ミステリーハンターは真相に辿り着く
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次回の更新は、4/14です。
光が収まるまで一息分くらいか。
眩しさに閉じていた目を開けると、足元には光る文字が浮き出ていた。
後退って全文が見渡せる入口まで行くと、文字は床一面にぎっしり書いてあるのが解る。
流石に辞典で調べて……ってやれるほどの文字数じゃない。これも先生方にお任せだ。でも所々解る単語はあるんだよな。例えば「神鹿」とか「ラトナラジュ」とか「孤児」とか。さっきまでの壁画で散々見たもん。
ラトナラジュと孤児は絵に対応させるなら、四つ足で角のある絵が「ラトナラジュ」だろう。となれば「孤児」は槍を持った人形か。
ロマノフ先生が「なるほど」と呟いた。
「どうも、沼に入り込んだラトナラジュでない存在が、孤児のいた村を襲ったようですね」
「あら、まあ……」
因果は巡る。とはいえ、復讐ではなく第三者の介入だったのは微妙な所だ。
ラトナラジュの親友の孤児は、復讐を望まないどころか関わりを持たない事を選択したんだから。
私やレグルスくんに、奏くん・紡くん兄弟の微妙な顔つきに、ラーラさんはちょっと肩をすくめた。
「でも、ラトナラジュが関係ない訳じゃないみたいだよ。彼が親友を心配して村に張ってた結界を、全力で駆けるために魔力が惜しくて解いたらしいから」
「それは仕方なくね?」
「うん。私もそう思う」
その隙に入り込んで来た四本腕の異形に村は一家族残して全滅させられたらしい。その続きに、残った家族は当初沼の主と孤児の仕業だと騒いだそうだ。しかし一家の中、家族の目を盗んで孤児と友情を育んでいた子どもが「それは違う」と証言した。
その子どもは、孤児から沼の主の特徴と美しさを聞いていたのだ。更に孤児に対して暴行が行われたことも、王様に正直に話したという。
これに王様は激怒して、正直に話した子ども以外全てを奴隷にして厳しい労働環境へと追いやったそうだ。
残された子どもは正直だったとはいえ、罪人の子ども。情けをもってとある神殿預かりになった、と。
そしてその後、入って来た異形の暴虐に天地の礎石を建てる工事は中断を余儀なくされた……。
「それが村人が襲われてる絵に表されてるんですね」
「そうみたい」
残るはラトナラジュと孤児が異形と戦っている絵と、天井の祈りの絵なんだけど。
これも床に説明書きのようなものがあった。
旅立って数年後、ラトナラジュと孤児がこの地に戻って来たのだ。もうその頃には孤児は少年ではなく、立派な青年に育っていて、潰された目を眼帯で覆い、醜い傷跡の残った腕や脚には包帯を巻いていたけれど、残った琥珀色の目は優しく、包帯を巻いてすらいてもひ弱には見えないしなやかに鍛えられた肢体の美丈夫になっていたとか。
うん? うーん、最近似たような格好の人にあったぞ? それも直近。めっちゃ直近。
訝し気にしてる私をそっちのけで解説は進む。
「なんかね、戻ってくるまでどちらも村が滅んだことを知らなかったみたい。それで色々調べたら村が滅んだのは自分達のせいじゃないって証言してくれた人がいたのと、その証言してくれたのは昔の友達だって解ったんだって。でね、その人の家族の境遇を聞いて、王様に自分達がその異形を倒すから友達の家族に恩赦を与えてほしいって直談判したってある」
ヴィクトルさんが頬っぺたを掻き掻き教えてくれた。
「え? めっちゃ良い人ですね?」
「うーん、寝覚めが悪いしって言ったらしいけどね」
経緯はどうあれ、それでラトナラジュと孤児は異形退治に繰り出したそうだ。
床の文字は続ける。
異形との戦いは熾烈を極めた。しかし神聖魔術を使える神の鹿と、彼と世界を回るうちに武神の加護を受けた孤児は、知恵と力の限りを尽くしてこれを見事に討ち取る。
そしてこの地に平和が訪れた……かのように見えて、まだ一波乱だ。
討ち取ったのが向かって左の壁画だった訳だけど、天井の壁画はまた違うんだとか。
ロマノフ先生が苦笑いを浮かべた。
「そんな上手い事都合のいいようには終わらないんですよねぇ」
「不穏!」
「はい。どうやら君の出番みたいですよ?」
叫んだ私に、ロマノフ先生が更に不穏なお知らせを告げる。
天井の絵は、ラトナラジュと孤児が異形を討ったしばらく後の事、この地の瘴気がなんと四本腕の怪物をアンデッドとして蘇らせたので、命からがら四人の高位の司祭がその化け物を封じた絵だって言うじゃん!?
「あの……その封印、解けそうなんですか?」
「解けそうというか、この下に封じるのが精一杯だったそうですよ。心柱の根元が地下四階だそうで、瘴気を心柱が浄化して辺りに清浄な空気を行き渡らせるどころか、その清浄さをもって化け物を外に出さないようにするのが精一杯だそうです」
「ほ、本当に?」
「ええ。だから上に延ばした塔の部分で初期の計画通りにしようとしたんですけど、落雷でそれも駄目だったようですよ」
「なにやってんですか、王様……」
顔を両手で覆うと、レグルスくんと奏くんが労わるように肩を叩いて来る。もうやだー、ここに来て戦闘するのぉ⁉ 私、夏休みなんだよー⁉
ぐぬぐぬしていると、紡くんがつんつんと私の服の裾を引っ張る。
何かと思うと、床の一文を辞書と見比べて読んでたみたいで、頬っぺたが興奮に赤くなっていた。
「わかさま、ウイラっていうんですって!」
「ウイラ?」
「ラトナラジュのしんゆうさんのおなまえ!」
「は……!?」
息が詰まる。
やっぱり、そうだったんだな……⁉
どうにか落ち着こうと深く息を吸うと、ぽんっと背中を叩かれた。
首だけ動かして振り返ると「よ!」っと、眼帯に片方は琥珀の目の少年が手を上げている。
「……あの、そうなんです?」
「おう、俺ぁユーレイってやつだな」
豪快に笑うウイラさんに、頬っぺたが引き攣る。
薄々ね、薄々気がついてはいたんだ。だって私、一緒にいたのに彼を奏くんに紹介してないし、奏くんを彼に紹介してもいない。
そして一緒にいた間中、奏くんは彼の存在に触れもしなかった。神出鬼没さに、誰も何一つ言わなかったし。
それってつまり。
「あー……驚いたか、やっぱり。ごめんな? 俺そこまで力ある存在じゃねぇんだもん。土着の、それも一部族の英雄神ってやつだからよ。神様って名乗んのも烏滸がましいくらいのさ」
「そう、なんですか……」
ばりばりと困ったような顔で、ウイラさんは頭を掻いた。神様自ら幽霊って言われると、ちょっとなんかリアクションに困るな。
私の困惑に気が付いて、ウイラさんが手を振る。
「騙すつもりはなかったんだよ。強そうな気配のあるヤツが来たから、どんな奴か知りたくてさ。もしもこの下にいるヤツを倒せそうなら、倒してもらえねぇかと思ってよ。最近瘴気が増して来て、浄化するよりアイツが取り込む量が多くなってきててさ。封印が破られたら目も当てられねぇ」
「えー……?」
「俺とラトナラジュで本当はやってやりたいとこなんだけど、俺達の神威はこの辺りを平和に保つために使っちまっててな。旅人や住人が魔物に襲われないようにするには、結構な力がいるんだ。俺は一部族の神様ってやつだから、信仰心が少なくてよ」
「そう、なんですか」
申し訳なさそうな顔で「頼めねぇかな?」と、ウイラさんが私に頭を下げる。
私、よくよくこういう事に巻き込まれんだよなぁ……。
若干遠い目になったけど、これはもう仕方ないヤツだろう。
「帰ります」
「ああ……そうだよな。こんな面倒ごと、ごめんだよな」
がっくり肩を落とすウイラさんに私は首を横に振った。
「持って来てないんです」
「え?」
「武器」
「あ」
そう、今日はプシュケがないんだよ。
「それにもうすぐ夕飯の時間なんで、明日で大丈夫です?」
「おう。まだ封印の効力はあるから、明日くらいなら全然大丈夫だ。ありがとよ!」
ほっとしたようなウイラさんの声に、鹿の鳴き声が重なった。
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