ご褒美は次への期待でもある
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餅は餅屋。お芝居のことはお芝居に詳しい人に聞くのが良いだろう。
そんな訳でヴィクトルさんが早速ユウリさんを呼んできてくれた。
今回の冒険の話を聞いたユウリさんは、こともなげに「台本ならどうにか出来る」と手をひらひら振る。
「だって今までの舞台の台本とか、俺が用意してたんだから。俺は物語を一から書くのは無理だけど、原作のある物なら何とかできるさ」
「は⁉ そうでしたね!」
「オーナーってそういうとこ抜けるんだな」
クスクスと面白そうにするユウリさんだけど、本当に灯台下暗しだよ。今までの公演だって台本があった筈なのに、それをうっかり失念してたんだから。
というわけで、必要なのは原作を書いてくれる人だ。それは私から聞いた詳細をもって、ロッテンマイヤーさんが「蝶を讃える詩」の作者さんに会いに行ってくれるという。
なんと「蝶を讃える詩」の作者さん、ロッテンマイヤーさんのお知り合いなんだって。縁って凄いね。
そこまでで今日の会議は終わり。その後はお茶会と相成った。
話題はやっぱり遺跡とウイラさんとラトナラジュの話が多かったけどね。そういや私、ずっとウイラさんの事さん付けだけど、どっかで改めた方が良いかも知れないな。
その席で、遺跡の探索はまたに持ち越す事に決まった。
明日楼蘭にブラダマンテさんが行った時点で調査が始まるだろうし、何より予定外の謎解きとその真相にちょっとお腹一杯になってしまったのだ。
なのでラーラさんの「もっと夏休みっぽい事をしよう!」という言葉に甘えて、明日一日で準備、後ロマノフ先生のお勧めキャンプに出発することに。
冬は暖かい遺跡に行こうってラーラさんは笑ってた。何だかんだ言って、遺跡探検燃えたもんね。
それで翌日。
準備って言っても、私がすることってほとんどない。
着替えと誕生日にヨーゼフから貰ったレジャーシートとかを、ウエストポーチに入れるだけ。
飯盒とかテントとか寝袋に関しては、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが旅の時に使っている物を持って来てくれるんだって。
ご飯のおかずも、持っていくのは料理長が作ってくれたバターのペミカンや、リュウモドキのベーコン、うちで使っているお米。
ペミカンっていうのは保存食の一種なんだけど、ウチのペミカンは保存食って言うよりも、料理を手間やなんやかんやを省いて美味しくする目的で作ってるものだ。そこは料理長が「今回は短い野営だから、そういう用途にしときましょうね」って言ってくれたんだよね。
因みに作り方が結構贅沢。
野菜やお肉を細かく切ってバターで炒めた後、大量のバターを追加して全体が馴染んだら、容器に移して冷やし固める。この時に塩コショウで味を調えてもいいんだってさ。
ペミカンは砕いてお湯に入れただけでも、美味しいスープになる優れものなのだ。しかも適切に保存すれば一年や二年は持つらしく、凄く便利。
といっても今回はそんなに持たさなきゃいけない訳じゃないし、他にもローリエやタイムを一括りにしたブーケガルニを持たせてくれる。先生達も調味料とかは、手持ちのがあるんだって。
そうやっていそいそ準備を整えて、後は翌日を迎えるだけ。
ベッドに潜り込んでうとうとしていると、ぼとぼとぼとっと大きな音がする。驚いてベッドから飛び起きて音がした部屋の真ん中を見れば、そこには大きな赤い柘榴が山になって鎮座していた。
アレ、見た事ある。凄く最近。何なら一昨日。
私が遠い目をしている事に気が付いたのか、ベッドの天蓋で寝ていたタラちゃんが降りて来た。そしてちょこちょこと柘榴の山に近づき、ぴょんぴょん跳ねながら観察するように回る。タラちゃんのぴょんぴょん、猫が威嚇する時のステップ――通称やんのかステップに似てて可愛い。
そういえば奈落蜘蛛は同族同士で決闘という概念が存在するそうだ。そしてその決闘に際してピョンピョン跳ねてダンスを踊るという。前世のムエタイっていう格闘技は試合の前に「ワイクルー」っていうダンスを踊るけど、そんな感じみたい。意味は自身の鼓舞と相手への煽りのようなものだって。
じゃ、ない。現実から目を逸らしても仕方ない。
そっと柘榴に近づくと、空からひらりと手紙が落ちて来た。そこには「大儀」とある。あー……ねー……。ウイラさん、ちゃんと「武神の加護」って言ってたもんねー……。
一人で頷いていると、タラちゃんが別のお手紙を見つけたようで、それを渡してくれる。
見れば御署名はロスマリウス様。なんとウイラさんは武神の加護をお持ちだけど、ラトナラジュはロスマリウス様の眷属だったらしい。
海で生まれた美しい鹿が、山の方に旅して美しい沼の雌鹿と出会って、その間に生まれたのがラトナラジュだったとか。海と山の美しい鹿の子はやっぱり美しかったから、ロスマリウス様のお気に入りだったんだってさ。
武神のお気に入りの青年と海神のお気に入りの鹿は、その後英雄となり地方の英雄神となった。その後見人的な存在がイシュト様とロスマリウス様なんだって。
だから二人して実の全てが魔紅玉の紅玉柘榴の山をご褒美にくださるそうな。うん、畏れ多い。
それに私が考えたウイラさん達の知名度アップ作戦も、天上のお二人の御意に適ってたらしく、それにもお褒めの言葉があった。
お手紙になったのは、お二方の出禁が姫君によって続いているからだそうな。
魔紅玉、ちょっと皇室にも献上しとこうかな……。
大きなため息を吐くと、紅玉柘榴の山を床に置いたままにしておけないから、タラちゃんに手伝ってもらってテーブルの上に移動させる。
その後は何かぐったりして、すぐに寝つけた。
ちょっとしたアクシデントはあったものの、目覚めはすっきり。
朝の支度と荷物の確認をしてから朝食へ。
その席で昨夜の神様方からの贈り物とその訳を話すと、ヴィクトルさんが眉間を押さえた。
「実の全部が魔紅玉ってどんだけ……!」
ヴィクトルさんが一昨日買った紅玉柘榴にも、実は魔紅玉があったんだって。というか、魔紅玉があるのが見えたから買ったんだそうな。あの籠の中の紅玉柘榴、ほとんど魔紅玉入りだったって言うから超ビックリ。
ロマノフ先生はくすっと笑った。
「いやぁ。姫君様の思し召しなんでしょうね」
「へ?」
「これから先、その英雄神ウイラ様とラトナラジュ様の御名を広く知らしめるため、お芝居とか考えてるでしょう? それには元手が掛かる訳です。ウイラ様方のお名前が広く知られてお力が増せば、ウイラ様達を後見されてる神々の力も増す筈。それを姫君様は見越して、お二人に元手となる物を用意させたのでは……と」
「あー、そういう! 職務範囲外時間外休日出勤手当‼」
「そうじゃないかと。良かったですね、きっちり取り立てて下さってますよ」
何という事でしょう、これめっちゃ頑張れって事じゃん。
そして多分それだけじゃないんだ。姫君様は菊乃井にオリジナルミュージカルが出来るのを期待しておられる。それがこの根回しなんだ、多分。
「……作曲家さんも探さないと」
ぼそっと呟くと、ラーラさんがぱちんっとウインクを一つ。
「ああ、それは大丈夫だよ。イツァークが最近、ユウリと協力して曲を書き始めたから」
「なんと!」
「歌劇団もキミと同じく、日々成長してるって事だね」
「凄い……!」
色々一杯起こっててんやわんやでお任せする以外に出来てないのに、皆が協力して色々進めてくれている。報告とかは聞いてるけど、細部まで目が行届かないこともあるのに。
こういう時に自分の環境がどれだけ恵まれてるか思い知るってもんだよ。
「君が少し気を抜いたって、歌劇団も菊乃井も崩れたりしない。それが解ったら安心して遊べますよね。何も考えずに、楽しい思い出っていうのを作ろうじゃありませんか」
ロマノフ先生の言葉が、じわっと胸に染みた。
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