食いしん坊、バンザイ
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カレーライス、或いはライスカレーと呼ばれるものは、インド料理を起源に持ち、イギリスを経て日本で独自の変化を遂げて国民食となった料理、らしい。
大変な人気料理だったらしく、前世の『俺』の記憶にも沢山出てきた。
やれ、キャンプに行ったら飯盒炊爨でカレーだ、運動会で一等取ったらカレーだ、誕生日だからカレーだ、とか。
家庭科の授業とやらでもカレーを作ってたし、友人と原稿用紙に向かう前にもカレーだった。
兎も角、カレー・カレー・カレーで、たまにカレーうどん。
ちなみに、『俺』はカレーうどんのカレーは出汁でちゃんと伸ばす派だった。
それでねー、こっからが問題なの。
前世の『俺』はカレーライスを作るとき、手作りのカレールーを使ってたんですよ、奥さん。いや、奥さんて誰よ。
ご近所のインド料理店の御店主さんから、スパイスのレシピを聞いたことがあるんだよね。
実際やってみたら、自分好みに調合できるのが楽しかったんだ。
それ以来何種類かのスパイスを組み合わせてルーを手作りして、すりおろした果物や玉ねぎ、ヨーグルトとかコーヒーとかを隠し味に作ってた。
頼れるのは記憶と「青の手」と「超絶技巧」のスキル、それから料理長の鋭い味覚。
辛いのはちょっとねー、五歳児だからねー。
ロッテンマイヤーさんと手を繋いで厨房へ入ると、料理長がカレーの具材を前ににこにこしていた。
「お邪魔します、料理長」
「足をお運びくださってありがとうございます、若様。準備は整えて御座いますよ」
「はい、ありがとうございます」
見れば大きさを統一した匙、それから粉にしてもらったスパイスをそれぞれ入れた小皿が、調理台にところ狭しと並んでいる。
先ずはカレー粉を作らないと。
ちょっと私の心の隅っこにいる『俺』に、記憶を絞り出して貰う。
「ええっと、確かクミンとシナモンとコリアンダー、クローブとローレルを少々、カルダモンもそんなに沢山いれなくて……。後はターメリックを三杯入れて……あれも、これも……問題はチリなんだよなぁ。とりあえず、いれとこうかな?」
小皿にそれぞれスパイスを取り分けると、それを料理長に渡す。
中のスパイスの分量をノートに書いていた手を止めると、皿の中をまじまじと眺めて。
「これは少々庶民にはお高いかも知れませんなぁ」
「うーん、沢山買うからって買い付けたら安くなりませんかね?」
「どうでしょうなぁ。これが素晴らしく旨くて、何処でもかしこでも食えるようになるのを狙って、そこに商機を見出だしてくれる商売人がいてくれたら、何とかなるかも知れませんが」
「まあ、先ずは我が家で食べられるようになるのが先決ですね」
「そうですな、微力を尽くします」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
と言うわけで挑戦開始。
フライパンでまずスパイスを混ぜて乾煎り。もうこの時点で、カレー独特の匂いが厨房に満ちてる。
これでカレー粉は完成。
それから自家製のルーを作って行くんだけど、これがまた。
まず、バターと小麦粉を炒ってトロトロにしたところに、すりおろした生姜やニンニク、玉ねぎ、りんご、蜂蜜、トマト、醤油なんかを放り込んで、水気がなくなるまで炒めるの。
さて、ここからですよ。
ここからはオーソドックスに作って行きたいから、牛肉を一口大にして塩・胡椒・カレー粉で下味を付けて、フライパンで綺麗な焼き色が付くくらいに焼く。
野菜はあらかじめ作って貰ってたスープストック───香味野菜や鶏ガラ、牛骨とかで取ったスープのこと───で煮て、小まめに灰汁を取りつつ火が通ったらお肉をどぼん。
ここで本日のメインイベント、ルー投下。
説明するだけだと簡単なんだけど、実際作業しながらメモを取ってる料理長はかなり忙しくて、途中からメモを取る係りはロッテンマイヤーさんが代わってやってたり。
手伝いたいんだけど、初めて作るものだから、作業は一から自分だけでやりたいって料理長の希望で、スパイスの調合以外私は見てるだけ。
ことこと静かに煮込むことしばし。
小皿にカレーを少しだけ取ってもらって、いざ味見だ。
ふうふう息を吹き掛けて冷ますと、ちょっとだけ嘗めるように舌に乗せる。
熱い。それからスパイスの刺激的な匂いが鼻から抜けて、複雑な味わいにまじって舌をチクチクする辛味が。
やーん!? やっぱり、辛かったー!
でも、記憶にある味に似てて、ちょっとだけ前世の家族の顔が過る。
朧気だけど、笑うとエクボが出来る、歳より若く見られがちなことが自慢の母上は、たれ目に見えるけど実はつり目で、優しいけど怒らせると執念深かった。
父上はちょっとお髪が心許なかったけど、背筋は同年代の人よりずっと延びてて、誰の悪口も言わない穏やかで駄洒落が好きな人だった。
『俺』は母上似だったから、髪の毛は心配ないとは思ってたけど、ちょっと不安でカレーを食べるときには然り気無く海藻サラダを一緒に出してたり。
随分と、遠いところに来ちゃったな。
今の両親と折り合いが悪いのは、親より先に逝くなんて親不孝をしたからだろうか。
……なんて考えてると、心の隅っこで『俺』がいじけるからやめよう。
『俺』だって死にたくて死んだ訳じゃない。
ふるふると首を振ると感傷を振り切って、小皿を調理台に置く。
「ええっとね、美味しいんだけど私には辛いです」
「ふむ、ではこども向けでは無いんですかな」
「いいえ、これに更に蜂蜜やリンゴのすりおろしや醍醐を加えれば、こどもでも問題なく食べられますよ。まあ、とりあえず、食べてみてください」
「承知しました」と頷いて、料理長とロッテンマイヤーさんが、それぞれカレーを味見する。
「ふむ、なるほど……!」
「まあ、これは……!」
スパイスの辛味の作用か、二人ともちょっと顔が赤くなった。
極端に辛いわけではないんだろうけど、今までの菊乃井で出てきた料理よりは遥かに辛いはずなんだけど。
固唾を飲んで見守っていると、吃驚するほど朗らかにロッテンマイヤーさんが笑った。
「辛いですが、また食べたくなるお味ですね。でももう少し辛くても!」
「おお……確かに……いや、舌が少しばかり痺れますが、それが嫌な感じでなくて……それに辛いだけでなく、奥行きのある味だ」
おお、好感触。
でもまだまだ、ここでライスの出番ですよ。
お皿に少し固めに炊いたご飯を乗せて貰うと、お玉でルーを一掬い。
トロリと黄色味かかったルーを纏った玉ねぎやじゃがいも、にんじん、牛肉が真っ白なご飯の上に鎮座する。
「ご飯にかけてしまうんですか!?」
「はい。少し混ぜて、ルーとご飯を一緒に食べると、また違った味わいになりますよ」
言い出しっぺの法則とやらに乗っ取って、ルーとライスを一緒に掬って口の中へ招く。
するとやっぱり辛いのは辛いけど、白米を噛み締めた時の甘さと混じって、これはこれで美味しい。
私の真似をして、二人がそれぞれにスプーンでライスとルーを一緒に食べる。
すると「むほっ」と料理長がおかしな声をあげた。
「これはまた、旨いもんですなぁ!」
「本当に! ああ、でも、私はやっぱりもう少し辛味が欲しくなりました」
きゃっきゃする二人を見るに、カレーも何とか受け入れられそうだ。
だけど、まだ足りない。
「料理長、どうですか?」
「はい、これはとても旨い。しかし、まだ手を加える余地はありそうですな」
「そうですね。大人向けにもっと辛いのから、こどもでも食べられる甘口。バリエーションは無数に作れるかと」
「では差し当り子供用から始めましょうか」
「はい!」
これで漸くカレーライスが食べられる。
やったー!
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