遺跡レイドボス戦前のセーブ時間
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「あれ? あそこって地下四階まで出入り自由でしたよね? そんな危なそうな物がいる場所に、人を自由に出入りさせていいもんなんですか?」
訝し気に言うのは識さん。
遺跡までは転移魔術でひとっ飛びだけど、遺跡の入口から地下三階への転移陣までは歩き。その道すがら、昨日の事を話していたのだ。
「大概の人が地下二階で引き返すし、地下三階まで辿り着けても封印の間に行くには、上の階の壁画をきちんと見て、地下三階のセーフゾーンの内容も網羅しないと解けない仕掛けがあるんだそうです。一定以上の神聖魔術の使い手がいないと、その仕掛けに触れる事も出来ないそうですし、そもそも壁画の絵すら見えないんだそうですよ」
「あー……お宝がほしいだけの人間には辿り着けない、と」
「昔の王様もやれるだけの事はやってくださったみたいですよ」
昨日の帰る間際までウイラさんは、この遺跡の事をきちんと説明してくれた。それだけじゃなく、今日の戦いにおいてはバックアップもしてくれるとも言ってくれてる。
何というか、気のいい兄ちゃんだ。そして私は気のいい兄ちゃん・姐さんタイプに弱い。奏くんとか統理殿下でお察しだよね! 姫君様もちょっと形の違う気のいい姐さんタイプだし。
ぞろぞろ団体さんでその転移陣まで来ると、昨日の行商人のお姉さんが何故かそこに佇んでいた。レグルスくんが首を傾げる。
「どうしたの、おねえさん?」
「……ああ、本当に来た」
驚きに顔を引き攣らせたお姉さんが、私達を指差して、それからハッとした様子で指を速やかに下ろす。
どうしたのか尋ねると、物凄く奇妙な顔で語り始めた。
「昨夜、ウチの村にいる呪い師のばあちゃんに託宣があってね。私がこの遺跡で出会った子どもが、明日……今日だよね? 再び遺跡に来るから、菓子を差し入れしてやってくれって。だから昨日気に入ってた猩々酔わせの実やら、木の実のクッキー持ってきたんだよ」
「えー……」
「こんなことはばあちゃんの小さい時以来だそうだよ。他の大人は聞いた事のない神様だからばあちゃんがボケたんだって言ったけど、朝起きたら枕元に魔紅玉の塊があってさ。これはやんないといけないやつだって思って、お菓子作って持ってきたんだよ。したら坊ちゃん達がくるし」
「えぇっともしや、その神様って?」
「ラトナラジュって鹿に乗ったウイラ様って男の神様」
「あー! 心当たりありますんで、受け取らせていただきます!」
ウイラ様、アノ人絶対モテたろうな。やることがマメだ。
手を出してバスケットの中身を受け取ると、行商のお姉さんに私からもお金を渡そうとする。でもお姉さんは「要らない」と手を振った。
「もうお代はいただいてるからね。貰い過ぎはいけない。それより、そのウイラ様って神様の事教えてよ。気になるじゃん」
きらっとお姉さんの目が輝く。旅の人との話のとっかかりになるかも知れないから、知りたいんだそうだ。
そう言われたら話すのが人情だろう。
昨日彼女から聞いたこの地の主と孤児の関係が遺跡踏破のとっかかりになったんだし。それも含めてこの遺跡で私達が見た壁画、その意味を話す。地下四階の化け物の話は何となくしない方がいい予感がしたから、それは内緒だ。
全て話し終えると、お姉さんが「ほえ~」と感嘆の声を上げた。
「はぁ~、そんな事があったんだねぇ。うち帰ってばあちゃんに話すわ」
「そうですね。ありがとうございますとお伝えください」
「はいはい。じゃ、探検ごゆっくり」
手を振って行商人のお姉さんは帰って行った。
「ウイラ様の信仰、高まるといいな」
「ああ、そうか。それでか」
「うん?」
奏くんに声をかけられて、そういう事かと一人納得する。
ウイラさんとラトナラジュの伝説を知る人が増えれば、それだけ彼らへの信仰が増す。そうすれば彼らの神威が上がるから、この地域はきっともっと安全になるだろう。地下四階の化け物を倒しに来たことを内緒にしたのは、彼ら二人が化け物を倒した話で完結した方が英雄っぽさが増すもんね。なるほど【千里眼】のお働きよ。
「悪ぃな、気ぃ遣わせちまってよ」
背後から声が聞こえてびくっとする。振り返ればそこにウイラさんがいた。傍らには血よりも濃厚な赤色の立派な角を持つ大鹿が。
「いいえ。差し入れありがとうございます」
「大掛かりな事を頼むのに、これくらいの事しか出来ねぇで申し訳ねぇよ」
「いやいや、十分です」
ボリボリと頭を掻くウイラさんだけど、本当に十分だよ。要らないってのに、王権の象徴とかいう厄介アクセサリー押し付ける神様もいるんだから。
我ながらズレてるとは思うけど、凄く感動してしまった。
そんな私の後ろで識さんとノエくんの「誰と話してんです?」「え? 神様と話してるのか?」といった、ぼそぼそ声が聞こえる。そうか、事情を知らないとやっぱそういう風に見えるんだな。
ごほんと咳払いすると、ウイラさんが識さんを見てるのに気が付いた。
「あの女の子、綺麗だな。俺、ああいう娘好み」
「はあ……?」
なんのこっちゃ。
若干半眼になっていると、ウイラ様の横の鹿が彼の方を向いて鼻を鳴らした。鹿も鼻を鳴らすんだね。
「お前の方が綺麗だが?」
しれっという鹿。
何を聞かされたのか、一瞬唖然としてウイラさんに視線をやれば、彼はやれやれと言った感じで肩をすくめた。
「何言ってんだか。お前は人間の美醜なんか解んねぇし、お前が見てんのは魂の色だろが」
「そうだが? あの雌もこの子どもの雄も美しい魂の色だが、我はお前が一番好きだ」
「お前ってそういう事しれっと言えんのに、何で雌鹿にモテなかったんだろうなぁ? 見かけも綺麗だったのに……」
「我が美しいのは知っているぞ。その美しさに雌鹿と時代が付いて来れなかったんだろうさ」
「うるせぇよ、鹿」
あ、これ漫才だ。そうかネタを見せられてたのか。一人納得していると、つんつんと手を引っ張られる。
レグルスくんが「行かないの?」と首を傾げていた。
「あ、そうだね。行きますよ」
じゃれ合ってる鹿と少年に声をかけて、転移陣を作動させる。
一瞬の浮遊感の後に、景色も空気も変わった。地上よりも辺りは昏く、空気はほんの少し淀んでいる。
昨日と同じく連れて来たぽちが肩から降りて、やっぱり獅子の大きさになると咆哮を上げた。
出来るなら最初からやってと言う言葉を、しっかり覚えていたらしい。
よくできましたと褒めると、ゴロゴロと喉を鳴らす。今日は私やレグルスくんや奏くん・紡くんだけじゃなく、用事が無かったら構ってくれる識さんやノエくんも撫でてくれるからご満悦の様子。
さて、では地下四階へ。
下に続く階段を下りていくと、膚に湿り気を帯びた不快な風が纏わりつく。
「くーさーい!」
識さんが鼻を摘まむ。ノエくんも臭うのか、顔をやや顰めていた。
「解ります?」
「めっちゃ臭いですよ、これ。エラトマが吸い取っていいか聞けって言うんですけど、良いです?」
「それ、大丈夫です? エラトマの力が増しません?」
「あー……いや、ここの瘴気は臭いだけで力にならないって」
「ああ、そうですか。じゃあ、お願いしても?」
「はい」
私が頷くと同時に、識さんが胸に手を当てて赤いロッドを取り出す。
すると空気の流れが変わって、エラトマを中心に黒い渦を作った。それが徐々にエラトマに吸い取られていく。
ある程度その渦が薄まった所で、識さんがノエくんに目で合図を出した。それを受け取ったノエくんは、識さんの胸に手を当てるとずるっと彼女の身体から白く輝く剣を取り出す。
引き抜いた剣をノエくんが構えて一閃すると、アレティが生み出した剣風から清浄な空気がフロアの隅々を浄めていった。
「なるほど、叔父上が二人を連れて行けと言った訳ですね」
ロマノフ先生の言葉に、一同頷くしかなかった。
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