10巻発売記念SS・女の子はお砂糖とスパイスとお洒落となにか素敵な野心でできてるの
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本日は10巻発売記念SSをお届けします。
次回の更新は、5/22です。
初心者冒険者講座を受講してる人数は結構多い。一回二十人とかそのくらい。
授業によってはもっと多いけど、シャムロック教官の授業はいつもだいたいそのくらい。
講座を受けに来る人達はそれぞれ本当に初めて冒険者になるって人達から、アタシ達みたいに痛い目に遭ってから鍛え直す素人にちょっと毛が生えたくらいの冒険者まで様々。
パーティーメンバーと一緒に授業を受ける人もあれば、全くのソロ、これからパーティーメンバーを募集する人と色々だ。
リュウモドキとかいうとんでもなく強い特殊個体から、ご領主様パーティー御一行に助けられ、シャムロック教官に説得されて、アタシ達は初心者冒険者講座を受講している。
今日の授業は残念ながらバラバラ。二人は武術の訓練で、アタシは座学だ。
内容は武器とか防具の重要性の話。
この初心者冒険者講座では、卒業と同時に Effet・Papillon商会の冒険者用の下級装備一式が無料も同然の値段で手に入ることになっていた。
Effet・Papillon商会っていうのは、今冒険者の間で流行りの服を売っている商会で、なんとあの虎王・ジャヤンタ、龍族の双子蓮って呼ばれてるカマラとウパトラの三人パーティー・バーバリアンの服や、去年の麒凰帝国の武闘会で準優勝したエストレージャの服を専属で作ってる商会で。
アタシ達が元いたパーティーのリーダーも、アタシ達から何だかんだピンハネしたお金でジャヤンタモデルのジャケットを買ってたっけ。
見た目ばかりでなく、ジャヤンタ本人が着ている物より格段に品質が落ちるにも関わらず、防御力は途轍もなく高かった。
そう言えばグレイがお金を貯めてそのジャケットを買うって言ってたけど、坊主頭には厳つすぎる気がする。
ビリーの方は軽装が似た雰囲気だったからって、エストレージャの誰だったかのモデルが欲しいって言ってた。
アタシは……カマラモデルはパス。
だってあの人、同じ女でも前衛にガンガン飛んでいける戦士タイプなんだもん。武器は弓だそうだけど。
そう思ってアタシは溜息を吐いた。
魔術師の、それも女の子が着るようなので華やかなものは少ない。
やっぱり魔術師なんて役に立たないから、服だってパッとしないのが多いのかな?
前にいたパーティーでは、アタシはお荷物扱いだった。
アタシが住んでた村には、魔術が使える人なんてアタシ以外には呪い師のじいちゃん以外いなかった。そのじいちゃんが言うには、アタシはじいちゃん以上の才能の持ち主だって。
だから貧乏暮らしから抜け出して、良い暮らしをするために冒険者になったんだ。
でも現実ってそんな優しくない、
村を出て、冒険者ギルドに登録する前に、その道中で何度か魔物に襲われて死にかけた。
冒険者として登録出来た所で、アタシみたいな独学の魔術師は中々パーティーに入れてもらえない。それに何より、アタシがやっと一人で使えるようになったくらいの魔術なんて、冒険者なら誰でも使えて当たり前程度のものだったんだ。
何が才能があるんだか。
アタシはあの狭い村の中では光り輝く宝石だったけど、実際はガラス玉でしかなかったんだ。
前のパーティーでは詠唱なんて必要な魔術は使えなかった。
魔術師が魔術を使うにあたっては詠唱が必要。それは体内に取り込んだ魔素を、体内で魔力として練り上げて、イメージを固めて放出するためだ。強い魔術師になると無詠唱でも魔術を発動させられるんだけど、アタシはまだそこまでの技術がない。
だから前衛の人に詠唱中は守ってもらわなければいけなかった。それが邪魔だと、庇ってもらえないばかりか、囮にされる事さえあった。
魔物に追いかけられて簡単な魔術しか使えないアタシを、あの人達は役立たずだと嘲った。
色々あって、前のパーティーが解散になって、同じような扱いだったビリーやグレイとパーティーを組んで今ここにいる。
二人はアタシをお荷物だなんて言わないし、庇ってくれるから魔術だって使える。少しは役に立ててるって思うけど、でもやっぱりお荷物なんじゃないかって……。
もう一度溜息を吐こうとした瞬間だった。
不意に鮮やかな色の洪水が目の前に現れた。
赤や黄色、緑に青に紫、他にも沢山。
何事なのかとそちらに意識を向けると、一つ前の机に座っていた女の子が隣の男の子に布を拡げて見ているようで。
「うん。似合うよ、ノエ君」
「ありがとう。識は本当に刺繍が上手だね」
「どういたしまして!」
コロコロと笑う彼女は、見せるようにしていた布を下ろす。
話しかけられた男の子は、穏やかに顔を女の子に向けた。その目はまるでトカゲのようで、皮膚には鱗が見える。きっと龍族か何かの獣人だろう。
あまりにも綺麗な布が、アタシの目から離れない。
「きれい……」
思わず呟いたアタシの声を拾ったのか、女の子がくるっと振り返った。揺れた長い黒髪の、ちらっと覗いた内側は青。
少しきつめの目が、アタシとばちっと合う。すると女の子の形のいい唇が、ゆっくりつり上がった。
「でしょ? 自分でもイイ感じの仕上がりだと思うのよね!」
「あ、え、うん……」
快活そうな声に押されて頷けば、嬉しそうに女の子は笑う。
「やっぱさぁ、ダッセェ服で死にたくないじゃん?」
ゴロゴロ、ぴっしゃーんっ!!
アタシの背中に雷が落ちた。もう、そのくらいの衝撃。
唖然としたアタシに気付かず、女の子は続ける。
「冒険者って、危険と隣り合わせじゃない?」
「え? あ、そう、だけど」
「今日着てた服が死に装束になるかも知んないのに、ダッセェ服じゃ死んでも死にきれないっつーの!」
快活に笑う女の子の肩を、アタシは無意識にひっつかんだ。
「そう! それ! それよ! なのに何で女の子の魔術師の服はパッとしないのよ!? 役立たずだから!? 何!? 地味なんだから目立たないまま死んでけってこと!?」
「お? おお?」
「ふざけんな! アタシだって……! アタシだって……!」
「おー……何か知らないけど、大変だったんだねぇ」
ポンポンと識と呼ばれた女の子がアタシの肩を優しく叩く。彼女にノエ君と呼ばれていた男の子が、ポケットから出したハンカチでアタシの顔を拭ってくれた。
そしてようやくアタシは自分が泣いてるのに気が付いた。
だってアタシだって足手まといにならないように、強くなろうとしてたんだ。詠唱してるから皆の足手纏いになると思ったから、無詠唱で魔術を使えるように朝晩必ず瞑想だってやった。ナイフを奮いながら詠唱できるようにって、戦い方だって工夫してた。
でも中々役に立たない。今だってビリーやグレイを盾にしないと戦えない。
そんな自分が情けなくて、どんどん自分が嫌いになる。
役に立たないのは魔術師じゃなくて私自身だけど、Effet・Papillon商会という流行りの商会の商品にすら魔術師の商品は無くて。
まるで取るに足らないとアタシが言われてる気がして、悔しかったのだ。
びいびい泣いたアタシの背を、二人が優しく擦ってくれるから、甘えてそんな事まで吐き出してしまった。
そして落ち着いてきた頃だった。
「えぇっと、お名前は? 私は識、隣の男の子は……」
「ノエシスって言うんだ。よろしく」
「アタシ、シェリー……」
ヨロシク。
言い合って、識ちゃんとノエシス君と握手する。
彼らも菊乃井に最近来たばっかりで、冒険者としてギルドに登録しがてら折角だからと初心者冒険者講座を受けたのだそうだ。
そして識ちゃんは魔術師だって言う。
「あのさ、Effet・Papillonに魔術師向けのがない訳じゃないと思うよ?」
「え?」
「魔術師はね、自分で武器とか防具に付与魔術付けた方が安上がりだったりするからね。特に女子はこだわりあるじゃん?」
「え?」
思いもよらない言葉に、アタシはキョトンとする。でも識ちゃんも何か驚いた顔をしていた。
二人して首を捻ると、ポンっと識ちゃんが手を打つ。
「そっか。魔術独学で覚えたっていってたっけ?」
「あ、うん」
頷いたアタシに、識ちゃんは教えてくれた。
魔術師は師匠についたら、まずその師匠が付与魔術のついた持ち物を用意してくれるそうだ。そして適性を見てアクセサリー、或いは服に何らかの魔術を付与できる方法を教えてくれるとか。
「それがアクセサリーだったり、刺繍だったり、編み物だったり、色々変わるんだけど。魔術師って大概、クズ魔石からビーズ作ったり出来るのよ。それを糸を通しただけのブレスレットやらネックレスにして持ち歩くわけ。クズ魔石って言っても、数を持っていれば魔力の回復に使えるから」
「そうなの!?」
「うん。だから下手に加工したものを買うより、そういう材料を買って自分で作る方が安かったりするの。あと刺繍にも意味や付与できる魔術があったりするから、大概の女の子の魔術師は刺繍が上手かったりするわけ。勿論男子でもそういうのが得意な人もいるわね。ここのご領主さんがそうよ。あの人の服とか、刺繍びっちりで凄いらしいから」
「え? じゃあ、Effet・Papillonのローブが無地だったり地味だったりするのは……?」
「買った魔術師が自分専用に、好き勝手改造できるようにじゃない? 聞いたところによると、生地にはこっちが勝手に付与した魔術を強化してくれる素材を使ってるみたいだし」
「じゃ、じゃあ、アタシが勝手に思い込んでただけ……?」
知らなかったことを教えられて愕然とする。
それと同時に思い込みで泣いて喚いた自分が恥ずかしくなった。なので机に突っ伏すと、穏やかな声が頭上に降って来た。
「知らないことは恥ずかしいことじゃないよ。これから知って行けばいいんだし。俺だって村から出た事なくて、毎日初めて知ることばかりだ」
「うぅ……でも勝手に泣きわめいて……」
「そういう時もあるよ。努力って報われないことの方が多いもんね。悔しくて泣きたくなる日もあるさ」
顔を上げると、ノエシス君の不思議な目が柔らかくアタシを映す。隣の識ちゃんも同じような目をしていた。
「そうだ、その辺の事は私が教えてあげようか?」
「え?」
「それ、いいんじゃないかな? 識は先生から課題出されてたもんね」
「うん。だからそれにシェリーさんに付き合ってもらおうかな?」
思いがけない識ちゃんの申し出に目を白黒させていると、識ちゃんが悪戯っ子のように笑う。
彼女には別に魔術の師匠がいるそうで、その人から「大人から子供まで楽しく勉強する方法を考えなさい」という課題が出されているそうだ。
「付き合ってくれる?」
「い、いいの!?」
「うん。魔術なんて複雑怪奇なものを、独学で勉強しようと思うくらいの変人げふん努力家なら、こっちもいい結果出せるだろうし」
「うん? 変人とか言わなかった?」
「空耳空耳」
ひらひらと手を振る識ちゃんに、アタシは誤魔化されることにした。
この人はきっと信じて大丈夫。元のパーティーの奴らと違って、きちんと説明してくれたもの。
信じよう。だってここは菊乃井だ。あのご領主様の足元で、性根の腐ったヤツは生きていけないって、町の人もシャムロック教官も言っていた。
アタシがあの人のブロマイドってヤツを買ったのも、厄払いしてくれそうな気がしたからだし。結果、こうなってるんだもん。
アタシは覚悟を決めて右手を識ちゃんに差し出す。すると識ちゃんも固く握り返してくれた。
穏やかに識ちゃんが口を開く。
「それはそうとして、Effet・Papillonの魔術師のローブが地味なのはたしかよね?」
「それはそうね」
「それって、女子の有名な魔術師がいないからなんじゃない?」
「あー……一理あるかも」
「シェリーさん、なってみたら? そしたらシェリーさんモデルのキラキラローブが出来るかもよ?」
何てこと言うんだろう。
でも魅力的な提案だ。
「協力してくれるの、識ちゃん」
「うん。私もリベンジマッチってやってみたいし」
識ちゃんの目がキラリと強く光る。
「識って意外と負けず嫌いだよね」
「そうね。似てるって言われたら、やっぱり意識しちゃうし」
なんかよく解らないけど、アタシはチャンスを掴んだようだ。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。