いざ決戦!のその前に
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次回の更新は、4/17です。
プシュケを持って来なかったのは、戦闘する気が全然なかったと言うわけじゃなく、アレを使うまでのやつが現れることはないってロマノフ先生から聞いてたからなんだよね。
この下にいるのだって、気配を探ればそうそう危ないヤツでもない。神聖魔術を使える人間にトドメを刺してほしいって言うのは、完全に浄化しないと残滓を依り代に化け物が生まれないとは限らないからだとウイラさんは言う。
それならプシュケとレクスの衣装で来た方がいい。
菊乃井のモットーは「手加減はしても、手抜きはしない」だ。そしてこの下にいるヤツは、手加減をする必要のないヤツ。
ならプシュケを取って来て、徹底的に踏み潰す。
封印されているものが人間や他の生き物を徒に殺さないのであれば、それをする必要はないんだけど、奴は最早人間の味を知っている。であれば答えは一つ、駆逐だ。
なので戦うことは問題ない。
問題あるのは時間なんだよねー。
先生方が一緒だから、門限がどうとかってのはないんだけど、今ここで戦闘に突入したら夕飯の時間を過ぎちゃう。
事情を鑑みれば致し方ないのかも知れないけど、あまり遅くなるとロッテンマイヤーさんもだけど奏くん・紡くんのご両親に心配かけるんだよね。
それはいかん。
封印が今日明日に解けるものでないなら、一回家に帰って万全の準備で挑む方が良いだろう。
だいたい夕飯の時間近くまで遺跡にいることになったのは、古王国語の読み解きに時間がかかったからだし。
そういう訳で、ウイラさんに「また明日くる」と言うと、一階からこの地下三階のセーフゾーンに飛ぶ転移陣を開放してくれた。
って訳で一階までその転移陣で戻ったあと、遺跡からバビュンッと菊乃井の屋敷前に帰還。
夏の仄かな夕暮れ空に、ぐっと身体を伸ばす。
「うー、明日は戦闘かー……」
こきこきと首を鳴らすと、レグルスくんが首をこてんと捻った。
「あした、せんとうするの?」
「うん? あれ?」
見ればレグルスくんだけでなく、紡くんもキョトンとしている。先生方もちょっと戸惑った顔してて、奏くんが「あのさ」と声をかけて来た。
「……若さま、一人で喋ってたけど、あそこの下にヤバい者がいるから倒さなきゃいけないってことでいいのか?」
「へ?」
「つか、アレ、沼の主の親友……孤児のウイラって人が視えてたんだよな?」
「そうだけど。もしかして奏くん達には、ウイラさんの声も聞こえなかったの?」
驚いて尋ね返せば、奏くんも皆も頷く。
「え? それって私一人で今まで喋ってるように見えてたの⁉」
「うん」
「言ってよ、そういう事は⁉」
「いやぁ、言ったら若さま怖がるかなって思って。幽霊とか嫌いじゃん?」
嫌いだけどね⁉
あまりの事に口をパクパクさせていると、奏くんが爽やかに笑う。
「憑りつかれてるって言うほど悪い感じじゃなかったし、寧ろ神聖魔術を使ってる時みたいな雰囲気があったし、話してる内容は沼の主やらの事だし……面白じゃない、大丈夫そうだったから」
なんてこったい。
と言うか、一番最初のウイラさんとの出会いから、先生達はちょっとした違和感を感じていたそうだ。
「だって手を振ってたけど、誰もその先にいないんだもの」
「ボクらの耳に足音も聞こえないなんて、人間ではあり得ないかなって」
「まあ、遺跡ですからねぇ。幽霊の一人や二人いるだろうし、神聖魔術が使える君にあえて近付くなら、それは悪いモノではないでしょうしね」
ヴィクトルさんが肩をすくめ、ラーラさんはキョトンとし、ロマノフ先生はにやっと口の端を上げる。
この人達、面白かったらそういう事する人達だったの忘れてたよ。どんだけ今まで手のひらでコロンコロンされてきたか!
天を仰いで、それからため息を吐く。
そしてウイラさんに聞いた事を説明すれば、それぞれ神妙な面持ち。
「なるほどね。大きな力はあるけれど、別の場所に注いでいるからそこまで手が回らないってことか」
「信仰心が神様のお力になるのであれば、知る人の少ない神様のお力が弱いというのも道理だね」
ラーラさんとヴィクトルさんが、同じように腕組みしつつ言う。同じポーズなのに若干ラーラさんの方が雄々しく、ヴィクトルさんの方が柔らかい。この二人は魔術師と戦士の雰囲気の違いが如実にでるなぁ。
「でも、ウイラさんやさしいんだね? いじわるされたのに、ゆるしてあげるんだもん」
「そうですね。心の大きな度量の深いお方だったんでしょう」
レグルスくんはちょっと思う事があったのか、むーんと唸る。ロマノフ先生も何か納得してない感じ。
英雄はかくあるべしっていう決めつけみたいなのが、帝国にも存在する。
曰く、品行方正である事。慈悲深くある事、見返りを求めず献身する事。馬鹿な話だ。
それは自分達に都合のいい人間を美辞麗句で飾り立ててるだけじゃないか。英雄だって人間、怒りもすれば泣きもする。笑いもするだろうし、誰かを悼むこともあるだろう。
ウイラさんは優しい人だったのかも知れないが、それはウイラさんが英雄だからじゃない。ウイラさんがそういう人で、英雄とやらになったのは偶々だ。
そして、そういう気持ちの良い人が私を頼ってくれている。これに応えなきゃ、男が廃るってもんだよ。
「兎も角明日、殺りますよ!」
「……珍しくヤるが殺す方の殺るに聞こえましたね」
「たしかに。殺意が高い気がする」
「本当に珍しいこともあるもんだね」
「れーもがんばるよ!」
「おう、おれもがんばるわ。紡も大丈夫だな?」
「うん! つむもおてつだいがんばる!」
円陣を組むと、私達フォルティスは「えいえいおー!」と勝どきを上げる。
それを見て先生達がパチパチと拍手をしてくれた。
明日の朝また菊乃井邸に集合。それだけ決めると今日は解散。
奏くんと紡くんは、丁度仕事が終わった源三さんに連れられてお家に帰って行った。
明けて翌日。
起きて顔を洗って朝ご飯を食べた後、私は自室のクローゼットからレクス・ソムニウムの衣装を引っ張り出した。
レクスは女の子だって事を隠していたから、服装もユニセックスなものにしていたらしい。狩衣に似たコートはたしかに胸やら腰やらを隠すから重宝したのかも知れない。
プシュケも宝石箱から出て来て、もう私の周りにぷかぷかと浮いていた。準備完了と外に出ると、既にエントランスに宇都宮さんとレグルスくんがいて。
「レグルス様、宇都宮本当について行かなくて大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ! それより、なごちゃんにおてがみかいたからだしておいてね」
「お任せくださいませ!」
元気よく会話してるけど、二人とも声が大きいから内容がよく聞こえる。そうかー、お手紙のやり取りは順調なんだなぁ。もうお兄ちゃん、ニコニコが止まらないよ。
階段を静かに降りていくと、レグルスくんが私に気が付いて手を振る。
エントランスに到着すれば、音もなくロッテンマイヤーさんが現れた。
「お戻りは夕方くらいでしょうか?」
「うん。もう少し早いかも知れないけれどね」
「承知致しました。ご武運を」
「はい。頑張ります」
告げれば。ロッテンマイヤーさんは仄かな笑顔で見送ってくれた。絶対帰ってくると信じてくれてるし、それだけの力はあると思ってくれてるのが解る対応に、自然と士気が上がる。
玄関の扉を開くとまずロマノフ先生が見えて、次にヴィクトルさんとラーラさん。それから弓を担いだ奏くんと、スリングショットを携えた紡くんがいた。
それと大根先生に識さんとノエくん。
「え? どうしたの?」
驚く私に、大根先生が唇を引き上げる。
「昨日アリョーシャ達に遺跡とそこにいる化け物について聞いてな。修行にもなるだろうから、識とノエシス君に声をかけたのだよ。吾輩の実験にタラちゃんとござる丸君に付き合ってもらう代わりの人材派遣だな」
「そう言うわけです」
「俺も修行になるなら是非連れてってほしいな」
うん、過剰戦力上等だね!
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。