釣りから始まる自然観察
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次回の更新は、5/8です。
ぷかぷかしてても、死んでる訳じゃない。気絶するくらいのをこの魚にだけ落とした。いつ起きるか分かんないからロマノフ先生にお願いして引き上げてもらうと、先生でもかなり重かったみたい。
「これは鱒ですね。普通のじゃないですけど」
「モンスターです?」
「ええ。でもそれでも鱒なのでこんなに大きくはないんですけどね?」
とは言え、目の前にいるお魚は遠目からはロマノフ先生が腕を拡げたくらいに見えたけど、実際は更に大きかった訳で。
びちっと尾っぽが跳ねたので、逃がさないように脳天にもう一度雷を落して絶命させる。
「私が加わっても引っ張られるとは……。これはもしかしてエンペラーというヤツかな?」
「エンペラー……」
「ええ。鱒の魔物の中でも特殊個体で、凄く美味しいんですよね。物凄い肉食で、少なくない釣り人が犠牲になってます。さっき私達でも引っ張られるという事は、身体強化の魔術でも使ったんでしょう」
「おぉう」
それは恐ろしい。だけどそうだろうな。先生やタラちゃん・ござる丸、紡くんがいなかったら、身体を持ってかれたかもしれない。
とんでもない大物が釣れた訳だけど、それはそれで問題発生。だって大きすぎて、この人数では食べきれない。なので下手に触らず、このまま持って帰ることに。
董子さんが貸してくれた箱は空間拡張にも対応しているようで、ロマノフ先生が持ち上げて頭を突っ込めばそのままするっと入ってくれた。
これでお土産は出来たよね。
ほくほくしながら釣り再開。
また虫をござる丸が捕まえて来てくれて、それを釣り針の先に付けてくれる。
今度当たりがあったのは、紡くんとタラちゃん。
タラちゃんは自分でひょいっと糸を引いていたけど、紡くんはござる丸に手伝ってもらってた。
河原にびっちびち打ち上げられた魚が上がる。テントから持ってきたバケツに水を汲んで入れておいたそこに、ござる丸がぽいぽいっと放り込んだ。
中を見てロマノフ先生が魚を指差した。
「ほら、先ほどの大きいのと同じ模様でしょう?」
「そう言われれば」
「ほんとだ……!」
鱗というか皮というかは銀で、エラから尾にかけて赤紫の縦じま模様。先ほどのエンペラーもそうだった。大きさが段違いだけど。
そのまま塩焼きにしても美味しいし、バターでソテーしても、ペミカンで煮ても美味しいみたい。
立て続けに二匹も釣れるなんて、これはもしや群れとかがいるのかも知れない。ワクワクして来たけど、はたと止まる。上流で入れ食い状態って事は、下流はもしかしてお魚いないんでは?
そう思って先生に尋ねてみると、ロマノフ先生はにやっと悪い顔で笑う。
「なら、勝負は私の勝ちですね。これなら私も沢山釣れそうだし」
「あ!」
そうだった。
レグルスくんとロマノフ先生は勝負してたんだった、うーむ。
「先生、ご迷惑じゃないですか?」
考えて、漸くそれだけが口から出てくる。私の言葉にロマノフ先生が首を捻った。
「何がです?」
「あの……レグルスくんの反抗期のことなんですけど……」
「ああ」
釣り糸を垂れながら、ロマノフ先生が静かに笑う。そして首を横に振った。
「最初、私はレグルスくんと宇都宮さんを拒否しましたよね」
「はい」
「あの時は彼がいると、君の父上がそれを盾に悪さをしないかどうかが気になったからなんですが。それはそれとして配慮の無いことをしたなと思うんです」
配慮、と呟く。
それを拾った先生が、こくりと頷いた。
「君があの時言った通り、レグルスくんはお母様を亡くされたばかりの三歳のお子さんだったんです。君の事情と彼の事情は分けて考えるべきだったのに、私はそれをしなかった。君を贔屓するのは当たり前として、あの子をあんな風に拒絶すべきではなかったなって思う事が多々ありましてね」
「……」
「親という色眼鏡を外してしまえば、レグルスくんもとてもいい子だ。才能もある。何より真っ直ぐに育ってるじゃないですか。それは君があの子ときちんと向き合った結果です。誇らしい事だ。頑張る教え子の手伝いはしたくなるものです。なので、彼の反抗期くらいどうという事もない。だいたいあんなに私との力の差が解っていても、それでも向かって来るような気の強い子、可愛くない筈がないじゃないですか。私は私なりに、レグルスくんが可愛いんです。反抗期、結構じゃないですか。いつ私を超えるのか、楽しみですとも!」
晴れやかな笑顔に、胸が熱くなる。
あの子を引き取った時はもう勢いみたいなもんで、本当にちゃんと育てられるのか実は不安だった。
それでも言葉通り先生は私がレグルスくんに授業する時は必ず傍にいてくれたし、レグルスくんの疑問に答えきれない時はさり気無く助け船を出してくれて。
厳しいことも言われたけど、無理だとか否定は一度もされなかった。それはロマノフ先生が事の最初から、私を信じて見守ってくれたからだろう。
そしてレグルスくんは伸び伸びと、その才能を開花させようと歩んでいるのだ。
「先生、ありがとうございます」
「いえいえ。菊乃井に来てからずっと面白くて楽しいことばかりなので、お礼を言うのはこちらですよ。ヴィーチャやラーラとも久しぶりにずっと一緒にいますしね。君達兄弟だけでなく、奏君や紡君にアンジェちゃん、ラシードくんや他の子ども達、先が楽しみな子ども達が沢山集まって来て、その子達の成長を目の当たりに出来る。長く生きるエルフでも、こんなに先に期待できる子達に関われるなんて、そうそうないことですよ」
ぺこっと頭を下げた私の旋毛を、ロマノフ先生は釣竿を持ってない方の手でつんつん突く。話を聞いていた紡くんは内容をきちんと理解出来たのか、ほっぺを赤くしてはにかむようにもじもじしてた。紡くんも先が楽しみな子って褒められたもんね。
そんな事を言ってる間に、先生の竿の先がつんつんと引かれる。ごく弱い引きに先生が竿を引き上げると、針には小さい蟹、サワガニくらいのやつがくっついていた。
「おや、珍しい」
「え? この蟹珍しいんですか?」
ロマノフ先生が手の平の上に乗せた、小さな蟹を紡くんと頭を寄せて見る。甲羅は何だか透明で、太陽の光をキラキラ弾いて中に虹が見える。
「これ、甲羅が透明ですよ? 脱皮したんですかね?」
「いえいえ、これはこういう個体なんです。でもまだ小さいから、まだまだ脱皮すると思いますよ」
「はえー……」
変な声が出た。紡くんも気になるのかつんつんと蟹をつついては、観察してる。
サワガニは私の持ってる前世の生き物の記憶で、あちらも沢山不思議な生き物はいた。でも今の世界にも不思議な生き物が一杯いる。前世の記憶は役に立つけど、本当に私が知らなきゃいけないのは、今生きているこの世界の事だよね。
もしかして、先生はそういう私のよく解んない知識の浅さを埋めるために、こういう所に連れて来てくれたのかも。
それなら私はそれに甘えよう。
決めて、先生の手のひらの蟹に触れた。
「これ、なんですか? なんか甲羅が凄く硬い気がします」
「良い所に気が付きましたね。これはね、甲羅が水晶なんですよ。その名も水晶蟹。寿命は数年から十年ほどで、甲羅がアクセサリーや魔術師の杖なんかに利用されますね」
そりゃ凄い。でも先生はバケツにその蟹を入れると、後で逃がすっていう。
「まだ子どものようですから。成体はもう少し大きいんですよ、私の手のひらに余るくらいですね」
「わぁ」
それはリリース対象です。
水晶蟹は綺麗で魔素が沢山の川や沢でないと生きられないし、そう強い個体でもないから強い気配を感じると出てこないそうだ。臆病が身を守るっていう感じなんだって。なのでロマノフ先生でもあまり見た事がないとか。
珍しい生き物を観られて私と紡くんはテンション爆上がり。
だけどこの後、ヴィクトルさんが山鳥をお土産に戻って来ても、ロマノフ先生の釣竿が突かれることは一切なかった。
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