけて私はテントへと戻った。
そして食糧庫を探ると、小麦粉と塩と油を見つける。ついでに昨日の山鳥のローストも少し残っていた。
それとフライパンを持って、彼の前に戻る。
「お待たせしました」
「ああ」
ぶっきらぼうに返す彼のコップに、鍋に残っていたお茶を注いでしまう。それから鍋にまた氷を入れて、その解けた水で私のコップと鍋の中を濯いで捨てた。
空になった鍋に小麦粉と塩を放り込んでまぜて、私のコップに氷を作る。それを溶かして水を作ったら、半分ほど鍋に注いだ。それで鍋の中身を手で混ぜて捏ねていく。粉が手に纏わりつくんだけど仕方ない。水を少しずつ入れたり、油を入れたりすると、やがて粉はまとまってきた。
それを広く平らにして、油を薄く塗ったフライパンの上に乗せる。フライパンはちょっと重かったけど、火にかけるとすぐに小麦粉を捏ねて平たくしたものが、焼けて薄いパンになった。あれ、前世のチャパティってやつっぽい。もう少し生地の段階で寝かせるとより良いと思うんだけど、今回は緊急なので。
山鳥を焼いたお肉を少し温めて、薄焼きパンに捲くと銀髪の彼に渡す。それを受け取ると、彼は「馳走になる」と言って一口齧った。
「……素朴だな。が、旨い」
「山鳥が美味しいからですね。皆がいたらもっと美味しいものが食べられたと思うけど」
先生達いないし、レグルスくん達寝てるし、そんな状態で持ってきたパンに手を付けるのもちょっと。
そう考えて即席で作った訳だけど、即席の割に美味しいのはやっぱり昨夜の山鳥のローストの美味しさだろう。肉汁とか薄焼きパンが吸ってるし。
私もラップサンドを齧って、またお湯を沸かす。今度は銀髪の彼が「食事の礼だ」と、鍋の中に花の蕾のようなものを二つ放り込んだ。
蕾は水を吸って徐々に綻び始める。ややあって完全に花開いたそれからは、蜂蜜のような甘い香りを漂わせた。
「蜜月草の茶だ。飲め」
「ありがとうございます」
鍋の中で開いた真ん丸な花は黄色く、淡い光を放つ。彼のコップにも一輪、私のコップにも一輪。それぞれ愛らしい花が甘い匂いをさせて咲いている。
これでバックにムームー唸る煩い三人がいなきゃ、最高なんだけどな。だって銀髪の彼、めっちゃ美形だし。男女問わず美形に弱い私には、凄く目の保養なんだよねぇ。
そりゃ猫の舌でふん縛ってる三人だって、たしかに顔の造作はいいよ。いいけど、それだけ。ぐっとくるものがない。
もうちょっとお話したいと思わせるのは、うちにある知性が美貌を引き立たせてるからだろう。知性のない美は飽きるけど、美に知性が加わると最強だ。
「ところで、貴様。アレらをどうする?」
「どうとは?」
「奴らは余に危害を加えようとした。余としては、それ相応の罰をくれてやろうと考えている」
そう言われると、どうしようかと思う。
私には彼らを助ける義務はないんだよね。ついでに言えば、本当は揉め事に介入する権利もなかった。
そこを介入したのは、目の前で人死にがでそうとか、そういう物騒なのはご遠慮申し上げたかったからだし。
「そうですね。私が彼らを解放したら、貴方は彼らをどうします?」
「処す」
「えぇっと、燃やす感じの理解で良いですか?」
「ああ。消し炭にしてやる」
だよなぁ。
だってあんなに初級とはいえ、火力の強い魔術ぶつけようとしたんだもん。殺す気だわな。
彼の堂々とした答えに、視界の端にいる三人ががくがくと震えだす。
エルフ同士の決闘とか、殺傷事件ってどうジャッジされるんだっけ?
人間とエルフの判例は教わったけど、エルフ同士は流石に範囲外過ぎて教わんなかった気がするぞ。
少しどころか結構悩むな。だって多分この人達が、昨日のキリルさんへの暴行の犯人だろうし。流石にそう何人も旅人に危害を加える愚か者が存在するとは、ちょっと考えにくい。考えたくないってのもある。
「あのですね、彼らに気になる事を聞いても良いですかね?」
「気になる事?」
「はい。昨日もよそのエルフさんが襲われたとお話したと思うんですけど、その犯人ももしかして彼らなのかな、と」
「ならばさっさと聞け」
「ああ、はい」
ふんっと鼻を鳴らす彼は、話の分かる人のようだ。エルフって他種族を見下してるって言うけど、そうでもない人もやっぱりいるんだな。
そう思いつつ、三人にかけた猫の舌を少し緩める。話せるように口元を出してやると、途端に文句が飛び出て来て鬱陶しい。煩いなぁ。
「煩いとはなんだ⁉」
「そのままですけど?」
キャンキャン吼えるその一を睨むと、情けなくも「ヒッ⁉」と悲鳴があがった。
エルフが弱体化してるっていうのは本当だろう。ヴィクトルさんの鑑定眼がなくたって解る。彼らの身体から感じる魔力放出が、異様に小さいんだ。猫の舌から抜け出そうと、身体強化を使って触手を引き千切るつもりでいるようだけど、そんな程度の強化で私の魔力で作った触手が解けるものか。
そしてそんな無駄な努力をするって事は、彼らには私との力量差が解っていないって事だ。
因みに銀髪の彼は、私と自分の力量を考えて私とお話するのを選んでくれたみたい。話が通じるって素敵な事だよね。
ちょっと静かにしろよ。そういう意味を込めて、触手の圧を強くする。すると途端に静かになった。
「質問に答えてもらえます?」
「何だよ⁉」
「人間の癖に生意気だぞ⁉」
キャンっと躾の悪い犬のようにエルフその二とその三が吼えた瞬間、彼らの頬を鎌鼬が切り裂く。三人の金の髪と血が、僅かに河原に散った。
「貴様ら、考えて話せよ? 余はその人間ほど気は長くないぞ」
「だそうですよ」
銀髪の彼が放った魔術は、私には触れなかった。
質問を続ける。
「昨日、体格の豊かなエルフさんが川に投げ込まれたんですけど、貴方方、何かご存じではない?」
「あんな肥え太った醜いやつと、高貴な我らを一緒にするな‼」
「あんなのがエルフだと思われたら我らの恥になる! だから身の程を弁えさせてやっただけじゃないか‼」
「な、何が悪い!」
「あー……なるほど」
悪びれもせず吼える三人に、私と銀髪の彼は生温い視線を送り合った。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
現在活動報告にて11巻書き下ろしのリクエストを募らせていただいています。
今週金曜が締め切りとなっておりますので、よろしくお願いいたします。