レイドボス戦終了のお知らせ
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、4/24です。
空気は浄化されて鼻を摘ままなきゃいけない程の臭いはなくなった。
あれは屎尿とかの臭いではなく、腐臭だと思う。アンデッドの棲み処だもんね、そういう臭いがしてもおかしくない。
地下四階の造りは上の階とは全く違った。
何処をどう見ても壁・壁・壁。まるで迷路だなんて思っていると、ウイラさんの「迷路になってる上に、ここはセーフゾーンはないんだよ」という声が聞こえる。
これまでの階を潜り抜けても、それでも実力が足りなければここで諦めさせるよう迷路にしたそうだ。しかし偶に力不足を自覚できない者たちが、ここで躯を晒すことになる。
敵の中には、そういった人間がアンデッド化したものもいる筈だ。
「……って、思うだろ?」
「え?」
「人間の躯はここのモンスターが食うし、魂も取り込んじまうんだよ。人間はアンデッド達にしたら御馳走だ。骨の髄までしゃぶられて何も残らねぇ」
「死体が食べられるのは自然の摂理です。文句を言うつもりはありませんよ。代わりにあちらもより大きな力で潰されるっていう、自然の摂理の中に入ってもらうだけです」
「おおう、頼もしいやら厳しいやら……」
なんかお手上げのポーズを取られたけど、結局ダンジョンでモンスターに出会うってそういう事じゃん。生存権をかけての闘争、より強いものが勝つのが摂理。
「侯爵様って、実はシンプルなんですね」
「うん?」
「いや、あれこれ考えてはいるけど、答えが出たら戸惑わないっていうか?」
識さんは私の言葉だけ聞いてたみたいだけど、何を言われたのか察したのかな?
ノエくんもちょっと苦笑してる。
「俺達の事も凄くすんなり理解を示してくれたし」
「うーん? 世界にとって脅威なら、それは私に無関係じゃないからかな。実は一見関係なさげな事の影響が、生活に影を落とすってある事でしょう?」
例えばの話、海の向こうの大陸で戦争が起きたとして、こっちの市場で売られる野菜やスパイスが値上がりする。それは戦争のせいで物を安全に運べなくなり、用心棒とかを雇うのに余計なお金が掛かるようになったりするから。諸々の諸費用が購入価格に反映されるのは当然だ。海の向こうの関係なさげな戦争が、見事に私に影響している。
そういうのを防ぐのも、一地方とは言え土地と民を預かる領主の役目じゃなかろうか。世界規模じゃなくても、モンスターから民を守るのってそういう事だ。つまり私は自分の仕事をしてるだけ。ただし範囲は私がすべき分を超えてる事もあるけど。
「なるほど。仕事がお好き、と」
「違います」
にやっと笑う識さんに、それだけは否定しておく。働くからって好きじゃないんだよ。やらないと山のように仕事が積もっていくからだ。
首をブンブン振って否定する私に、奏くんの生温かい視線が刺さるけど無視。
一歩迷宮に歩を進める。
すると遺跡全体が揺れて、床から石板が生えて来た。
驚く間もなく、それは天井付近まで高くなると、ちかちかと明滅する。
ヴィクトルさんがその石板を睨んだ。
「あーたん、これが仕掛けみたい」
指差されたそこには、絵の描かれた石板があった。よくよく見ると、絵が描かれた石板は動くみたい。それに描かれてる絵は、上で見た壁画とよく似ている。
「並び替えだね。見て来たとおりに絵を並び替えろってさ」
ラーラさんが顎を擦る。
そりゃ全部絵を見た人間でないと解けんわ。隠し壁画なんか何処か判んないもんな。
しかもご丁寧に石板には「神より許されし魔術の使い手のみ触れよ」って古王国語の更に古語で書いてあるそうだ。
大きなため息をついて、見た通りに石板を並べる。
最後の石板を並べ終えると、フロアにあった壁という壁がドミノ倒しのように倒れて消えた。
古代文明凄いなー……。
呆気に取られていると、壁が消えた中央に大きな心柱が聳えるのが見えた。
よくよく目を凝らすと真っ黒な靄のようなものが、心柱を取り巻いている。
「あの靄が、四本腕の成れの果てだ。封印の力を少し弱めた。実体化させた方が倒しやすい」
「解りました」
ウイラさんの言う通り、靄が段々と四本腕の怪物の輪郭をはっきりさせていく。
実体の感じられない靄から、どんどん実在の質量を伴っていくのは、なんとなし不気味だ。
ウイラさんが苦虫を嚙み潰したような苦い顔で私を見つめる。
「あと、戦っている間俺達を通して武神のご加護を与えられる。もし力が足りないと思った時は言ってくれ」
「ただ、その加護は一度きりだ。我らのもつ力では、一度お前達に武神の加護を渡せば消滅する」
ラトナラジュも床を蹄で叩いて、臨戦態勢だ。
けど、そんな悲壮じゃなくていい。だって勝てるから引き受けたんだもん。
「それは大丈夫。自前の加護があるんで!」
しゅたっと手を上げてウイラさん達に答えたと同時に、プシュケが羽を光らせる。
「総員、戦闘開始!」
「おう!」
「まかせて!」
「がんばります!」
「はいはーい! いくよ、ノエ君!」
「ああ! 識、頑張ろうな?」
いつものフォルティスメンバーだけでなく、識さんとノエくんの声も加わる。ポチも大きく吼えて、場の空気が揺れた。
しかし。
「皆、頑張れー!」
「カナ・ツム、ボクの教えた通りにやってごらん」
ヴィクトルさんとラーラさんは後方で腕組み先生モード。ロマノフ先生に至っては「実体化して殴りやすくなりましたねー」って、おやつ齧ってる。
「え? お、おい! 大丈夫かよ⁉」
プシュケで全員に付与魔術をかけて、実体化した四本腕の化け物には弱体効果のある魔術をかけていると、ウイラさんが焦ったように声をかけて来た。
化け物の方は顔は猿、四本の腕と二足歩行の足は毛皮に虎っぽい縞があって、胴体は何かふさふさ、尻尾は蛇って何事?
しかも流石アンデッドって感じで、片目はドロッと眼窩から溢れてるし、縦に割れた腹から中身がこんにちはしている。予想以上に気持ち悪いソレを指で差し示すと、私はウイラさんとラトナラジュに手を振る。
「大丈夫です。五分も持たないから」
「えー……⁉」
見て下さいと差した指の先、奏くんが放った一矢と紡くんが放った礫が一つ。中空で無数の矢と礫になって、四本腕の異形に襲い掛かった。
かと思えば識さんが放った炎で出来た巨大な双頭の蛇が、ギリギリと異形を締め上げて腐った身体を焼き焦がす。
少しの身じろぎも許さないように、暴れたらプシュケで雷を真上から落として痺れさせた。
ぐらつき出した片足をぽちが噛んで地面に縫いとめれば、ノエくんとレグルスくんの剣がずんばらりんっと猿の頭と蛇の尻尾を切り飛ばす。
「ね?」
「え、えー……マジかぁ」
「なんという……」
一方的な蹂躙に、もう言葉も出ないって感じ。
勝てる相手だからって油断なんかしない。その時にある最大戦力で叩き潰すのが、戦争の定石ってやつだ。これは生存権をかけた戦争なんだから。
首を刎ね飛ばされた化け物が悲鳴を上げる間もなく、膝から崩れ落ちていく。
さて、私の出番かな?
すっと息を吸い込むと、プシュケが異形の真上で円を描いて飛ぶ。
「開け、冥府の門!」
六つのプシュケが中空に複雑な図案を描き、その軌跡が金色に輝き始めた。
空に魔力が渦巻いて、真っ白な冥府の扉が現れる。そして鈍い音を立てて扉が開くと、中から巨大な腕がいくつも現れた。その腕のうちの一本が痙攣する化け物の首のない胴体を掴み、もう一本が飛ばされた猿の頭を掴む。更に違う腕が切り落とされた蛇の尾を握って、扉の中へと帰って行く。
辺りの黒い靄を吸い込んで、静かに空中にあった扉は消えて。
痛い程の静寂がフロアを満たす。あるのは浄められた空気と私達だけ。
「終わった、のか?」
「え? まだあるんですか?」
ウイラさんと私は、顔を見合わせた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。