ときめきと動悸は大分違う
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エルフはたしかに痩身美形が多いけども、必ずしもそうって訳じゃないそうだ。
海の向こうのエルフさん達は痩せているより太っている方が美形って言われているらしい。そこは個体差だし地域差だし文化の違いだそうな。
先生達の故郷、つまりこの近くの里では痩せているのが理想的だけど、引き上げたエルフさん……キリルさんと仰るそうだけど、彼の所属していた文化圏ではそれはあまり歓迎されないとか。
身体にお肉が沢山ついている方が、裕福で立派な人物なんだって。
「そう言えば元は同じ一族だったのが、価値観の違いで枝分かれして、住むところもバラバラになって行ったと聞きますね」
「はい。私の先祖がこの辺り出身というので、旅がてらちょっと寄ってみたんですよ。そうしたらお若い人達にでくわして、笑われた挙句にいきなり飛ばされましてねぇ」
「それは……申し訳ない事をしました。どこの者かは私達には解りませんが、後で里長に報告しておきます。それなりの沙汰が下ることかと」
ロマノフ先生が申し訳なさそうにキリルさんに頭を下げ、それに倣うようにヴィクトルさんとラーラさんも頭を下げる。
それにキリルさんは「とんでもない」と首を横に振った。
「揉めるために来たわけではないんです。ただ私は少しばかり頑丈で身体強化も使えましたから何とかなりましたが、他の種族の方々だったらと思うとぞっとします。それさえ注意していただければ……」
汗を拭いつつ、キリルさんは穏やかに魚を食べる。もう五匹目。
引き上げた直後から意識はあったけど、身体が水に落ちた衝撃やらで冷えてしまってた。だから火を熾している所に座ってもらって、身体を温めてたんだよね。そうしたらぐうって派手にキリルさんのお腹が鳴ったものだから、焼いてたお魚を勧めてジャストナウ!
お鍋に沸かしたお湯にペミカンを放り込んだ即席のスープを私が作る傍ら、ヴィクトルさんはご飯を炊いている。
奏くんがフライパンでじゅうじゅう焼けるムニエルを引っ繰り返す近くで、レグルスくんと紡くんが食器の用意。
先生達が用意してくれてたスープカップに、ペミカンのスープを注いでキリルさんに渡すと、彼はにこりと穏やかに微笑んだ。
「良い匂いですねぇ。ペミカンがとてもいい出来ですね」
「あ、はい。うちの料理長が作ってくれたんです」
「料理長さんが……!」
感心した様子でスープを飲むと、キリルさんが目を輝かせる。目じりが下がって本当に美味しいって顔してくれるから、こっちも嬉しくなっちゃうお顔だ。
「素晴らしい……! 三百年ほど旅をしていますが、こんなに美味しいスープはそうそう出会えませんよ。うん、ときめきますね!」
「ときめく?」
独特の言い回しに、レグルスくんが首を傾げた。それにキリルさんは大きく頷く。
「ときめくというのは、心が嬉しくて踊りだすような気持ちをいいます。出会った瞬間に嬉しさで踊りだしたくなるという事は、とても喜ばしいことなのです。私はそれを探して旅をしているのですよ」
マグメルで出会った空飛びクジラの長老も、刺激を探して旅をすると言っていたっけ。長く生きるには、心を朽ちさせてはいけない。キリルさんのときめきを探すっていう事も、同じなんだろうか?
「この後も旅を続けられるんですか?」
聞いてみたのは何となくだけど、キリルさんは穏やかに是と首を縦に振った。
「はい。今度は帝都の北の方に行って見ようかと。なんでも帝都の北には面白い町があるそうで」
「面白い町、ですか?」
「はい。歌って踊るお芝居を見せてくれる歌劇団があると聞いたのです。それに食事が美味しいとも聞きました。そんなに色々ワクワクが多そうな土地、ときめきを探すならば行かない訳にはいきません!」
片手にスープボールを抱えたキリルさんは、空いてる手でグッと拳を握った。なんか聞いた事ある町の特徴に、ちょっと口が引き攣った。
いや、良い事なんだよ。人の口から、ときめくことが多そうって言ってもらうのは。そりゃ嬉しいんだけど、ちょっと照れ臭い。
レグルスくんがニマニマしつつ、キリルさんに尋ねた。
「それって、菊乃井っていうまち?」
「はい! やっぱり有名なんですね! 海の向こうでも、こちらから渡って来た冒険者が『凄くいい!』と力説していたもので」
「うん。れーもよくしってるよ! すごいんだから!」
「すごいんですか! それは楽しみだ!」
こんな風に、菊乃井に楽しみを求めて来てくれる人がいるって言うのは凄く嬉しいよなぁ。でも帰ったら早速やらなくちゃいけないことが出来た。
それは旅人の安全を保障する街道の整備だ。菊乃井は寂れていたから、若干帝都に続く街道の整備に不安がある。
これは早いところ、ロートリンゲン家とお話し合いをしなきゃ駄目かもしれない。ロートリンゲン家は貴族相手のホテルとかあるから、街道が整備されて菊乃井に貴族のお客さんが来るようになったら、そこにお泊りしてもらうんだ。それで共存共栄を目指す。
そういう話はゾフィー嬢を通じてあちらにも話はいっていて、ロートリンゲン公爵閣下も乗り気でいらっしゃると聞いた。
考えをまとめている間に、レグルスくんは奏くんや紡くんと一緒になって、菊乃井の良い所をキリルさんに話してくれていて。
ごはんを食べ終わるまで話が尽きることはなかった。
ご飯の後のお茶も一緒に過ごして、キリルさんは夕方になる前に街へ出ようと思うと言って旅立って行った。
彼は私達が菊乃井の関係者だと悟ってたようで、菊乃井での再会を約束したんだよね。
夜になるまでは森の中を探検してたんだけど、ロマノフ先生が途中で姿を消した。
と言っても、ソーニャさんからのお呼びだしがあったみたい。
「ほら、キリルさんの事を使い魔で伝えておいたからさ」
「ああ……」
「長が詳しい話を聞きたいって言ってるとかで、伯母さん経由で連絡が来たって」
「それは……大事になります?」
森の中で私達は野草を探してた。ござる丸が採って来てくれた以外にも、この森には食べられる野草があるんだって。
ハーブの代りになったり、お茶にして飲めるようなものあるらしくて、ヴィクトルさんやラーラさん、ござる丸に教わりつつ草を探す。
「大事になるだろうねぇ」
「やっぱり?」
「やったことが悪質過ぎるよ」
そりゃそうだ。
空中に転移させて川の中に放り込むとか、キリルさんが彼が言うように普通より頑丈で身体強化が使える人だったから助かっただけで、そうじゃなかったら最悪の事だって考えられる。
エルフだからって他種族に対して、謂れのない暴力を奮って許されるっていうことはない。帝国とは協定が出来ているから、エルフが帝国人に対して危害を加えたら、犯罪者としてそのエルフは帝国に引き渡される。でも逆はちょっと微妙なんだ。エルフの里の量刑に照らし合わせて、帝国が犯人を処罰する。これはエルフが長命故に禁固二百年とかが普通の量刑で存在するから。因みに禁固二百年は人間の量刑で言えば禁固二十五年くらいかな。
時間の尺度が違うと、そういうところにも影響がでるっぽい。
ぷちっとヴィクトルさんが木に巻き付いた蔦のようなものについている丸い実を採った。見るからにムカゴっぽい。
ぽいぽいと持ってきたボールに入れると、バターで焼いたら美味しいと教えてくれた。
でもやった事の悪質さもそうだけど、ヴィクトルさんには他に気になる事があるという。
「あの人、お若い人達って言ってたでしょう?」
「ああ、はい」
「彼がかけられた魔術って、転移魔術の応用なんだけど」
「はあ」
「最近の若い子たち、転移魔術使えない子が増えてるんだよね」
「え……?」
ざわっとする。
奇妙なほど、心が騒いだ。
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