信長の焼き討ちと似てるのか?
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ここ二百年くらいだけど、エルフの能力低下が著しいそうだ。
とは言え、魔術の腕はまだまだ人間には追い付けない領域にある。けれどこの二百年で、転移魔術やマジックバッグなどの複雑な魔術が使えないエルフが増えてきているのだそうだ。
でもその複雑な魔術が使えなくなってるっていうこと自体は、先生達が子どもの頃から言われていたことで、どちらかと言えば先生達みたいに太古の魔術が使える方がちょっと珍しい部類だとか。
それは先生達がエルフの始祖の血を色濃く受け継いでいるからで、エルフの中でも貴種中の貴種とされるお血筋だそう。
「畢竟、エルフというのは滅びに向かいつつある種なのかも知れないね」
「長く他の種族を虐げてきたって聞くからね。因果は巡るものさ」
ヴィクトルさんもラーラさんも静かにそんな事を言う。
エルフというのは長く生きる代わりに子どもが増えにくい種族なのだそうだ。というか、長く生きる強い種族って、寿命や強さと引き換えに繁殖能力が低くなる傾向にあるらしい。
これは空飛びクジラとか、ドラゴンや龍が同じような状況にあるからの推測なんだけど、強く長い寿命を持つがゆえに、そうそう新しい命が誕生しなくても滅びないだろうという生物としての判断みたいだ。
反対に人間みたいな個体として弱い部類の命は、産めよ増やせよで絶滅を防ぐ。結果としてその数に、強く長い寿命を持つ種が圧されているのだ。何事もバランスが大事。
とは言え、そんな寂しいことをヴィクトルさんやラーラさんから聞かされると、こう、胸に刺さるんだ。そりゃ、どう頑張っても私達人間はエルフよりも先に寿命が来ちゃうんだけど。
かつてエルフの始祖には人間の友があって、その友を亡くす悲しみに始祖は心を閉ざし、人間との交流を閉じたという。
だけどその人間に家族はいなかったんだろうか? 友の家族とは生きていけなかったんだろうか?
聞いて良いんだろうか、これ。
悩んでいるうちに「湿っぽくなっちゃったね」と、ヴィクトルさんが笑う。
この話はお終いの合図なんだろうけど、お終いなのは「滅びにある」ってとこだけみたいで。
「複数人で力を合わせて一人を襲うっていうのも言語道断なわけだよ」
「ああ、それはそうか」
ヴィクトルさんの解説に奏くんが頷く。全くの同意だ。だけどラーラさんが首を横に振る。
「大事にならない方がおかしい案件だけど、どうかな?」
「え?」
「実はアリョーシャもヴィーチャもボクも、今回の件大事にならないんじゃないかって、少しだけ思ってる」
「それは……」
ラーラさんの言葉に喉が詰まる。それって、エルフの里では正しい裁きが行われないって、先生達は思ってるってことじゃん?
だいたいキリルさんは文化圏が違うだけで同じエルフじゃないか。同族のエルフでさえ出身地の問題で差別する。それほどまでに先生達の故郷は、どうにかなってしまってるって考えてるって事なんだろうか?
「もし、そうだったらせんせいたちはどうするの……?」
きゅっと眉毛をよせて、ひよこちゃんが静かに尋ねる。奏くんや紡くんも、ヴィクトルさんやラーラさんを静かに見ていた。ぴりっと場が張り詰める。
「そうですね、里ごと焼き払いましょうか?」
おどけた声が聞こえて、振り返ればロマノフ先生が立っていた。転移魔術の名残の光が、先生を取り巻いている。今、帰って来たのだろう。
一種の緊張感を孕んだ空気が凪ぐ。それにホッとしていると、ロマノフ先生が手をひらひらと振った。
「長が激怒してましたよ。エルフの風上どころか風下にも置けぬものは、見つけ次第追放処分とする、と」
「そうか」
ヴィクトルさんがロマノフ先生にホッとした表情を向ける。でもラーラさんは片眉を上げて、ふんっと鼻を鳴らした。
「まだそこまで耄碌してなかったようだね、あのジジイ」
「ジジイ……!」
ラーラさんの口からでた「ジジイ」に、私もレグルスくんも奏くん・紡くんもぽかーんだ。
だって普段ラーラさん、そんなこと言わないもん。寧ろ言ったこっちが「お口が悪いよ」って言われるのに、その人が「ジジイ」って!
唖然とする私達に、ロマノフ先生がほんのり苦笑する。
「まあ、頑固ジジイなのは今に始まった事ではないですからね」
ロマノフ先生までジジイを否定しないし、ヴィクトルさんだって頷いてる。余程のお年寄りって事じゃなく、相当なんかあるんだろうな。
先生達の様子に頬っぺたを引き攣らせていると、ロマノフ先生が事の顛末を教えてくれた。
里長は激怒したらしい。
それは同族のエルフに攻撃を仕掛けたってとこじゃなく、複数人で一人を襲ったというところだったとか。
里長はたしかにエルフ以外の種族を見下してはいるけれど、それは貴種のエルフが弱い種族を虐げるなど言語道断という方向性だったらしい。同族とは言えたった一人を複数で襲うなど、高貴なエルフがしていい行いではないと、それはもう怒り狂っていたそうだ。
なんというか……。
「鳳蝶君、今、脳みそ筋肉な人だとか思ったでしょ?」
「いいえ⁉ エルフって文系っぽいのに、実は武人系だったんだなとは思いましたけど⁉」
あらぬ疑いにブンブン首を横に振る。
だけどエルフって本の中じゃ優雅な賢者って感じだけど、実際の先生達、「僕は音楽家だから荒事はちょっと不得意なんだよねぇ」とか言ってるヴィクトルさんでさえ、鬼ごっこでは鬼のごときお振舞いだったんだよ。エルフって全体的に、その、あの……はい。
段々と逸れていく私の視線に、ひよこちゃん達も察するものがあったのか、同じように先生達から視線を逸らす。
そんな私達に、ロマノフ先生は微妙な顔で笑った。
「とまあ、今回はきちんと大事にしてくれるみたいですよ。あの人は種族に対しての歪みはあっても、善悪に歪みはなかったようですからね。他種族であろうと同族であろうと、無辜の旅人を傷付ける輩には厳正な対処を今後も約束してくれましたし。多少雑音はありましたが、はね除けていましたよ」
「そうなんですね」
「ええ。そういう訳で、私達は故郷を焼野原にしなくて済みました。良かった良かった」
にこやかに晴れがましくロマノフ先生が胸を張る。けれど「里ごと焼く」と言った時の目は、底冷えするほど冷たかった。アレは本気だ。そして里長は、そんなロマノフ先生の本気を帝国認定英雄かつ貴種中の貴種である三名の総意として受け取ったんだろうな。
そりゃ今後も厳しくせざるを得ないわ。だってデッド・オア・アライブだもん。犯罪者を匿って、一族全てが皆殺しじゃ割に合わない。
背筋を冷たい風が撫でる。夏なのに少しの肌寒さを感じるのは、きっと森の中だからだ。だって木の葉や枝が日差しを遮ってくれるし、川で冷やされた風がそのまま森に入って来る。そのせいだ。
無意識に詰めていた息を、ゆっくり吐き出す。
ひよこちゃんや奏くん・紡くんも、私と同じく緊張していたのか、ホッとした雰囲気だ。
「それで犯人の目星はついてるのかい?」
「まあ、大体は。最近の子達、転移魔術が使える方が少ないので」
「ああ。協力すれば転移魔術ができそうな子達を探す方が簡単か」
「そういう事です」
ラーラさんやヴィクトルさんの問いに、ロマノフ先生が答える。
でもそういう事件って今に始まった事じゃないって言ってたよね、たしか。
疑問を口に出すと、先生達が肩をすくめた。
「私達エルフの『最近』なんて、一年とか五年とか下手したら五十年くらいの時もありますからね」
「うん。たしか前にエルフが人を襲ったって聞いたのは……十年くらい前だっけ?」
「いや、十五年前じゃなかった?」
おぉう、時間の概念の差が凄いな。
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